大体学校にある公衆電話はみんなそうだと思うんだけど、
私が通っていた小学校では、公衆電話は職員玄関に置いてあったの。

職員玄関なんて、普通はあまり行く機会がないよね。
そこに来る子なんて、それこそ公衆電話に用がある子か、生徒用玄関に鍵をかけられる程に遅くまで残っていた、部活帰りや居残りの子供達くらい。

その日、先生の手伝いか何かで、少し帰りが遅くなったの。
遅いっていってもまだ四時くらいで生徒玄関は開いていたんだけど……私は職員玄関から帰ることにしたの。
玄関で、隣のクラスの子達がひそひそ話をしてたんだ。通りづらいでしょ?
それは私のことではなかったし、私は彼女達のことを名前くらいしか知らなかったけどさ、わざわざ悪口の中に突っ込んでいく必要はないじゃない。

靴を持って、職員玄関に向かったよ。
そしたら、普段誰もいない職員玄関に、子供の姿があったの。
電話をかけているみたいだった。でも、電話って普通一人でかけるものだよね?
それがどういうわけか、公衆電話が覆い隠されて見えない程に、人がいたんだ。全部で四人。
みんな、私と同じクラスの子だった。

……何をしているんだろう。
なんでみんなで。どこにかけているんだろう。

職員玄関は廊下とは引き戸で隔ててあるんだけど、廊下まで、四人の笑い声が聞こえてきたの。

四人は押し殺すように、でも、耐え切れないっていう感じで笑ってた。

坂上君なら、どうする?
職員玄関から帰る? それとも、戻って生徒用の玄関から帰る?

……あはは。悩むまでもないよね。
うん、私も職員玄関の引き戸を開けたよ。

だって、知らない子が電話してたなら気まずいけどさ、
みんな同じクラスの子だったんだもん。わざわざ戻って隣のクラスの子の悪口聞くよりさ、ずっといいじゃん。

それに、四人はみんな、クラスの中心にいるような明るい子達だったんだ。
その子達が集まって電話かけて笑ってるんだよ。何話してるのか、気になるよね。
何してるのか聞いてみようと思って、私は引き戸を開けて職員玄関に入ったの。

「……なんだ、お前か。びっくりさせんなよ」

中に入ると、四人が一斉に私の方を見たの。びっくりしたのはこっちも同じだよね。

「せんせーかと思ったじゃん!」

って文句を言いながらも受話器は離さなくて、みんな受話器から離れなくて、

「ね、次! 次あたしにかしてっ」
「やだ、もうちょっと待っててよ」

そう言って受話器を取り合ってるんだ。
みんなランドセルを床において、靴は持ってないの。まだ帰るつもりはないんだね。

てっきり、誰か友達の家に電話して盛り上がってるんだと思ってたから、ちょっと意外だったよ。
誰かを呼び出す電話か、これから「遊びに行くからお前も来いよ」っていうような、そんな電話かと思ってたから。

そこにいたのは、男の子一人と女の子三人。
女の子達はきゃーきゃー良いながら受話器を取り合ってたよ。
私、口も挟めなくて。だってみんな、電話に夢中で私のことなんかもう眼中にないだもん。

私が帰らずに、四人のこと見てたのに気づいたんだろうね。
男の子が……えっと、じゃあ名前は坂上君にしておこうか。え? やだ? うーん、なら坂下君にしておくね、あはは、大丈夫だって、坂上君の名前借りるだけだからさ。で、その坂下君が電話から離れて、私の方に近づいてきたの。

「何。お前帰んねぇの?」
「ううん、今帰るとこだけど……」

そう答えても、でもこのまま帰るわけにはいかないよね。
だって、気になるもん。だから私、聞いてみたの。

「ねぇ、どこに電話してるの?」って。

そうしたら、坂下君はいつもと変わらない笑顔で笑うの。
ドッヂボールに仲間を誘う時とか、先生にドッキリを仕掛けようって悪巧みする時みたいにさ。
「聞きたい?」なんて、わざわざ前置きをして、

「すっげー面白いとこ」

って言うんだよ。

「面白いとこ……?」
「そう!面白いよ!何いってんのか、ぜーんぜんわかんないの!」

そんなこと言われても、こっちだって全然わかんないよね。
きゃははは、って、また女の子達が笑ってた。受話器に向かって何か良いながら、楽しそうに。

「それに、こっちが何言っても怒んないんだ」

坂下君はそう言ったけど、やっぱり全然わかんなかった。
私は、「誰に」じゃなく、「どこに」って聞いたことに後悔したよ。それじゃ全然わかんないもん。

「誰に」かけてる電話なのか、聞き直そうと思った時、女の子達が大きな声で笑ったの。

「ばーか!……きゃははは! やだーなにそれイミワカンナイ!」
「え、なになにかしてかして! ……あはははっ! なにいってんの? バカなんじゃない? ニホンゴ、ベンキョーしたほうがいいいですよー! あっはははは!」

何度もね。受話器に向かって、馬鹿とかあほとか、そういうことを言って、笑ってた。

私、固まっちゃったよ。

だって、私、隣のクラスの子達の悪口を聞くのが嫌で、ここに来たんだよ?
それなのに……
ここにいるのは、何年もクラスが同じ子達でさ、明るくて、足が速くて、可愛くて。
そんな子達だったんだよ? 友達だったんだよ?

なのに、受話器に、……まあ、低レベルなもんだけどさ、悪口を言って、
みんなで笑いながら受話器を取り合っているんだよ。さっさと帰れば良かったって、後悔しちゃった。

「……よくわかんないけど、訛ってる人?」

おそるおそる、私は坂下君に聞いてみたの。
せめて相手が誰なのかくらい知りたくって。

最初に考えたのは、どこか田舎のおじーちゃんおばーちゃん。
すっごく訛っていて、ところどころしか聞き取れないんじゃないのかなって。
もしそうだとしたら大問題だよね。

でも、坂下君は「違う」って首を振るの。お年寄りじゃないって。

「じゃあ外国の人とか」
「違う違う。たーまに日本語になってるもん。それがさー、すっげー笑えるんだ」

たまに日本語って。それってさ、すごい、馬鹿にしすぎだよね、相手のこと。
どうしていいかわからなくなって、私は何もしゃべれなくなっちゃった。
坂下君は誇らしげにニヤニヤ笑ってて、すごく居心地が悪かったよ。
受話器を耳にあててた女の子が大笑いして、みんなに回し初めたの。
坂下君も「俺にも貸して」って言って、輪に戻っていっちゃった。
私、結局そこで見てるだけだったよ。

坂上君は、誰だと思う?
あの子たち、誰にかけて笑ってるんだと思う?

……だよね。
わかんないよね。

私もね、わかんなかった。このまま帰るのもなんだか嫌だったし、かといって、電話は終わる気配がないし。ていうか、笑い声が止む気配がまずないし。

もうさ、私、どうしても誰にかけているのか、何でみんながこんなに笑ってるのか知りたくって、

「ちょっとでいいからさ、私にも貸して」

って言っちゃったの。

……やだ、そんな顔しないでよ。
坂上君、私がみんなと一緒に悪口言いたくって、そんなこと言ったと思ったの?
そんなわけないじゃん。少し聞いてみるだけで良かったんだよ。
一緒に混じって悪口言いたいなんて、そこまで思ってないよ。当たり前じゃん。

だってね、クラスで一番の盛り上げ役だったんだよ、坂下君。
その周りの三人もさ、字がきれいで、服も可愛くて、ずっと良い子だと思ってたんだよ。

なんかの間違いじゃないかって思うじゃん。
お年寄りとか外国の人とか、そういう人達じゃなきゃ、相手は誰なの?
坂下君が馬鹿するような、馬鹿にしてもいいような、本当にそんな相手なの?
そもそもそれ、人間なの?
私、確認したかったんだよ。

でも、私がそう言ったら、全員が一斉にこっちを見たの。

もうね、すっごい怖かったんだから。
明日からトイレに押し込まれて水でもかけられちゃうかと思ったよ。

でもさ。やっぱり坂下君がいてくれたからだよね、女の子だけだとそうはいかなかったと思うよ。もー絶対くつとか隠されてたと思う。前にも言ったかも知れないけどさ、女の子って、男の子が思ってるよりも、ずっとずっと残酷なんだもの。そう考えると、電話に向かって悪口なんて可愛いものだったのかも知れないよね。

ぎらぎらした目で睨みつける女の子とは違って、坂下君は、

「ダメダメ。お前の家、東地区だろ? これは西地区限定なの」

って言って、笑いながら手で私のこと追い払ったの。しっしって。
そうしたら怖い顔で睨んでた女の子達も、にこっと笑って、

「そーゆーことだから、ごめんねー」

とかいうわけ。
坂下君、クラスだけじゃなくて、こんなとこでもリーダーだったんだね。何リーダーっていうのかな。電話リーダー? ……ださいね。ごめん、思いつかないや。公衆リーダーもかっこ悪いし。まず公衆電話の略称も思いつかないし。そういえば、四字熟語のくせになんで略称ないんだろうね、公衆電話って。

あ。
東地区西地区について説明してなかったね、
えっとね、私の住んでる小学校って、半分が東地区、もう半分が西地区の子達が通ってたの。
学校の表側が東地区、裏側が西地区、みたいな。そんな感じ。
だから、どっちに住んでるかで仲間わけみたいのがあったのよ。だって、学校の表と裏じゃ帰り道が全然違うじゃない?
東の子が西、西の子が東に遊びに行くって、それだけでかなりの大冒険だったんだから。

その時電話をしてたのは、坂下君もあわせて、みんな西地区の子供達だったの。
私は東地区だったから、そんなこと言われたらもう仲間に入れてとは言えなかったんだ。
今思うと、「だからなに?」って感じだけどさ。小学校の時って、結構こういうの重大だよね。
だって、西地区にあるものなんて全然知らないんだもん。学校以外では友達じゃないんだよ。

仕方がないから帰ろうと思ったその時、女の子達が「あー!」って大声をあげたの。

「あ、10円切れちゃった。ね、ね、もっかい番号押して!」
「ずっるーい! 次あたしの番だってばぁ!」

次は自分の番だって主張する子が、お財布から10円玉を取り出して入れたの。
そして、受話器を坂下君に渡したんだ。坂下君は、番号の部分をそっと手で隠しながら、ものすごいスピードで番号を押してたよ。

15桁、くらい。
ううん、20桁くらいあったかも知れない。

坂上君の家の電話って、番号何桁?
私の家はね、10桁だよ。
市外局番とかフリーダイヤルとか色々あるから、もしかしたら桁数が多い地域とかってあるのかもね。

でもさ。流石に多い、よね。
ビックリしたよ。ぱぱぽぽぴぴぴぱぴぽぽぴぴ! みたいな感じなんだもん。
あんなに入力してる人、見たことなかったよ。

だから私、最後に一つだけ聞いたの。

「それ、誰から聞いた番号なの?」って。

そうしたら坂下君、答えてくれたよ。また、笑いながらね。

「なんか、適当にかけたら、偶然繋がったんだ」






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