20 人混み
「あ、いた!」
ナマエが神社へ着くと、既に皆が浴衣姿で揃っていた。そんな多くはないが出店に提灯、そんな風物詩と呼べるものの数々にナマエは心を踊らせていた。
「あ、来たわねー遅いわよ!」
咲良が気付いて手を挙げる。久々の友人に、皆も嬉しそうにナマエを迎えた。
「ごめんごめん、久々にまともに外出るから支度に時間かかっちゃって」
ナマエはそう言って手を顔の前で合わせた。
「どう?似合うかな、一騎」
「ああ、可愛いよ」
一騎の言葉に上機嫌になるナマエ。元々仲の良かった咲良と話す姿を見て、一騎は微笑み、そんな一騎に総士はこっそり耳打ちした。
「よくそんなセリフが言えるな、一騎」
「言わないと機嫌悪くなるからな」
一騎の言葉に総士は妙に納得した。やはりナマエの扱いに慣れている、と。それが少し悔しくもあったが、総士も楽しそうにしているナマエを見て、頬を綻ばせた。
「はしゃいでるな」
「ああ、」
焼きそばにチョコバナナ、リンゴ飴にお好み焼き。色々なものを買い占めて、ナマエの両手は食べ物でいっぱいだ。
「んー最高!」
「そんなに食べるのか、お前」
リンゴ飴を頬張るナマエに、一騎は呆れながら呟く。
「なに一騎、欲しいの?」
はい、と差し出された食べかけのチョコバナナ。それを一騎は一口もらう。
「まぁ、美味しいけど」
「ね!やっぱりお祭りはチョコバナナだよ、」
「ナマエ?」
言葉を途切れさせてどこか遠くを見据えたナマエに、一騎は首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「うん、なんか・・」
ナマエの言葉に一騎もナマエの見つめている方角を見つめた。
「あ、でも、気のせいかも!」
ナマエは少し慌てた様に見つめるのをやめた。一騎はその理由を何となく察して、小さく名前を呼んだ。
「ほら、行こう!一騎!皆とはぐれちゃうよ」
「・・ああ、行こう」
無理やり笑うナマエに、一騎も笑顔を返す。
一騎は決めていた。ナマエが例え何を隠していても、何を知っていても、無理に聞くのはやめよう、と。
それは、例え事実がどんなものであろうとも、ナマエを護りたい気持ちに変わりはないと言う、自分の決意からだ。
それに今はただ、事実を確かめる事よりもこうしている事の方が大事な気がした。
離れていた期間を埋める様に、あの時の寂しさや虚しさをかき消す様に、こうして共に過ごす時間を増やして行きたい。そう思った。
「好きだよ」
「え、」
提灯の光が揺らめく中、その景色に当てられている横顔に気付いたら言っていた。一騎は慌てて口元を塞ぎ、視線を泳がせた。
「いや!今のは・・なんて言うか」
「一騎、」
しどろもどろする一騎にナマエはゆっくりと近づいて行く。
「や、待って!ナマエ、」
一騎と面と向かうナマエ。一騎は思わず後退り、そしてそれを追うようにナマエは一歩また一歩と一騎に近づいて行く。
「だから!今のは!」
「なんて言ったの?」
「・・え?」
一騎は固くつむった瞳を今度は大きく開いた。
「だーかーら、なんて言ったの?人混みで聞こえなかった」
なんでそんな焦ってるの?とナマエは首を傾げる。どうやら本当に聞こえてはいなかった様だ。
そんなナマエの反応に一騎は はーっと盛大に息を吐いた。そんな一騎の姿に、ナマエはムッとして更に一騎に詰め寄る。
「ちょっと!なんて言ったの?気になるでしょ」
もう、と頬を膨らませるナマエの頭に手の平を乗せ、ポンポンと2回叩く。
「なんでもない」
「は!?なによそれー!」
一騎はそう言って逃げる様に皆の元へ走って行った。ナマエも追いかけては来ているが、浴衣の為に歩き辛そうだ。
「もう!一騎のばかー!」
何なのよ、と呟くナマエ。一騎は前方にいる皆の所へ行ってしまった。
「一騎に置いて行かれたのか」
「総士、」
何かを買っていたのか、総士が袋を下げて横から現れた。
「ひどいでしょ、私病み上がりなのに」
「病み上がりには見えない程よく食べているな」
「聞こえなーい」
ナマエはそう言って再びりんご飴をかじる。だがそんな手も止まり、急に黙り込む。
「さっきね、いや、今も何か感じるの」
「フェストゥムか?」
初めて乙姫に会った時、あの時からナマエの頭痛は解消されていた。
それは先日の真矢の初陣の時に確認されている。だがしかし、やはりフェストゥムがソロモンの予言に映し出される前にナマエは違和感を訴えた。
「よく、分からない。この前と同じ様な・・少し違う様な」
「そうか」
総士の返事に、ナマエはごめんね、とだけ呟く。
「一騎には、言ったのか?」
総士の問いに、ナマエは俯いて首を横に振った。総士は再びそうか、とだけ呟く。
ナマエはこの手の事を総士だけには話していた。それは子供達の中で1番長くアルヴィスにいる事や乙姫と言う妹の存在に対する理解の大きさ。
そして何より総士の腕を結晶化させてしまった出来事。あれを知っていて、あんな事になってしまっても総士は変わらずナマエに接していた。その事が何よりもナマエを安心させた。
「ねえ、総士」
「なんだ?」
俯いた顔を上げる。その瞳は真剣で、哀しくて、
「私はきっと、」
「・・・」
その先の言葉を、総士は何となく分かっていた。でも敢えて口に出す事はしない。だってそれは、ナマエが自分自身で受け入れてから口にしなければ、ナマエが壊れてしまう気がしたから。
「ナマエ!面貸しなさいよ!」
「え、咲良!?」
言葉の途中で、突然背後から現われたのは咲良だった。咲良はナマエの腕を掴み、ぐいぐいと引っ張って行ってしまう。
「全く、あんたいきなり学校来なくなったから話すこと山ほどあるんだからね!」
「ごめんごめん〜」
もう!と頬を膨らませる咲良に苦笑いを浮かべて謝るナマエ。
「・・本当、心配させるんじゃないよ」
ふと、声を落として言う咲良に、ナマエは瞳を閉じた。
「ごめんね、咲良。ありがとう」
本当に、ナマエはそう言って咲良に笑った。
「ふふ、咲良ー!すきよー!」
「だー!鬱陶しい!抱きつかないでよ!」
そんな2人の姿を遠目から総士が見つめる。
やっぱり彼女は、ああやって笑ってる方が似合っている。あんな、真剣で哀しい顔は、自分の前だけで十分だ、と。
その事自体が、エゴだとは知らずに。
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