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精神科医な忍足×幽霊・悪魔・妖怪など普通の人には見えないものが見える(聞こえる)日吉
です。
ちなみに私は、病院・医者の事情や病気についての知識は全くありません。
100%妄想ファンタジーで出来ている話なので、おかしな部分があってもスルーしていただけると嬉しいです。
タイトルは“秘曲”さんからお借りしました。ありがとうございます。

大丈夫!という方はどうぞ↓





忍足は今年の始め、診療所から精神科病院へ転勤した。
診療所にいた頃は外来の診察のみだったが、精神科病院では入院患者も看ることになる。
以前と同じ精神科医としての仕事だが、やはり新しい環境には独特の緊張を感じた。

やがて三ヶ月が経ち、そんな日々にも慣れてきた頃、新しい患者が一人入院することになった。特別、珍しいことでもない。

いつも通り仕事をこなし、ふと時計に目をやる。
(時間やな…)
忍足は手を止め、椅子から立ち上がった。
時間というのは、入院患者の問診をする時間である。
今日は、昨日入院してきた患者も問診することになっている。
その患者は頻繁に幻覚症状が起き、自傷癖があるという。



彼は幼い頃から幽霊がいる、悪魔がいると言い、それは中学生になっても続いていた。
それに加えて、彼の手足には常に傷痕が複数あった。
幻視、幻聴、自傷行為――彼の精神状態を案じた家族は、彼を病院に診せることにした。
しかし、原因は分からなかった。
適切な治療が出来ないため、とりあえず様子見の通院という形をとり、約半年間彼は病院に通った。
だが症状は一向に良くならなかった。
家族は次第に彼から遠ざかるようになり、そんな家族に彼も距離を置き、学校に通う許可もおりず、彼は自室でいつも閉じこもっていた。
――自室にいても幻覚は止まず、傷は増え、遂には自ら両面を傷つけ、片目は失明してしまった。



忍足はいつも通り患者の問診を済ませ、最後に新たな患者の病室の前で立ち止まった。
二回扉をノックして、失礼しますと声をかける。
返事はないが、扉を開けて病室へ足を踏み入れた。
「はじめまして。調子はどうや?」
ベッドに横たわっている少年――日吉若は、忍足の声に反応して目を覚ました。
金や茶が混ざったような綺麗な色の切り揃えられた髪、まだ大人になりきれていない端正な顔……奇麗だと、思わず感じた。
しかし、左目には痛々しく包帯が巻かれている。

「…問題ないです」
日吉は横になったまま、短くそう答えた。
「ならええ、安心したわ。何かあったら遠慮なく知らせてな」
忍足は柔らかく笑ってみせた。
それから、渡されたカルテに目を通す。
「えっと……日吉若くん」
主な症状は幻視と幻聴、度々自傷行為。見たところ新しい傷痕はない。(もっとも、刃物などの危険物は彼に近づけていないが)
「幻覚症状はある?」
「……」
忍足の質問に、日吉は微かに目を細めた。
少し時間をおいて、日吉は小さな声で言った。
「……幻覚、という表現は、あっていないと思います」
「それ…どういうこと?」
「…いえ。何でもありません」
「素直に言うてみ? 否定なんてせぇへんから」
忍足はなるべく優しく、丁寧に言った。
「日吉くんの治療に役立つかもしれんしな」
「……」
日吉は、答えなかった。
まだ時間がかかりそうやな…と忍足は思い、話題を変えた。
「せや、目はどうや? 痛んだりしてへんか?」
「大丈夫です」
「そうか…もう治ったんも同然やな。包帯はまだ取ったらあかんの?」
「…このままで、いいです」
「わかった。じゃあまた、日吉くん」
忍足はひらひらと手を振ると、病室を後にした。



「……」
日吉は再び一人となった。
何となく寝返りをうって、溜め息を吐く。
(どうせ医者も、俺を信じるわけねぇ)
幽霊、悪魔、妖怪――“空想上”だと常識でされているものすべて、日吉には見えている。声まで聞こえている。
幻覚ではなく、見えて、聞こえているのだ。
それらが実在しないと決めつけられているのは、ただ己の目で見えないだけで、確かに実在している。これが真実だった。
しかし、そんなことを信じてもらえるわけもなく――日吉が見ている景色は“幻視”と、聞こえている声は“幻聴”として片付けられた。
自傷の為負ったとされている手足の傷も、悪魔や悪霊の所為である。
切ってない、自分は何もしていない、そう日吉がいくら主張しても、彼の家族には、日吉が自室の中で怪我をする理由は自傷行為くらいしか思いつかなかった。
幻覚症状もあるとされているから尚更そう思っただろう。
だが、彼の目を傷つけたのは日吉自身だった。
異形が見えてしまう我が目を呪った、彼の唯一の自傷行為であった。日吉はそっと、包帯越しの左目に触れた。
(――今、思えば…)
この目が見えなくなろうと耳が聞こえなくなろうと、周囲の人間の日吉若を見る目は変わらない。
一度深まってしまった溝は、埋まることはないだろう。
そんな事にすら気づかない程、その時の自分は感情的になっていたのか。そう思うと自然、自嘲気味に唇が歪んだ。


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