18 言い訳


「おかえり、総士」
「!」

部屋へ帰る途中、と言うか部屋のほぼ目の前で総士は突然聞こえた声に肩を揺らした。

「ナマエ、もう検査は終わったのか?」

壁に寄りかかりながらこちらを見据えるナマエの前で、総士は立ち止まる。

「うん、特には。眠ってる間も調べられてたみたいだからそんなに掛からなかったよ」

少し困った様に言うナマエに、首を傾げる。それに気付いたのか、ナマエは思い出す様に床に視線を落とし、やはり困った様に笑った。

「いや、さ。お父さんが心配しちゃって」
「そうか」

つまりは検査中片時も離れなかった史彦にナマエも千鶴、終いには弓子ですらどうしたものかと思った位だった、と。

そう言うナマエの顔は穏やかで、心を閉ざして眠っていたとは思えないほどだった。そんなナマエに総士は少なからず安堵する。ようやく、この笑顔に会えたのだから。

「って、そんな事言いに来たんじゃないの」

そう言って壁に付けていた背中をはがし、総士と面と向かう。改めて見つめてくるナマエに、総士は首を傾げた。

「ありがとう、総士」

ナマエの言葉に、総士は更に疑問を深める。自分は何もしていない。一騎を連れ戻しに行けたわけでもないのに、何故ナマエが自分に礼を言うのか、総士には理解出来なかった。

「私が眠ってる時、毎日来てくれてたでしょ?」
「!」

ふふ、と笑うナマエに総士は驚きを隠せなかった。

「意識があったのか?」

つまりは、自分の独り言や会話を聞かれていたのかと肝を冷やした。何か聞かれてはまずい事を言ってないだろうか、と総士の脳内は慌ただしく過去を遡っていく。

「ううん、でも総士を感じたの」
「・・そうか」

フッと肩の力が抜けた総士に、今度はナマエが首を傾げる。そんなナマエに総士は何でもないと、誤魔化すのが精一杯だった。

「ねえ、総士」
「な、んだ・・?」

突然自分の右頬に触れるナマエに戸惑う総士。そんな総士にナマエは真剣な表情を見せた。

「泣かないで」
「な、にを」

言っているのか、分からなかった。それでも、ナマエはまるで壊れ物に触れるかの様に総士の頬を撫でた。

「ずっと聞こえてた。総士の泣く声が」
「!」
「眠ってる時、ずっと総士を探してた。だから私は、死なずにまた目覚める事が出来たの」

そう言ってナマエは俯く。暗い暗い闇の中。その直前にフェストゥムを通じて見た景色に、ナマエは絶望した。

自分はそこにいなかったはずなのに、音も臭いも熱も、惨劇として一気にナマエに押し寄せた。

それに耐え切れなかったナマエは、心を閉ざした。そうして自分を守ったのだ。

それでもさっき見た光景は脳裏に焼き付いて離れなかった。消えて、しまおうと思った。そうすれば何もかもなくなる。こんな思いも、感情も。

でもそんな時だった。総士の泣き声が聞こえてきたのは。いや、正確に言えば、幼い頃の総士の声だった。

気付いたらずっと総士を探して歩いていた。でも、結局見つけられなかった。ごめんね、とナマエは総士を見つめた。

今にも泣き出しそうなその瞳を見て、何故か総士が泣きたくなった。

「・・別に、僕は泣いてなんかっ」

そこまで言うのが精一杯だった。総士は慌ててナマエに背を向ける。

「ちょっと、これは目にゴミが入っただけだ」

自分でも苦し紛れな言い訳だと思ったがそれしか思いつかなかった。そんな総士を責めるわけでもなく、ナマエは総士を後ろから抱きしめた。

「本当、ありがとう。総士のおかげで私はまだここにいる」

総士は耐えきれず、今日2度目の涙を流した。

初めてだった。存在を感謝されたのは。その事がこんなにも胸を締め付けるのだという事も、総士は初めて知った。

「!」
「きみがここにいるのが僕のおかげなら、この位は許されるはずだ」

そう言って総士は振り向いてナマエの肩に顔を埋めた。ナマエは驚きながらも、まだ啜り泣く総士の髪をそっとなでた。

「変な総士、」

そんな事わざわざ言わなくたって、肩くらい貸してあげるのに。総士の言い分に少し笑いながらそう言った。

(すまない、一騎)

そんな総士の心の声は、涙と一緒にナマエの肩に馴染んでは、溶けていった。









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