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◇ ◇ ◇
「……うっ…あ、れ…俺、」
混濁した意識が浮上して瞼をゆっくりと開いてユラユラと視線を彷徨わせる。
まだ脳があまり動いていないけど、視界に入った天井が住み始めたばかりのマンションのリビングだと言う事は理解できる。
背中に感じるのは、柔らかいソファ。
あれ、俺…何でこんな…。
「……!!」
そうだ!!あのお化けさながらの男!
考えだした瞬間思い出すのは気を失う前のホラー体験。
ガバッと身体を起こす。
そして感じる。
隣に誰かいる気配。
ピタリと動きを止めて深呼吸を三回。
大丈夫。いける。俺は強い。
よし!!
「ッうわあぁあ!!」
胡坐をかいて力無く項垂れるその影は、ボサボサの髪に不精髭。
先程よりは顔色が回復してるけど、少しやつれている。
間違い無く、あの男。
やっぱり怖い!!
だけどソファだから逃げ道が塞がれてる。
代わりにギリギリまで身体を離して目は半泣き状態。
ど、どうするっ!?
てかこの人何なんだ?
やっぱり同室者なのか?
俺の同室者はお化けか!!
もう俺の頭はパニック状態。
「……ん、ああ…起きたのかい」
「ひ!」
そんな時、俯いていた男が小さく身じろいで顔を上げた。
か細い悲鳴を上げる俺は男として何と情けない事か。
男は大きな欠伸を一つしてガリガリと頭を掻く。
「すまない、寝てしまっていたようだ」
「…っは、はひ?」
もっとこう、オドロオドロしい声を予想していた俺の耳に入ってきたのは意外としっかりした低めの、いわゆる美声。
それよりも、俺は普通に喋ったことに驚いてしまって今はそんな事気にすることも出来なかったけど。
「ああ、それと麻婆豆腐、悪いとは思ったが頂いたよ。腹が減っていてね。美味しかった」
目を見開く俺を余所に話を進める男。
ま、麻婆豆腐?
あ、晩飯にも食べようと思って作ったんだっけ。
「いやー、さっきは怖がらせて悪かった。わざとじゃないんだ。ただ空腹がもう耐えられなくなった所にあんな美味しそうな匂いがしたからつい…」
にっこりと、笑ってるんだろうけど髪の毛が邪魔で表情がしっかりと分からない。
笑顔が怖い。
笑顔なのに。多分。
「あ、自己紹介がまだだったな」
一人でどんどんと話を進める男に俺は着いていけない。
「俺は日熊 檀(ヒクマ ダン)。一応小説家と言うものをやっている。よろしくな、青年」
スッと差し出された手。
それを呆然と見つめる。
あ、意外と指綺麗なんだな。
呑気に考えていた俺は、男が怖かった事も忘れて無意識にその手を握っていた。
「あの、えっと…俺は、三ツ谷 圭介です。…これから宜しくお願い、します」
これが、俺と檀さんのファーストコンタクト。
そして二人での共同生活が始まった瞬間でもある。
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