初恋衝動



それはある種の衝動に近かった。
気がつくと俺は宍戸さんの手首を掴み、強引に引き留めていた。
戸惑ったような貴方の顔、自分とぴったり同じ高さにある瞳が、俺を捉えて見開かれている。
「……若?」
押し黙る俺に、とうとう宍戸さんが声をかける。
宍戸さんに対して抱いている感情は山のようにあるが、それを声に乗せて、言葉で伝えることは簡単ではない。
この衝動の一瞬で、戸惑っているのは貴方だけじゃないんだ。俺もどうしたらいいか、よく分からない。
「宍戸さん、」
情けないほど小さな声で、名前を呼ぶ。
自分の頭にはほんの少しの言葉しかない。奇麗な言葉なんてよく知らない。
そんな少ない言葉を上手にやりくりする力もないのだから、もう真っ直ぐに単純に伝えてしまうしかないだろう。
否定されても、構わない。そう覚悟をして。

「俺は…貴方が、好きなんだと思います」
「……え?」
曖昧な言葉しか出てこない自分を憎む。
状況が飲み込めていない宍戸さんを敢えて無視し、精一杯、言葉を繋いだ。
「嘘じゃない……きっと、本当です」
無意識に宍戸さんの手を掴む力が強くなる。
「……そう、か」
長く間を置いて、か細い声が返ってきた。やっと反応できた、そんな様子の。
「若は、俺が好きなのか…?」
「…はい」
素直に頷けば、宍戸さんは更に焦ったようだった。
「んー? えーっと、つまり、尊敬ってことか?」
「尊敬……? いや、違いますね」
「若てめぇちょっとくらい尊敬してくれたって…」
俺の否定に若干引っ掛かったものの、宍戸さんはそれを一旦頭からどかして、再び考え出した。
この人、かなりの鈍感なのか?
俺の言う“好き”は、そこら辺に転がる薄っぺらい好きじゃねえってことくらい、気づいてください。

俺は宍戸さんの目をじっと見つめた。
今更込み上げる恥ずかしさで体中が熱い。蒸発しそうだ。
「何回も言わせないでください。いいですか。……好き…です。恋ですよ、恋…!」
恋。
口にした直後に少し後悔する。だが、他に適切な言葉が見つからない。
「こ、こい…!? 本当か、若!?」
「だから…本当だとさっきから……」
疑いすぎだろ…と思ったが、無理はない、か。
いきなり同性の後輩に「あなたに恋してます」なんて告白されたら、俺だって混乱する。
――そう言えば、手、握りっぱなしだ。どうしよう。
俺がそんなことをふと考えていると、宍戸さんは自由なもう片方の手を、俺の、宍戸さんの手を握っている手の上に重ねた。
今度は俺が、驚いて言葉を完全に失う。
「あの…ありがとな。言ってくれて。……俺も、若のこと好きだ。それは若みてぇな恋かは、まだ…わからねぇけど、多分、同じだ」
顔が、赤い。
それは俺もそうなのかもしれないが。
俺が何か言おうとすると、宍戸さんは照れくさそうに顔を背けた。
「あ〜…心臓がやべえ……」
手を素早く離して(握っていた手は振り解かれた)、自分の胸のあたりをぎゅっと押さえる宍戸さん。
嘘みたいだと、思った。
まさか宍戸さんが、俺のことが好きだと言うなんて。
柄にもなく、心の中が晴れやかになっていく。何だろう、自分で自分が気持ち悪い。
「…ありがとう、ございます。今度、飯でも食べに……」
「…おう」
とりあえず、休日に遊ぶ約束を交わした。何故だか、咄嗟に出て来たのがこの台詞だった。
「…では」
俺は軽く会釈をして、宍戸さんと別れた。

まだ恋かわからない。
先輩はそう言っていたけど、いつか必ず、恋してるんだと自覚をさせてやる。
これも、そう、立派な下剋上だろう。


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