誕生日と遅い告白



跡部さん、誕生日おめでとうございます。
……たったそれだけ、言えばいいだけの話なのに。

頭の中ではもう何回も繰り返し言っている。
おめでとうございます、跡部さん。
誕生日おめでとうございます。
おめでとうございます。
おめでとうございます。
だけど、いざ本人を目の前にして、それを言ってみろとなると、途端に声が出なくなる。
――照れている?
…ああ、そうだ、照れ臭いんだ。
思えばあの人に、素直に、“気持ち”を伝えた事が今まで何回あっただろう。
いつも言われるばかりで、自分から言う事は無かった。もしくはすごく少ないんじゃないか。
「好きだ、日吉」
「俺達はずっと一緒だ」
二人の思い出の中の輝く言葉達も、すべてあなたが与えてくれたものばかり。
俺は、あの人に、自分の心の半分も伝えられてないんだ。
そう気づいたら、なんだか情けないのと同時に、悔しくもあった。
……俺だって愛しているのに。
あなたに負けないくらい、愛しているのに。
それがあの人に伝わってないんじゃないか。
そう思うと悲しくもなってきた。…全然だめじゃないか? 俺。


「日吉、ねえ、日吉ってば。もう練習終わりじゃない?」
「えっ、あ、ああ……」
鳳に言われ、日吉は我に帰った。
「集合!」
日吉の声で、コートに散らばった大勢の部員達が一斉にして集まる。
皆が整列した後、監督の榊が一つ咳払いをし、
「今日の練習は以上だ。解散」
と低い声で言った。
「ありがとうございました!」
そんな監督に礼をして、部員達はぞろぞろとテニスコートから出て行く。
(結局、跡部さんに会わないまま帰宅か……)
日吉も部室に向かって歩き出した。
何度も三年生の教室へ行こうと思い立ったが、行動に移せなかった。
(メールか電話……)
便利な世の中になったものだなあと、中学生ながらに思う日吉。
だが、直接会って伝えるのが一番良く、そして、一番難しい。
あれこれ考えるうちに部室へ辿り着き、いつものように着替えを始める。
「ばいばい、日吉」
「ああ、またな」
鳳と挨拶を交わし、制服に着替え終わる。
日吉は重たい荷物を持ち、当番に声を掛けた後、部室から出た。
「…よう」
出て、目に入ってきた光景に、日吉は微かに息を飲む。
「跡部さん……?」
「なに間抜けな顔してんだ」
「い、いえ…」
まさか、跡部が現れるなんて。
驚きと衝撃で頭が空っぽになりかける。
「どうして、ここに」
「あーん? 来ちゃいけねーのか」
「そういう事ではないですけど…」
「はは、冗談だ。……日吉が、俺に会いたがってると思ってな」
「!!」
跡部の言葉に、日吉は目を見開く。
(心を読まれた……?)
そんな馬鹿な。日吉はそう思ったが、跡部ならあり得ない話でもないのが恐ろしいところである。
「そんな――」
そんな事あるわけないじゃないですか。
日吉はそう言いかけて、やめた。
(俺は確かに、跡部さんに会いたかった……せめて今だけは、有りのままを伝えたい…!)
日吉はぎゅっと手に力を込めた。
しっかりと跡部の目を見つめて、一呼吸する。
「…っ、……跡部さん。その…誕生日、おめでとうございます」
「ははっ……ありがとな」
勇気を振り絞って、まずは誕生日を祝う言葉を伝えた。
跡部は若干驚いた後に、嬉しそうに微笑を浮かべた。
「あと、それと、……跡部さん、あなたが好きです。その……ずっと、好きです」
小さな声で、だが確実に、日吉は今まで伝えられなかった思いを、はっきり跡部に告げた。
(……言えた…)
恥ずかしさで、思わず目を伏せる。
「……」
跡部は、沈黙したままだ。
(…?)
日吉は、どうしたのだろうと不思議に思ったが、顔を上げる勇気がない。
(まさか、不快だったのか?)
日吉がそんなことを考えた瞬間、跡部は日吉の体を、強く抱きしめた。
「ばぁか……遅いんだよ、焦らしやがって……言葉がなくても、お前の気持ちはわかってた。けど、日吉の言葉で言って欲しかった」
「跡部さん…」
「だから、特別な日に聞けて、よかったぜ」
跡部はそう言うと、日吉を離して、それから、日吉の肩に手を置いた。
「そのプレゼントは…反則だろ……」
よく見ると、跡部の顔が赤くなっている。照れていたのは日吉だけではなかったようだ。
「…物のプレゼントも、ありますよ」
「ほう……そりゃあ楽しみだ」
「あまり期待しないでくださいよ。高級品じゃないんで…」
「……ばかだな」
跡部は苦笑すると、日吉の唇に優しい口づけをした。
(大切なのは、お前であることなんだよ。日吉……)
跡部は心の中でそう呟きながら、もう一度口づけをした。



2012/10/04
跡部様、お誕生日おめでとうございます!


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