27 お月見


桜が咲き、向日葵が咲いた。

蛍が瞬き、蝉が鳴いた。

「これじゃあ強化合宿ってより、お花見だな」

道生が縁側に座りながら呟いた。

今日からパイロット達による強化合宿が行われた。と言っても現在確認されているフェストゥムや、新型が現れた際の対応などが主な論点であり、言わばお泊まり会の様なものだった。

そして女子による夕飯の支度が始まる。

「あんたもそろそろ身につけなさいよーじゃないと一騎くんに、」
「わー!わー!お姉ちゃん!」

弓子の言葉に真矢は思わず大きな声を出して慌てた。

「なに?一騎がどうかしたの?」
「あーナマエちゃんがいたのね〜」

失礼〜と軽く言う弓子に真矢は肝を冷やす。当のナマエは首を傾げ、隣の咲良に答えを求めた。

「まぁ、本人達に聞きなよ」
「えーなにそれー」

咲良の言葉にナマエは頬を膨らませる。

「ねぇ、真矢」
「あー!私足りない物買ってこなきゃいけないんだった!」

ナマエの言葉を遮り、行ってきますと勢いよく真矢は台所を出て行った。

「私、嫌われてる?」
「そうじゃないけど、真矢も色々あんのよ」

しょげるナマエに咲良は肩を叩いて慰める。そっか、と言うナマエの瞳はやけに寂しそうだった。

「ナマエ、」
「真矢は、一騎が好きなんでしょ?」

言葉を掛けようとした咲良を遮って、ナマエが問う。それに咲良は驚いて目を見開いた。

「あんた知ってたのね」
「うん、まぁね」

言葉を濁しながらもナマエは咲良に語り出す。

「真矢には一騎の側にいて欲しいの」

自分には多分、出来ないと思うから。そう言ってナマエは食材を切り分けていく。

「ほら、一騎結構ぼーっとしてるし、戦闘の時は無茶するし、誰かが見張ってないと」

ナマエはそう言って笑った。

「バカね、あんたは」
「えー私結構真剣に話したんだけどなぁ」

バッサリ切り捨てる咲良に、ナマエは苦笑いをこぼす。

「本当、バカよ」
「咲良・・」

咲良はそう言ってポロポロと泣き出してしまった。

「なんで、そんな消える様な言い方すんのよ」

皆に話した。ナマエがフェストゥムである事、一騎とクロッシング状態にあり、同化現象に襲われている事。

甲洋や乙姫の件もあり、驚きはしたものの皆ある程度すんなりその事実を受け止めた。

「あんたは一騎の側にいたくないの!?私と、友達でいたくない訳!?」

まくし立てる様に、泣きながらナマエに詰め寄る。自分を心配してそう言ってくれてるのを、ナマエは誰よりも分かっていた。

泣きたくなった。皆に受け入れてもらえた時点で、もう泣く事なんて、そんな理由なんて見つからないと思った。

でも、こんなに人の気持ちが痛くて、苦しくて、嬉しくて。涙を流さずにはいられなかった。

「ありがとう、咲良。ごめんね」
「・・っバカ!」

その夜、皆が寝静まった頃。ナマエは外に出てチグハグした景色を眺めていた。

「何をしてるんだ、こんな時間に」

家から出て来た総士がため息まじりに呟く。

「総士こそ、こんな時間に散歩?」

首を傾げて問うナマエに総士は目を反らす。外に人の気配を感じ、それが恐らくナマエであろうと思って出て来た、なんてとても言えるはずもなく、総士は話題を無理やり変えた。

「僕が質問している」

そんな総士にナマエは微笑み、空に浮かんだ月を見上げた。

「総士、ありがとう」
「君はいつも唐突に礼を言うな」

総士はそう言ってナマエの横に並び、同じ様に月を見上げた。そんな総士に、ナマエはふふ、と笑う。

「本当、私が辛い時いつも側にいてくれたね」
「・・たまたまだ」
「それでも、」

ナマエは月から目を離し、総士を見つめた。

「すごく、嬉しかった」

見つめられているのが分かっていながら、総士は月から目を離せずにいた。

今見つめ返してしまったら、内にしまい込んだはずの感情が溢れ出す恐れがあったからだ。

「今こうしてスッキリした気持ちで入られるのは総士のおかげだよ」
「・・そうか」

ナマエは遂に自分と言う存在を受け入れた。自分が何故この身体でこの島へ来て、何をするべきなのか、ようやく分かった気がした。

それはこの数ヶ月ナマエ自身に暗い影を落とし続け、消えてしまいたいとさえ思った。

でも、それでも自分の 役割 をようやく見つけた。その事がナマエの心を軽くしていた。

「総士、と・・ナマエ?」
「一騎か」

背後から声がして2人が振り返ると、そこには一騎がいた。

「何してるんだ?こんな夜中に」
「お月見だよ」

ふふ、と笑いながらナマエは空を指差した。

「一騎も一緒に見よ」
「ああ、」

一騎の腕を引いて、3人で並んで月を見上げた。するとナマエがポツリ、ポツリと言葉を落としていく。

「私、ここに来れて良かったよ」

それはまるで最後の言葉の様で、一騎と総士は自分達の間で月を見上げているナマエを見つめた。

「私、この島の全てが大好き」
「・・ああ」

そう言って一騎はナマエの手を取る。

「だから護ろう、俺たちで」

一騎の言葉に、総士も頷いてナマエの反対の手を取った。

「護れるさ、僕たちなら」

ナマエを導く様に手を取る2人を見つめてナマエは泣きたくなった。でも、笑った。

すごく、すごく幸せだと、感じたから。

「ありがとう。一騎、総士」

そしてふふ、と笑ってナマエは2人に抱き付いた。

「わっ」
「っとに、相変わらずだな。君は」

よろける2人はそれでもしっかりとナマエを支えた。

「だーいすき!」

ナマエの言葉に一騎と総士は顔を合わせて笑った。

「ああ、」
「俺たちも」


「ナマエが大好きさ」
「ナマエが大好きだ」


その言葉に、ナマエは2人に気付かれないように、涙を流した。










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