穢らわしくも純情



※本編から何年か後
※監禁?ネタ



白い壁紙、白い天井、白い床と、白いベッド。
すべてが純白に統一された部屋。
しかしそこは病室などではない。
ある高級マンションの一室である。
キッチンも浴室も、味気の無い――だが、広く清潔感のあるこの部屋は、高貴かつ異様な場所だった。
そんな部屋に住んでいるのは、日吉という青年。
いや、住んでいると言うより、住まわされていると言った方が近い。
そして“監禁”と言った方が、より的確である。
手錠をかけられ、両足は紐で縛られているため、自ら何か行動を起こすことはできない。
出来ることと言えば声と言葉で意思を伝えることくらいだろうか。
しかしその言葉でさえ、朦朧とし始めていた。
精神的に極度に追い詰められ、自我や言葉を忘れてかけてしまったようであった。
そんな日吉を白い部屋に閉じ込めている人物は、跡部という青年だ。
彼は財閥の子息という地位を生かし、日吉をマンションの一室に監禁し続けてきた。
日吉が生きるのに必要なものを買い与える金も、跡部が学校に行っている間、日吉の世話や見張りをしたり部屋の清掃を行ったりする人間も――そもそもそのマンションですら、跡部家の持ち物である。



ドアが開く音で、日吉は目蓋をゆっくり開ける。
白いカーテンに夕陽が滲んでいるから、今は夕方なのかとぼんやり思思った。
この時間帯に帰ってくるのは間違いない、跡部だ。
「日吉、帰ったぞ」
荷物を置いて、日吉の横たわるベッドへと向かう。
「…っ……あ…とべ、さん」
絞り出したような声で、名前を呼ぶ。
ベッドに腰を下ろして顔を覗き込み、視線が合うと、跡部は笑みを浮かべた。
もともと華奢だった日吉の肢体は更に細く、肌は日を浴びない為白く――そんな痛々しい日吉を、跡部は溺愛していた。
横たわった日吉の体を抱きかかえ、自分の方へ顔を向かせる。
「日吉…」
そう囁いて、軽い口づけをした。
一旦唇を離して、もう一度キスをする。今度は深く、舌を絡ませる程の。
腹の前で両手を拘束されている日吉は、それを拒むことはできない。
ただ跡部になされるがまま、すべてを委ねる。


ようやく唇を離してもらえた日吉は、苦しげに呼吸を整えた。
最近ではキスさえも苦痛に感じるらしい。
「苦しかったか?」
跡部が優しく声をかけると、日吉はとろんとした目で跡部を見つめた後、首を横に振って否定した。呼吸が続かないのは苦痛だが、やはり愛し合っている彼との口づけは嬉しいようだ。
愛し合っている――それは事実であるが、真実ではない。しかし、気づかない方が幸せになれる事も、ある。
日吉の返事に満足した跡部は、ゆっくりと日吉をベッドに寝かせ、立ち上がった。
「待っていろ、着替えてくる」
「…はい」
そんなこと一々言わずとも、日吉に逃げ出す術はない。
それを知っていながら跡部は言葉をかける。
心配や恐れは、日吉をこういう状況下に置いても消えないでいた。



跡部が日吉をこの部屋に住まわせ始めたのは、今から一年前のことであった。
同棲しようと言い出した跡部に、日吉は戸惑いながらも喜んで返事をした。いいですよ、と。
それが始まりである。
引越しの際、荷物は何もいらない、手ぶらで来いと言われ、日吉は跡部の意図がわからないでいた。
(一から買い直すとでも言うのか?跡部さんならやりかねないが…代えのきかない物もあるだろう……)
しかし日吉は大人しく跡部の後をついていき、部屋の前までたどり着いた。
「先に入れ」
そう言って跡部は、ドアを開けた。
「…おじゃまします」
部屋に入ると、そこは――白一色の世界だった。
「跡部さん、ここは…?……っ!?」どうして白で統一されているんですか、という疑問を口にする前に、日吉は壁に体を押さえつけられた。
壁に頭を強く打ち付ける。視界が一瞬暗くなった。
「いった……跡部さんっ、」
「今日からお前と俺はここに住む」
「え?あ…はい……」
「いいか?逃げたりするなよ、日吉。俺の言うことをしっかり聞くんだ……」
――わかったな、俺の日吉。



着替えが終わった跡部は、再びベッドに腰掛け、日吉の髪を丁寧に撫でた。
金とも茶とも橙とも言えぬ絶妙な彼の髪色が、跡部のお気に入りだった。
さらりと指を通る髪をひと通り愛でると、跡部は溜め息を吐いた。
苛つきや悲しみから出たものではなく、悦楽から出たものであった。
「日吉、俺の隣に座ってくれ」
跡部はそう言って、日吉の足を縛る紐を解いた。
ここ2ヶ月はこうやって二人でいる時だけ、両足だけ拘束を解いてやっている。
日吉はなんとか上体を起こすと、跡部の隣に腰掛けた。
跡部の肩に頭を預けて、目を閉じる。
「日吉……」
「…どう、しました?」
「俺のもとから、いなくなるなよ」
真剣に言う跡部に、日吉は微かに苦笑した。
「なに、言ってるんですか…俺はもう……跡部さんがいないと、生きられませんよ…?」
“跡部さんがいないと”
日吉の口からそういう言葉が出る度に、跡部の心臓は高鳴った。死んでしまいそうだと、心から思うほどに。
最も、そのような状況に追い込んだのは跡部であるし、本当に日吉は跡部がいなくなれば生きていけないだろう。
それは精神的にだろうか、肉体的にだろうか。或いは両方なのかもしれない。
「だから、俺は……跡部さんから離れるなんてこと…ずっと、ないです」
弱々しく、しかし純粋で穏やかな表情で、日吉は言った。
そう言い切る日吉が愛らしくて仕方がない――跡部は日吉の肩に腕を回し、更に抱き寄せる。
「日吉……俺も、日吉がいなければ生きられない。お前が俺のそばにいないと、気が狂いそうになる」
「ははっ…一緒じゃないですか」
「ああ…、俺達は一緒だ」
跡部はそう言って、日吉に再び口づけをした。



今では跡部に従順な日吉だが、最初からそういう訳ではなかった。
まず、声で「ここから出せ」「何故閉じこめるのか」と抗議した。
しかし跡部は、何も答えない。
ただ、愛している、と愛を囁くだけであった。
次に拘束具を外そうと必死に手足を動かして抵抗した。
手首や足首が血まみれになった日が、何日もあった。
拘束がどうしても外れないのだと悟れば、とうとう自殺を図った。
頭を強く打ちつければ死ねるのではないか――日吉はそう考えたが、何回やっても死には至らず、目を覚ませば跡部の腕の中にいた。

抵抗するだけ無駄なのだと、精神が負けていく。
閉じ込められている生活が普通なのだと、諦めが強くなっていく。
そして跡部は自分を深く愛していて、自分も跡部を確かに愛していた――いや、今も、このような仕打ちを受けても、彼を嫌いになれない自分が、いる。
(いっそ、このまま……)
日吉は自我を閉ざし、跡部に流されることにした。



「…何か、飲むか?」
喉の渇きをおぼえた跡部は、日吉に声をかけた。
「水……あ、持ってきますよ。…跡部さんは、何を?」
「そうか…俺も水でいい」
「はい…、少し待っててください」
跡部は日吉の手錠を外した。
手足が自由になった日吉は、それからベッドから立ち上がり、キッチンへ向かった。
キッチンも勿論白色で統一されている。
跡部はベッドの上で日吉を待った。
少し経つと、キッチンの方から大きい物音が聞こえてきた。
何事かと見に行くと、グラスが二つ床に落ち、割れている。
日吉が落としてしまったようだ。
「日吉、大丈夫か?」
「…ごめんなさい」
「謝る必要はない。今、片付ける」
跡部はガラスの破片を丁寧に拾い集め始めた。
普通なら、跡部がこのようなことをするなど滅多にない。
しかし、日吉が関係すれば、普通や通常など彼に存在しないのであった。


割れたグラスの片付けが終わり、結局跡部が水を二人分用意した。
再びベッドに腰かけ、上質な水を飲み下すと、日吉がもう一度「ごめんなさい」と謝った。
「だから、謝らなくていいと言っただろ?気にするな」
「…はい。……俺、やっぱり…跡部さんがいないと……」
日吉は自嘲気味に笑って言った。
まだ半分水が入っているコップを、机の上に置いた。
そんな日吉を、跡部は哀れだと思ったし、やはり、何よりも愛しいと思った。

「それで、いいんだ」
跡部は日吉に言い聞かせるように言った。
やがて、彼は歩くことも何かを掴むこともできなくなるだろう。
日常生活が困難になってしまえば、この部屋だけが日吉の生きる場所となる。
――それで、いい。
跡部の唇が綺麗に弧を描いた。

title→“秘曲”さん


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