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久志の宣言に、体育館に今までの比じゃ無いくらいのどよめきが広がる。
だが、そのどよめきの中に当然だと言う声も混じっているのに気付き久志は笑みを深くした。
腐った奴ばかりではないのか。
この歪みきった学園の現状に気付いている生徒は、確かにいる。
だが皆、その歪みの中心部分に居る原因の一端である生徒会の生徒には逆らえないのだ。
逆らえば自分の家族や周りの人間諸共潰されてしまう。
セレブ校と言うだけあって生徒の多くは中小企業や芸能関係、政界に関係した親を持つ生徒がたくさん通っている。
だが、桜木を始めとした生徒会の人間は、国内でもトップクラスの資産を誇る企業や代議士の子息達で構成されているのだ。
つまり権力だけで言えば、学園において生徒会の生徒は生徒会を無しにしても、絶対的な権力を持っているという事になる。
生徒会がそういう人間で構成されていた事も、学園の歪みを大きくさせた一因だろう。
「ふざけるな!!!!」
納まるどころか更に五月蠅くなっていく体育館の中に激昂した桜木の怒声が響いた。
騒いでいた一般の生徒も、教師も全員が舞台の上へと目を向けてその激しさに声を失くして固まる。
桜木は荒い動作で久志へ近付き強く胸倉を掴んで引き寄せる。
ワイルドな容姿で美男子である桜木の顔が久志の至近距離、息の触れ合う近さにある。
普通であれば息を呑んでその姿に見惚れるが、久志はただ笑みを浮かべるだけ。
それが更に桜木の怒りを、苛立ちを煽る。
「勝手な事言ってんじゃねぇぞ…んな事許すわけねぇだろうが。あ゛?」
「勝手、というのは心外だね。これでも色々と協議した最善策の結果だよ?」
「ざけんな。俺が認めねぇっつったら認められねぇんだよ!!!理事長権限だか何だか知らねぇけど、そんなもん最善策でも何でもねぇッ。無効だ!」
近くで叫ぶ桜木に感じる感情は不快と嫌悪。
自分が何より一番だと主張するその性格は、タイプは違えど繁と通ずる部分がある。
久志はわざとらしく大きな溜め息をついて胸倉を掴む桜木の手を思い切り払う。
力なんてものが無さそうな久志からの意外な反撃に桜木は微かに目を見開く。
一歩下がり、乱れた胸元を整えて舞台の下に居る杉へと目配せをする。
微かに頷いた有能な秘書の姿に目を細めて、改めて桜木と対峙した。
「君達は、自分達が今まで何をしてきたのかをちゃんと理解しているのかな?」
会長だけではなく生徒会全員へと向けられた問いに、自覚がないのか現実が見えていないのか訝しげに警戒したように睨んでくる役員達。そして繁。
「っっどう言う事だよ久志!!!!」
「君は黙っててくれるかな?部外者なんだから」
興奮した様子で叫ぶ繁を容赦なく切り捨てる。
君の相手は心配しなくても後でしてあげるよ。
一瞬溢れた久志のオーラにやられ、ぐぐっと悔しそうに黙り込んだ繁に巧妙に自分の思考を隠した笑みを向ける。
「理事長…これを」
「ああ、ありがとう」
ふと役員達の脇を通り過ぎわざわざ斜め後ろに立ってそっと書類を差し出してきた杉に久志は柔らかな笑みを向けた。
だが生徒会と再び向き合う瞬間に柔らかさはなりを潜め鋭く瞳を光らせる。
「雪宮繁が編入して以降学園内での強姦事件は10件以上、暴行傷害事件は30件以上。
生徒会からの重要書類が届かないという教師や委員会からの苦情報告多数。更に新入生歓迎会は生徒会の職務放棄により中止。
部外者立ち入り禁止のはずの生徒会室へは連日雪宮繁を連れ込み、生徒会特権を乱用して仕事もせずにやりたい放題騒ぎ放題」
書類に書かれた事項を淡々と読み上げる内に、生徒会役員達の顔色が悪くなっていく。
桜木は唇を噛み締めて拳を震わせながら久志を睨み、そして報告に名前を出された繁も今にも噛み付かんばかりだ。
「これ等の他にも雪宮前理事長代理と共謀して生徒を不条理に退学させた、なんて報告まであるのに、君たちはこれからも生徒会で居られると本気で思っていたのかい?」
だとしたら、どこまで甘えた思考の脳味噌なんだろうね?
そう言って嘲笑を浮かべれば、今まで顔色の悪かった役員達もプライドが傷付けられたのか眦をキツく吊り上げて久志を睨む。
そうだ。
そのくらいしぶとくなきゃ詰まらない。
愉しさのあまりに久志が口角を引き上げると、桜木の後ろに居た役員の中から金色の髪と蒼い瞳を持った生徒が険しい表情に微かな嘲笑を浮かべて前へ進み出てきた。
「…ッ僕達を生徒会から解任すれば、僕達の親が黙ってはいませんよ?」
「っそうだ。いくら雪澤家と言えど、俺達が纏めて掛かれば直ぐに潰せる」
その生徒の言葉にまるで水を得た魚のように再び優位に立ったと言わんばかりに腕を組み脅してくる桜木と口元に余裕の笑みを浮かべる他の役員達に、久志は笑い出しそうになるのを必死に堪えた。
ああ、このガキ共はどこまで…。
斜め後ろで杉が笑う気配を感じながら、弧を描いた唇をゆっくりと開いた。
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嘆く 嗤う
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