*2011年度版 恵美ちゃんお誕生日記念。

*アパシー坂倉
*2008設定です。
*或いはMNC1「漫画道」ED設定。




 世界を作るのが私の仕事。私たちの仕事。キーボードを叩いて画面に映し出された文字は、単体では単なる記号にしか過ぎないけれど、数を重ね連なり、単語となり文章となり物語となり、ひとつの世界の扉を作っていく。音もなく開く扉。いや、音があるかどうか、それがどのような音なのかは読み手ごとに異なるに違いない。世界を作る、その扉を作る。それをくぐったみんなが世界に染まり、溺れ、私の作った世界から、なにかひとつかふたつをお土産にして出て行く。私はそんな人達を見るのが、とても好きだ。最初は私の中にしか存在していなかった世界が、物語という扉を通じて、たくさんの人の中に何かを残して行く。それはまぎれもなく私の中にあったもので、考え方によっては、私がどんどん増えているともいえるし、侵略してるなんて表現することも出来る。感動でも、教訓でもいい。笑いでも恐怖でも悲しみでも共感でも、なんでもいい。私からうまれたものが、読んでくれるあなたに少しでもまじわれば。世界を作る。それに、応じる人がいる。私からうまれた世界はこうして広がって、少しずつ世界征服は進行中だ。

 完。と、気持ちよくタイプする。ちらりと時計をみると、もう十二時を回ったところだった。お昼の十二時ではなく夜の方だ。零時といった方が良いかもしれない。思ったより時間がかかったな、という冷静な悔しさとギリギリ間に合ったという単純な喜びが口角を少しだけ、へらりと歪めた。

 書き上げた文章に、ワードソフトはいくつか文句をいうけれど、私は知らないふりをしてそのまま担当編集にメールで送ってしまう。まだ初稿だ。今送信した原稿がかわらず本になることはないだろう。もしかしたら、本になる時にはあの文章たちは一文も残っていないかも知れなかった。ひと月をかけた原稿だけれど、より良いものになるのなら仕方がない。担当さんも仕事をしているということだろうし、ここだけは譲れないという線引きは私の中でもしっかりしている。だから大丈夫、うん。

 目を閉じて、ぐぐぃと背を伸ばした。ずっと猫背気味だった背中が延びたことで違和感のような痛みが全身を襲う。うううう、つかれ、た、その言葉がそのまま口から溢れて止まらない。「うー」とか「あー」とか、本当に疲れた時は声が言語にならないということも知っている。喉が渇いた、甘いものが食べたいな。そんな意味合いの、うーとか、あー。

 とたとたと階段をのぼる音が聞こえる。聞こえなくなったと思うと今度はリビングのドアが開く音に代わり、ただいまと坂上の声が聞こえた。

「倉田さん、お疲れさま。やっぱりまだ仕事してたんだね」
「最初の名前、私じゃなく坂上君にかえて以下同文だわ……」

 坂上は今朝見たときと同じコートとマフラー姿で、手にしているのは商談用の見慣れたブリーフケースだ。諸々の雑用係として働いている坂上は、出版社などの会社相手にはマネージャーという役割で映っていることが多い。倉田さん程大変じゃないよ、と坂上は言うが、私が仕事という名前で呼んでいる彼がこなすアレコレは、正直私より随分と多い。私の身の回りのこと、大体全部やってもらっているから。でも私がもし、坂上に頼んでいる自分で出来ることを自分でやりはじめたら、当たり前だけれど今以上に疲れてしまうし、今みたいな創作活動は出来ないだろうなと思う。いまだって、こんなに疲れてるのに。それは坂上も同じだろうけれど、今の私たちはこれでちょうど良いバランスを保っているとお互いに信じているのだ。ずっとこうして生きて来たから、もう、他の生き方なんかわからない。

「倉田さん、ちゃんとごはん食べた?」
「んー……」

 言葉にもなっていない声を聞いて、けれど坂上は私が朝以降何も食べていないことを悟ったみたいだ。マフラーをほどきながら、キッチンの方へスリッパを滑らせていく。

「あったかい飲み物用意するね。何がいい? コーヒーより紅茶がいいかな」
「……そうね、コーヒーも栄養ドリンクも飲み飽きちゃったし、紅茶がいいな」
「うん、わかった」

 ベッドに横になったらその瞬間から寝ちゃいそうだけれど。眠る前に身体を内側から労ってあげることも必要かしら。パソコンの電源を落とし、ソファに座る、つもりが倒れてしまう。目を閉じるとそのまま瞼の裏の暗闇に歪んで落ちそうだったので、私は坂上に適当に話しかけて寝ないように努力をする。
「坂上君」、と呼ぶとすぐに「なに」と返って来た。今日の仕事の話。さっきまで編集部の人と飲んでいたらしい。飲酒運転は良くないというと、ちゃんとタクシーだよと返された。そもそも車はおろか、免許があったかどうか定かじゃないけれど。不毛な会話。かちゃかちゃとカップがはしゃぐ音が聞こえる。お湯を沸かしている間、することがないのだろう。スリッパの音が近づくのを感じて、私は坂上の名前を呼んだ。

「坂上君、肩ー」
「はいはい」
「はいは一回ー」
「はいはいはいはい」
「もうっ」
「めぇえ」
「……面白くも可愛くもないからね。この酔っぱらい」
「あはは、ごめん」





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