限界です。



夏休み明けの生徒会室に響くのは電卓を叩く音と書類を捲る音だけ。


授業が始まり休みの気分の抜けない平日。
本来ならば生徒会役員も基本授業に出なければいけないが、今の生徒会にはそんな余裕さえ無い。


書類を確認していた金色のサラサラとした髪の毛に碧眼を持つまるで西洋のお伽話に出て来るような風貌をした青年は、疲れた目を閉じて一度溜め息を吐きだす。


「…涙先輩、大丈夫ですか?」


静かな室内に響いたその溜め息を聞いて電卓から顔を上げ心配そうに問い掛けてきたのは、一年にして生徒会第二会計に選ばれた上川 辰貴である。
まだ幼げの残る顔を心配に歪める辰貴も、その顔色は余り良くは無い。

だが、そんな辰貴よりも更に顔色の悪い涙を、辰貴は今にも倒れそうだとここ最近気が気じゃない。
だが当の本人はもう青白いというよりもゾンビ色の顔色で笑うのだ。


「大丈夫です。上川くんこそ、顔色が優れませんよ?今日はもう無理せず帰って良いですよ?」


そう答える涙に、辰貴は思う。

頼むから先輩が帰って休んでくれと。

だがそんな事を言っても涙はきっと「上川くん一人に任せることなんて出来ません」と言って聞かず、それに帰られてしまったらこの膨大な量の仕事を一人で片付けなくてはいけない事になると、辰貴はヤキモキとする気持ちを抑え付けえて曖昧に笑って誤魔化した。


「もうこんな時間ですね…少し、休憩にしましょうか」


朝の7時から生徒会室に入り今は10時。
三時間も仕事に没頭していたことと、それでも減った気配の無い書類の山に辟易しながら辰貴は涙の言葉に同意して立ち上がった。

それと一緒に涙も腰を上げる。が。



ガタッガタンッ


「っ先輩!?」


いきなり書類の山に突っ込み、倒れた。
突然の事に驚き駆け寄った辰貴は涙を抱き上げる。

生気の無い顔色。
睡眠時間も取っていないのか目の下には大きな濃い隈。

辰貴でさえ足元にも及ばないくらい表情がその疲れを訴えている。


瞼を震わせてゆっくりと開いた涙は、暫し焦点が合っていないのか視線を彷徨わせた後泣きそうに顔を歪める辰貴を視界に捉えて微かに微笑んだ。


「すみません……いつもの貧血なので、気にしないで下さい。ああ、そんな顔をしないで…ごめんなさい、僕のせいですね…」


か細い声でそう言って、高二の男子にしては細い手でそっと辰貴の頬に触れる。
その指先は驚くほど冷たかった。
冷たい涙の手を強く握り締めて、辰貴は首を横に振るしか出来ない。
そして悟る。


もう、先輩も俺も限界だ。






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