これが彼らへの謝罪の仕方です。 涙がベッドに戻ったのを確認してから、陽介は生徒会室へと向かった。 隣に辰貴を連れて。 二人の間に会話は無い。 辰貴から感じる不機嫌そうな雰囲気に気圧されて、陽介は言葉が喉に引っ掛かるような感覚に襲われていた。 やはり、辰貴はまだ陽介を認めてくれていないのだろうか。 微かに浮かんだ疑問の答えなど、わざわざ本人へ問い掛けなくても直ぐに出た。 当たり前だ。 きっちりとした辰貴の性格上、陽介や会長たちを簡単に許す事などしないだろう。 いや、辰貴だけでなくこの学園の生徒や教師達もだ。 生徒会室に着いても、会話は無かった。 陽介は何度も口を微かに動かしてはまた引き結ぶ。 生徒会室の各役員の机には書類の山がいくつも出来ていた。 特に会長の机には重要書類の山。 陽介は、久しぶりに見た生徒会室の有り様に言葉を失った。 辰貴はそんな陽介の様子さえ気にせずに、各机から書類を纏めて生徒会室の中心にあるテーブルに置いていく。 きっと、これから片付ける分だろう。 こんな中で、涙と辰貴は頑張っていたのか。 改めて襲う罪悪感に耐えきれず俯く。 「目、逸らさないで下さいよ」 俯いた矢先に聞こえた声音は、厳しさを孕んでいた。 ゆっくりと顔を上げた陽介を辰貴はじっと見つめている。 「これが、先輩達が招いた結果です。だから、目を逸らすなんて許さない」 「上川……」 「…俺、まだ先輩の事許してないッスから」 険しい顔付きで告げられた一言が、胸に重く圧し掛かる。 「っ…分かって、る……」 「……分かってるなら、早く仕事して下さい」 目線を下げてしまった陽介に、辰貴は小さな溜め息をついて促す。 カサっと紙の擦れ合う音がして辰貴が仕事を始めたんだと言う事が分かった。 未だに躊躇い動かない陽介に耐えられなくなって、開いた辰貴の口から発せられた声音は冷たいものだった。 「いつまで突っ立ってんですか。やる気無いなら別に帰って良いですよ」 「ッやる」 ビクリと肩を揺らして、咄嗟に力強く返事を返した陽介は、覚悟を決めたように一歩、生徒会室の中へと足を踏み入れた。 この間、遠くなったと感じたその部屋の中へと。 入ったは良いが、何からすれば良いか分からず、取り敢えず自分の机に積まれた書類に手を伸ばす。 手に取った一枚の書類は、文化祭の最終予算報告書だった。 これは重要だ。 これを提出しなかったら、文化祭は行えなくなるのと同じ。 「それ、期限は金曜までなんで、お願いしますよ」 辰貴は眉を寄せて言う。 その表情はまるで歯痒さを堪えるような顔。 「そういうの、俺には決められないんで…」 そうだ。 一年の辰貴には、最終的な決定を下すような仕事はまだ早い。 なら、今までの重要な書類は…。 「涙先輩が、寝る時間削ってやってました」 「……っ」 必死に仕事をする涙が、鮮明に想像できた。 「俺…も、がんばる…から」 小さく呟いた言葉に、返事は無い。 カサカサと、書類が擦れる音がするだけ。それでも陽介はもう一度呟く。 固い固い決心を宣言するように。 「頑張る……」 涙と同じように、眠る時間を削ってでも仕事をする。 きっとそれが辰貴への、この学園の生徒達への謝罪に繋がる気がした。 辰貴からこれまでに提出した予算の書類のコピーを貰い、陽介は机に向かう。 久しぶりに座った机は使い古された物なのに、何だか新しくなったような気分だった。 真剣な表情で書類と向き合うその姿を、辰貴は横目でこっそりと窺う。 生徒会室で仕事をしている彼を見るのは久しぶりで、懐かしい。 けれどきっと、前より今の方が良い顔をしていると思った。 心から仕事をしているのだと伝わってくるようなその表情に、やっぱり敵わないと辰貴は思ってしまう。 やっぱり彼は自分が尊敬していた先輩だと再び認識する。 そして、出来れば彼のような先輩になれるように、もっと頑張らなければと思わされる。 まだ許す気持ちにはなれないけれど、感謝も感じている。 相反する気持ちは、どちらも辰貴にとっては本当の気持ち。 いつか、許せればいい。 また、一緒に笑って仕事が出来るようになればいい。 そしてそれはきっと、遠くない未来だと思うから。 「頑張って、くださいよ」 小さく呟かれた言葉は集中している彼に届く事は無く、優しく空気に溶けていった。 戻 進 戻る |