告白
【貧血王子より辰貴×涙となります】




その時生徒会室には誰もいなくて、今だと思った。


「先輩が、好きなんです…」


意を決して告げた告白の声は、情けなく震えていた。
俺の突然の告白に驚いたように目を見開く先輩を見ていられなくて、俯く。
頬に熱が集まるのが自分でも分かった。ギュッと、緊張から汗ばむ手で拳を握る。

駄目かもしれない。
先輩は、俺のことなんてただの後輩だと思っているだろうから。
でも、そんなのとっくに覚悟の上だ。

時間にすれば一分くらい、先輩はただ驚いていた。
そしてひゅっと息を吸い込む音がしたと思ったら、次の瞬間俺は暖かい腕に包まれていた。

抱き締めてるのは、当然先輩。
俺の首筋に顔を埋めて、柔らかい髪の毛が首に当たって少しくすぐったい。
でもそれ以上に胸がムズムズして、全身が心臓になったような感覚に陥った。


「……あ、の…っ先輩?」
「っごめんなさい…」


恐る恐ると背中に回しかけた手が、その言葉で止まった。
『ごめんなさい』
それはどう考えても俺には拒否の言葉に聞こえて。
ああ、振られたのか。
いや、分かってた。でも……。

覚悟してたけど、でもやっぱり傷付くのは傷付くもので全身から力が抜けるような感覚に襲われる俺に、先輩が再び口を開いた。
そして、告げられた言葉に俺はまた目を見開く。


「う、嬉しい…です」
「…………え?」
「僕も…その、好きだったので。上川くんの事…」


震える声で言葉を紡ぐ先輩は恥ずかしいのか小さく肩を震わせていたけど、俺は先輩の言葉を理解することに必死で気付けない。

なんて、なんて言った?
先輩が…涙先輩が俺の事が好き?

信じられない。
でも、ふと見えた先輩のうなじが赤く染まっていて、思わずそこから目を逸らせなくなった。


「……っ上川くん?」


ぼんやりとうなじを見ていて何の反応も出来なかった俺を呼ぶ先輩の心配げな声音にハッと我に返る。
我に返るとじわじわと言い表せない気持ちが押し寄せてきて、下ろしてしまった両腕で今度こそ強く、確認するように先輩を抱き締めた。
っていっても、身長が先輩の方が高いから、はたから見れば抱き着いてるように見えるかもしれないんだけど。


「好きです。先輩…!」
「はい…僕もです」
「…っ俺と付き合ってください」
「こんな僕で良かったら……」
「先輩が良いんです!涙先輩が!」


控えめな発言をする先輩に抱き合っていた身体を離して顔を覗きこんで力説する。
寧ろ、先輩以外じゃ意味が無い。
そう言う俺の顔はきっと真っ赤だ。
だけど先輩の顔は俺以上に真っ赤で、いつものあの青白い顔色からは想像できないくらいだった。

俺の勢いと恥ずかしさからか目を泳がせた先輩は、その蒼い瞳を瞼の下に隠して小さく、本当に小さく頷く。

ああ、何でこの人はこんなに可愛いんだろう。

「…先輩、目…そのまま閉じてて下さいね」

溢れる気持ちを抑えきれなくて、目を閉じる先輩にそう呟いて返事を待たずに唇同士を触れ合わせる。
先輩の唇は予想以上に柔らかかった。

「……っん、!?」

突然の事にビクリと肩を揺らす先輩の背中に腕を回して、軽く唇を啄ばめば慌てて肩を押してくる動作が可愛くて口角が上がってしまう。

「…ん、むっ」

でもあまりに必死に肩を押してくるから、渋々唇を離したら途端に大きく息を吐き出して肩で呼吸をしている先輩にクスクスと肩を揺らす。


「先輩、ちゃんと鼻で呼吸しないと」
「はぁっ、だって…っ上川くん、いきなり…っ」
「あ、先輩。駄目っすよ」
「……え?」


先輩の少し濡れた唇にむに、と人差し指を押し当てると、俺の言葉に目を丸くして何かしたかと戸惑っている様子の先輩に愛しさを感じながらニッと笑うと、少し赤みの引いた先輩の頬が微かに色付くのが見て取れた。


「上川く……」
「名前」
「…え?」
「名前で呼んで下さい。俺の事」


『上川くん』だなんて、名字じゃなくて。
『辰貴』って呼んで欲しい。
俺の言葉にポカンとしていた先輩にね?と首を傾げたら、何やらあわあわと慌てだす。


「そ、そんな名前でなんてっ」
「先輩?」
「あ、いえ……その、む、無理です…っ」
「何でですか。嫌なんですか?」
「っ違います!そうじゃなくて…」
「じゃあ何でっすか?陽介先輩の事は名前で呼んでるのに…」
「それは…っ」


拒否されたことが何だか寂しくて、口調までどこか拗ねたものになった俺に更に先輩が慌てるのが気配で分かる。


「上川くん……?」
「…………」
「……っ」


だんまりを決め込んだ俺に先輩が息を呑む。
お互いがお互い黙り込んで、生徒会室の中に静寂が落ちた。

今更ながら、ちょっとだけ後悔が胸をよぎる。
別に困らせたかったわけじゃないんだ。
ただ呼んで欲しかっただけなんだけど、ついムキになってしまった。
嫌だな。俺、マジで子どもだ。

自己嫌悪に襲われていつの間にか俯いていた俺の手を、不意に先輩が握ってきて、その冷たい指先に顔を上げると思いの外近くに先輩の顔があって目を見開く。

そっと、今度は先輩の方から唇が重ねられた。
キスは短くて、直ぐに離れていく唇を名残惜しく思うも、頬が熱くなる。


「……っせんぱ…?」
「…辰貴、くん」


目元を赤く染めて、小さめの声音で呼ばれたのは名字じゃなくて確かに俺の名前。
蒼い瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
「辰貴くん」と、もう一度繰り返し呼ばれて堪らず先輩に抱き付いた。


「もう一回……呼んで下さい」
「…辰貴くん」
「もう一回」
「ッ…辰貴くん」


胸がいっぱいでどうすればいいのか分からない。
今にも叫び出したいくらい、嬉しい。
名前を呼ばれただけなのに。
ぎゅうぎゅうと先輩に抱き着いて、肩に埋めた顔を上げて顔を覗きこむと、予想外に緩んだ嬉しそうな先輩の目と視線が絡み合った。
思わず目を奪われる俺に、先輩が顔を隠そうと俯くのを見て再び抱き締める腕に力を加えて肩に顔を埋める。


「……っ!あ、み、見ないで下さい…っ」
「……涙先輩、好きです」
「っ、…僕も好きです」
「大好きです」
「!……はい」


ああ、幸せすぎてどうにかなってしまいそうだ。
先輩と付き合えるなんて、本当に夢みたいだ。

照れ臭そう笑いながらも背中に腕を回してくれる涙先輩に胸が高鳴る。


でもこれからがまた大変になるんだろうな。
先輩は人気者だから、ライバルも多い。
嫌われてるとかよりは数倍良いけど、それでも心配だ。

あと、先輩が卒業するまでには身長を伸ばしたい。
今はまだ先輩の方が大きくて、こうやって抱き締めているつもりなのに抱き締められている形になってしまう。
それはやっぱり男として悔しいし、複雑だし。


「辰貴くん……?」
「ん、なんですか?」
「……いえ。今日も一緒に夕飯食べましょうね」
「っ、勿論ですっ」


だけど取り敢えず今は、この幸せを先輩と噛み締めようと思う。




END