30 時間
「・・雪、」
曇り空を1人で見上げていた。
「一騎は、真矢といるんだね」
何となくそんな気がして、寂しい様な、ホッとした様な複雑な心境にナマエは苦笑いを浮かべた。
「風邪引いちゃうよ、ナマエ」
「・・乙姫ちゃん」
後ろから聞こえてきた声に、ナマエはゆっくりと振り返る。
「私の時間、もうそんなに残ってないみたい」
「・・それは、私もでしょ」
乙姫の言葉にナマエは同調した。上を見上げて瞳を閉じれば、心地よい冷たさが頬に触れた。
「私も、乙姫ちゃんみたいに消えるの?」
空を見上げたままナマエは乙姫に問いかける。
「多分、これからの戦いでナマエは完全なフェストゥムに戻る。そして最後の同化が始まれば、きっと・・」
そう言って乙姫は言葉を濁した。
「あ、」
ナマエが小さく声を上げる。2人して何かを感じ取った様に顔を合わせた。その途端島にサイレンの音が響き渡る。
「また、戦いが始まるんだね」
遠い先を見つめて、ナマエは呟く。
「そうだね、でも今回は一騎達は戦わなくて大丈夫だよ」
「え?」
乙姫の言葉にナマエは首を傾げる。そんなナマエを見て乙姫はふふ、と笑い声を上げた。
「行こうナマエ、貴女の会いたい人の所へ」
◇
「な、に・・あれ」
ナマエは目の前の光景に自分の目を疑った。
「フェストゥム同士で、戦ってる・・」
「ちゃんとおかえりって言ってあげてね」
またも乙姫の言葉に首を傾げる。だが乙姫を見つめても、答えは一向に教えてはくれない。
「もうすぐ分かるよ、ほら来た」
「!」
それは、先ほどまでフェストゥムと戦っていたフェストゥム。
「お、母さん・・?」
「あれはお前の母さんではない」
呆然とするナマエの背後から、機嫌の悪い声が聞こえた。
「お父さん、」
「そう、私はお前の母ではない。母だった存在だ」
紅音の言い回しに史彦は眉間に寄っていたシワを更に深くした。
「何の用だ」
手短に言えと言わんばかりに史彦は紅音だった存在を睨みつける。
「頼みがある」
紅音だった存在の言葉はこうだった。北極ミールに囚われた自分達のミールを助け出して欲しい、と。
そうすれば奪われたもの1つだけ、つまりジークフリードシステムごと攫われた総士を助ける事が出来るだろう、という事だった。
その言葉に史彦はあくまで島の為にその話しに乗ると答えた。
「なぜ、紅音の名を使った」
史彦の、紅音だった存在に対する、最後の質問だった。
「それが1番効果的だったからだ」
史彦に一歩、また一歩と近付きながら紅音だった存在は語る。
「いや、お前に会いたかったからかも知れない」
伝えたい事があった、と史彦の横で紅音だった存在は足を止めた。
「ありがとう、史彦。一騎と、ナマエを育ててくれて」
「!」
そう言って紅音だった存在は歩みを進めた。
「待って!お母さん!」
そして声を上げたのはナマエだった。その声に紅音だった存在は足を止め振り返る。
「私も、お母さんみたいにフェストゥムと戦えるの・・?」
「ナマエ!」
ナマエの質問に史彦が声を上げた。
「お前は人間を同化せず人の形を成すもの。我々に似て非なるもの。1度我々の形をとれば、お前は元には戻れないだろう」
「そう、なんだ・・」
肩を落とすナマエとは裏腹に、史彦は強張った肩を撫で下ろした。
そして紅音だった存在と眠りから覚めた甲洋は幾多の敵の元へと消えていった。
「ナマエ、」
良からぬ考えを起こしていそうなナマエに、史彦はクギを刺す。
「無茶はするんじゃないぞ」
そんな史彦にナマエはふふ、と笑う。
「大丈夫だよ、お父さん」
そして2人が戦う空を見上げた。
「大丈夫、だよ・・」
少し痛む腕を抑えながら、光が走る空をいつまでも見上げていた。
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