マツバと幼馴染みの女の子

スズねの小道でマツバを見つけ、嬉しくてつい走って駆け寄ろうとしたら濡れた葉を踏んで、滑って思い切り転んでしまった。

「馬鹿」


上から冷たい声が降ってくる。手を貸してくれる気配も無く、笑顔で私を見下ろすマツバ。これもいつものことだ。


「私にも優しく接してよ」

「嫌だね。そんな面倒くさいことしたくない」


極上の笑顔でそんなことを言うものだから、この男は質が悪い。
いつものマツバは、その笑顔で優しく甘い言葉を吐く。
近所の人にもチャレンジャーにもファンの子にも彼女にも。

幼馴染みの私にだけは、今までそんなことをしてくれた試しがない。
これには正直、傷付いている。

「マツバって、本当私のこと嫌いだよね」

「まだ地面と仲良くしてるの?」

「……うるさい」


昨日の雨のせいで少ししめった地面が気持ち悪い。
それでも起き上がる気にもなれず、そのまま地面に転がっておく。
マツバは特に何も言わず、私を見下ろしている。

さっさと帰ればいいのに。
先程スズねの小道の入り口付近でマツバの彼女に会った。
マツバを待っているのだろう、私をじっとりと睨みながら、なにやら可愛らしくラッピングされた袋を抱えていた。

思い出しただけでも嫌になる。
私には立てない場所にいるあの子が、羨ましくて疎ましい。



「それじゃあ、僕は帰るよ」


視界にマツバの足が映り、一瞬で消える。
私は地面にへばりついたまま、足音が遠ざかっていく音をぼんやりと聞いていた。

マツバに彼女が出来てから、マツバの態度はより冷たいものになった。
以前は、意地悪だったものの、もう少し私の相手もしてくれたし、今のようにそっけない態度もあまりなかった。
それに、時々だけど、本当に優しく笑ってくれることもあった。
今では、もう見ることも無くなってしまったのだけど。


じわり、と自分の中で込み上げてくるものがあると同時に、現実で生暖かい液体が頬を伝った。

自分が今寝転がっている地面も、昨日の雨のせいで湿っているので、伝った涙は地面に溶けて分からなくなった。
こんな風に、私の気持ちもこぼれ落ちて、誤魔化すように、分からなくなってしまえばいいのに。

ゴロン、と体を回転させて空を見上げる。
昨日の過ぎ去った雨のおかげか、雲ひとつない真っ青な空が広がっている。


「いつまでそうしてるわけ?」

広がっていた空が隠れ、不機嫌そうなマツバの顔が視界に入る。
まだ帰っていなかったのか、と不思議がってみるが、内心では嬉しくてしょうがなかった。


「気がすむまで」

「……あっそ」

「……ねぇ、マツバ」

「…何?」

「マツバは、あの子と結婚するんだよね?」

「………」


マツバが一瞬、目を見開いたのを私は見逃さなかった。
じっとこちらを見るマツバを、私も寝転がったまま見返した。

「…許婚だからね」

「…うん」



だから結局、どうにもならない。

仰向けになっていた体の上体を起こし、服にこびりついたドロを払う。
背中から伝わってくる冷たさも気持ち悪い。
思いつきで寝転がるのではなかったと、今更後悔した。



「もし、」


頭上から降ってきた声に顔を上げれば、立っていたマツバは私に視線を合わせるようにしゃがんだ。



「僕に、許嫁ではない、他に好きな人がいるとしたら」

「…………」

「僕は、どうすればいいと思う?」


先ほどまでの不機嫌そうな表情から一転、見たことも無いくらい辛そうなマツバに、言葉を失ってしまった。
それでいて真剣さを伴った表情に、目を離せなくなり、何か言おうとして動いた口だけが声を発しないまま、半開きになっている。

マツバの顔がゆっくりと近付いてきてもうまく反応できず、唇が触れるか触れないかという程近付いてから、やっと言葉を発することができた。


「駄目だと思う」

「…………」


ピタリと、マツバの動きが止まった。
ああ、このまま重ねてしまえばよかったのに、と思いながらも、自分の気持ちに背く発言をした。



「許嫁を、大切にしてあげるべきだと思うよ」


そう言えば、マツバは変わらぬ表情のまま「そっか」と呟いて、私から離れた。

ああ、これで終わるんだな、と考えたら涙が出てきた。
マツバは、それに気付かないふりをして、今度こそこの場所から遠ざかっていった。




















「……何泣いてるの?」

「…少し、昔の夢を見たの」

「いつの?」

「スズねの小道で、マツバにフラれた時の夢」

「……ああ」


それだけで分かったのか、隣に寝転がっていたマツバは眉間に皺をよせた。

「べつに僕はフッてないだろう?…どちらかと言うと、君の方だ」

「そうかな?」

「そうだよ。まあ、あのおかげで今があるんだけど」

「ふふ、そうだね」


腰に腕を回され、ずいと引き寄せられる。
引き寄せられるままマツバの胸に顔を埋めると、髪をマツバがゆっくりと撫でてくれた。




「まさか、あのシーンを見られていたとは思わなかった」

「ああ、おかげでスズねの小道の入り口でビンタをかまされたよ。お坊さん達びっくりしてた」

「うわ、見たかったな」

「僕とナマエがキスしてるように見えたんだって。まあ、あながち間違いでは無いんだけど。
まさかそのせいで、縁談が無くなるなんて思わなかった」

「マツバに対する信用がガタ落ちしたけどね」

「…言うなよ。信用取り戻すの結構大変だったんだから」

「知ってる」


頬に手を添えられ、ぐいと顔を上に向けさせられる。
触れた唇は、あの時重ねていればよかったと後悔したそれだ。


「どうせこうなるなら、あの時キスしておけば良かった」

「…私も同じこと考えてた」


もう一度、柔らかい唇を重ね、それを堪能する。
今では、こうすることも普通になる関係になった私達は、もうすぐ父親と母親になる。




20111231



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