26 反動


「これは・・」

史彦が1つのデータを前に眉間にシワを寄せた。

「同化、している・・」

その言葉に千鶴は握る拳に力を入れた。

「ナマエちゃんの身体と、そして一騎くんの身体を徹底的に調べてみました」

そう言って千鶴は一騎のデータも史彦に手渡す。

「一騎くんがファフナーに乗ることによって起こる同化現象。それがナマエちゃんに流れ込んでる事がわかりました」
「そんな、」

史彦は言葉を失う。確かにマークザインに乗ると他の機体よりも遥かに身体への負荷が大きい事が分かってはいた。

それは同化を吸収すると言うザインならではの性質から見ても明らかだ。

だがしかし、ここ数日連戦を続けたにも関わらず、一騎の同化現象は著しく緩やかであった。

それの答えがナマエだったのだ。つまりはナマエは同化現象の受け皿として一騎とクロッシングしていたのだ。

「なぜそんな事に・・!」
「分かりません。ですが、ナマエちゃんがいなければ一騎くんはとっくに同化現象に飲まれていたと思います」

千鶴の言葉に史彦は俯く。一筋の光が見えたと思った。だがしかしそれはこの為の序章に過ぎなかったのだ。

検査室に眠る2人に目を向ける。どこまでこんな争いに2人を巻き込み、犠牲にしなければならないのかと史彦は思う。誰が望んだんだ、こんな残酷な運命を。

「彼等が望んだんだよ、史彦」

突然現れた乙姫に、2人は驚いて入り口に目を向ける。

「彼等・・一騎とナマエが、か」

史彦は僅かに拳が震えていた。こんな悲しい物語を、自分の子供達が望んだと言われて腹が立ったのだ。

「そう、ナマエは人になりたいと願った。一騎もナマエが望むならと、自分の遺伝子を伝えた」

そして、と乙姫もガラス越しに2人を見つめた。

「2人は護ること、戦う事を望んだ」


ーーー他でもない、お互いの為に。


「でも ”器” が壊れかけてる」

乙姫はそう言って目を細める。慈悲む様に、祈るように。

「それは、ナマエの事か!」

史彦は耐え切れず立ち上がった。そんな史彦に、乙姫はゆっくりと頷く。

「何か他に術はないのか!」

思わず声を張り上げる史彦。分かっていた。そんな方法は、1つしかないと。

「無理だよ史彦。他でもない、彼等が望み、求めているんだから」
「・・っ」

史彦はガタッと頭を抱え音を立てて座り込む。

「お父さん、」
「ナマエ、一騎・・」

目覚めたナマエ達が史彦のいる部屋へと入る。そしてまるで全て話しを聞いていたかのように、全てを悟ったかのように微笑んだ。

「私が一騎を護れるなら、これでいいの」

一騎は繋いでいたナマエの手に、ギュッと力を入れた。

「それが、こんな私を受け入れて、育ててくれたこの島への恩返し」
「ナマエ・・」

そう言って笑うナマエに、史彦は目頭が熱くなる。そんな事をして欲しいが為にお前たちを育てた訳ではないと、喉元まで出かけた。

でもそれは指揮官として、何より皆を護ろうとする我が子達の意に反する言葉として飲み込んだ。

「父さん、俺も護るよ。皆を、ナマエを」

だから、そう言って一騎は真剣な眼差しを史彦に向けた。

「2人で戦わせてくれ」

2人は強くお互いの手を握りしめた。

「それは・・、!」

史彦が言葉を紡ごうとした時、島中にサイレンの音が鳴り響いた。

「・・無茶は許さんからな」

史彦の言葉に、一騎とナマエは顔を合わせる。そして一騎はファフナーの元へと駆け出した。

「私も行く。遠見先生、ナマエをお願いします」

史彦の言葉に千鶴は静かに頷いた。そして史彦が去った後、千鶴は不安げにナマエの名を呼んだ。

「まだ、大丈夫です。そうでしょ、乙姫ちゃん」

ナマエはそう乙姫に問い掛ける。乙姫はゆっくりと頷き、真剣な瞳を返した。

「でもそんなに長くはないよ。ナマエの場合、1度フェストゥムになったら今までの反動で2度と人の姿には戻れないかも知れない」

それに、と乙姫は珍しく俯く。

「もしかしたら全てを失ってしまうかもしれない。記憶も、思い出も、感情も」
「そっか」

そう呟いて、ナマエは目を閉じる。何かを考えるように、何かに浸るように。

「それでもいい。大切な人達を、護れるなら」

見据えた先に何が待っていようとも、怖くはなかった。

「それがきっと、私がここにいる理由だから」

例え進む先に己の姿が見えなくても、皆の笑顔があればいい。

それだけで、私はいつまでも生きていける。皆の胸の中で。


きっとそれが、私の祝福。
















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