24 自分の為


ナマエの泣き声だけが静かに響いていた。

総士はソファーでナマエの隣に腰掛けたまま、己の無力さを痛感していた。

史彦の話しを聞いてからもうどれ位経っただろうか。10分、あるいは20分程だろうが、体感的には数時間にも思えた。

何か言うべきだろうか。何かしてあげるべきだろうか。悩むだけで答えは一向に出ては来ない。

心の中でため息をつく。こんな時一騎ならどうやって慰めるのだろうか。思うのはそんな事ばかり。だけれど、1人にしない方がいい、それだけは分かった。

乙姫、甲洋の件で少なからず同じ様な身体を持った存在が近くにいて、それを理解する人達がいる。その事がナマエを史彦の元へと歩かせた。

金色の赤子。それが自分だと知った時、彼女は絶望したのだろうか。

それとも血の繋がった父と母に、あるいは彼女は人間ではないのにも関わらず育ててくれた父と母に、感謝したのだろうか。俯いたままの彼女からは読み取れない。

「ねぇ、総士」

やがて先に口を開いたのはナマエだった。

「・・なんだ」
「一緒に、聞いてくれてありがとう」

そう言ってまだ枯れる事のない涙を流しながら、ナマエは笑った。

「・・っ」
「そう、し」

思わず抱きしめていた。自分の腕の中にいる彼女は思っていたよりもずっと小さくて、弱々しくて・・愛おしかった。

「僕の前では、無理しなくていいんだ」
「・・っあり、がとう」

護りたいと思った。例え彼女の心がここには無くとも。島の為や、コアである乙姫の為じゃない。ただ彼女の為、自分の為に。





「真壁司令、少しよろしいでしょうか」

溝口と2人歩いていると、千鶴が史彦をようやく見つけたと言わんばかりに声をかけた。

「どうかしましたか」
「それが、ナマエちゃんの身体の件なんですけれど」

これを、そう言って千鶴は史彦に1つのデータを渡した。

「これは・・!本当にナマエのデータ、ですか?」

史彦は目を見開く。そして千鶴は静かに頷いた。

「遺伝子が限りなく人間に近付いています。しかも、それは・・」
「それは?」

言葉を濁す千鶴に、史彦はデータから顔を上げる。

「それは、一騎くんの遺伝子形成とほぼ合致しました。」
「!」

それが何を意味するのか、この時はまだ分からなかった。だが完全にフェストゥムの遺伝子構造であったナマエの身体が、ここに来て急速に人間に近付いている。

「じゃあなんだ。このままいけばナマエちゃんは人間になる、って事か?」

今まで黙って聞いていた溝口が口を開く。その問いに千鶴はあくまで推測の段階だが、可能性があると頷いた。

これは奇跡か。誰かが望んだのか、望んだからこそ生まれたものなのか。誰にも分からない。

「あと、一騎くんとナマエちゃん、2人は常にクロッシング状態にあります」

2人のほぼ無意識下ではあるものの、間違いはないと千鶴は言う。

「それはまた、なぜ・・」
「恐らくは、本人達の意志かと」
「意志、ですか」

それ以外説明が付かないと千鶴は頭を悩ませる。そんな千鶴の言葉に史彦も考えこむ。

「あー、って事はだ!ファフナーに乗せなきゃ問題ないって事だろ!」
「理論的には、ですが」
「しかし一騎とクロッシング状態と言うのが気になる。安易に考えるのは不安だ」

史彦の言葉に2人は黙り込み溝口は頭を抱えた。だがその答えは、3人が思っていたよりもずっと早く明るみになるのであった。






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