22 名前
昔々、ある島の近くに一隻のボートが流れ着きました。
そこには傷だらけの女が乗っていました。女は何かを感知し、そこに手を触れました。
それは己を弾き、でもそこに 何か がある事を確信させたのです。
女は自分を弾いたものと同調し、僅かな隙間を作りました。するとどうでしょう。そこには何もなかったはずなのに、緑豊かな大きな島が現れたのです。
海岸に流れ着いた女。そして異変を感知し、集まる島の大人達。
女の姿を見て、島の人々は絶句します。女は既に腕と片足をなくし、声も途絶え途絶えだったのです。
警戒する周囲の中、白衣を着た1人の女性が女に近づいて行きました。
皆が叫んで呼び止めます。ですがその女性は歩みを止める事はありません。
「何か、言いたい事はある?」
その女性は女の側まで行くと傷だらけの女に問いました。皆が察していました。もう、助からないと。
すると女は涙を流しながらボロボロの布の塊を差し出しました。
驚いた事に女は腕がなかったのではなく、島の人間が安全か測っていたのです。
そしてそんな慈悲深い女性を前にその腕に隠されたものを差し出しました。そして布を捲った先にあったものに、皆は更に驚きました。
ーーー金色の塊。
そうそれは、その女の赤子だったのです。女性は優しくその赤子を受け取ります。
すると女性は瞬時に結晶化してしまったのです。周りからは悲鳴と叫び声がこだまし、海岸を埋め尽くしました。
ーーーパリン
しかし結晶が砕けた時、女性は変わらずそこにいました。
女性は言いました。
「可愛い女の子よ」
その姿を見て、女は涙を流しながら微笑み言いました。
「この・・・、を」
そして、溶けるように砂へと消えて逝きました。腕の中で眠る赤子は、もう金色ではありませんでした。
その女性はその子を自分の子として引き取る事にしました。けれど女性には夫と最近産まれたばかりの長男がおりました。
夫や島の人間は大いに反対しました。だけれども、女性は頑なにその子を離そうとはしませんでした。
後日、その女性は語ります。
結晶化した際に、女の生い立ちを見たのだと。女は産まれながらの異端でした。皆と同じ形であるにも関わらず、感情を持っていたのです。
やがて言葉を理解し、人間を理解した女は人間の形をして生活を始めました。
そして愛を知り、母性を知りました。ですがそんな異端をその他大勢は黙って見ていてはくれませんでした。
産まれた子を連れ去ろうと、女のいる街を襲ったのです。その時、女の愛する人は言いました。どんな子だろうと、女と自分の子だと。
しかし、彼らの前でその男は余りにも無力でした。女は赤子を抱え必死で逃げました。崩れ去る街と壊れた愛する人を背に向けて。
涙で前が見えない日も、抱いた己の子が憎くて仕方ない日もありました。でも、それでもその子を捨てる事は出来ませんでした。どんなに自分が壊れようとも、この子だけは守ろうと。
その子に名前はありません。だってまだ男の子か女の子か分からなかったからです。
「この子に、名前を」
それが、その女の最期の言葉でした。
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