「隊長」

「もう隊長やないて。いつまで言うてんや、ぼちぼち俺も恥ずかしなってくるわ」


追い払うように手を振る平子隊長…平子さん。

確かに彼が隊長だったのはもう100年以上も前のことだけど、
今も昔も私の中で平子真子は五番隊隊長だ。

平子さんが隊長と呼ばれるのを嫌がってるのは分かっている。

だけど隊長以外の肩書きに慣れたくなくて、私はいまだにしつこくそう呼んでいた。


「二人きりのときくらい、隊長って呼んでもいいじゃないですか」


頬を膨らませて文句を言ってみるものの、


「アホ。二人きりやったら尚更堅苦しい呼び方で呼ばんといてや」

「じゃ平子様?」

「何で位上がっとんねん!」


バシッと頭を叩かれた。

こういう時手加減なしで叩くところは変わってない。

ここは変わればいいのにね、むしろ威力は増してる気がする。

でもまぁ、今日くらいはこれ以上怒らせるのもやめておこう。

だって今日は1年365日にたった24時間しかない、平子真子のお誕生日なのだから。


「で、こないなとこ呼び出しといて何の用や。告白やったら要らんで」

「な!全く失礼なこと言いますね」

「何やちゃうんか。早よしい」


ふ、そう余裕に構えているのも今のうちだよ隊長さん。

私はにっこり笑って、


「平子隊長、目ぇ瞑って下さい」

「は?何でやねん」

「そんな大阪弁の代表格みたいな言葉言ってないで目瞑って」

「ワレ大阪弁舐めとるやろオイ」

「は や く」


何やかんやとブツブツ文句言いながらも目を閉じてくれる平子隊長。

ふっ、かかったな!


「隊長、お誕生日おめでとうございます!」

「は、――ぶッ!?」


パアン!!!

と、背中に隠し持っていたパイを思いっきし投げつけてみた。

どこにってまぁ平子隊長の顔面以外に的なんて無いですよね。

真っ白なパイが綺麗にぶち当たり、金髪と相まって新ジャンルの芸術のようだった。


「っ…アハハハハ!アハハハッ!隊長面白ッアハハ!
 真っ白、顔!真っ白ですよ隊長アハハハハ!」


やっべ思った以上に傑作!

この面白さ誰かと共有したい、ああでも誰もいないもどかしい!

そんな風にひとしきり笑い飛ばした後、ふと違和感に気づく。

……。

平子隊長が動かないんだが?


「…あの、隊長?息出来てます?隊長?」

「…ちょっと来ぃ」


あ。やばい。低い。

今までに聞いたことないくらい声低い。


「アノ、ヒラコサマ」

「来ぃ」

「ハイ」


直立不動の体制から一歩二歩、壊れたロボットのように近づく。

すると物凄い勢いで腕と後頭部を掴まれ、


「せぇのっ!」

「ウワアアア!!」


ばふっ!!

パイが張り付いたままの平子隊長に頭突きされた。

頭突きってか顔突き?

当然私の顔もパイ塗れ。

うっ…わああこれ凄い不快…!!

気持ち悪ってか生クリームって油っぽいし…!!


「たいっ…隊長っ、うっわぁぁ…!」

「次やったらほんま殺すで」

「すみませんでした!」


ってかこれマジでどうしてくれるんですか、装束が台無しですよ、一張羅ですよ!


「あああ気持ち悪っ……」

「こっちの台詞やアホんだら」


平子隊長は掴んだままの私の手で自分の顔のパイを拭いつつ、ぺろり、と舐める。


「っ!」


その無駄に色っぽい仕草やめてくれ、
というかその役割は普通女たる私の方じゃないのか?とか思っていると、


「まぁ、こっちも仕返ししたで、おあいこやな」

「え?」

「ドサクサに紛れて唇もろたで」

「………え゛っ」


思わず自分のそれを押さえる。

う…そだ、え、あの顔突きの時?それどころじゃなくて全く分からなかった。

ぶわ、と柄にもなく赤くなる。


「…なにしてんすか」

「せやから言うたやろ。告白やったら要らんて。
 ああもー、こないなカッコで言うたないんやけど、俺誕生日やし、祝うてくれるらしいでなァ?」


いやあの平子サン。ちょっと何言ってるのか分からないんですけど。


頭の中ではそう思うものの、身体は近付いてくる平子隊長を拒むことはせず。

お互いパイ塗れになりながら、私達はまた一つ、甘い汚れを知るのだった。


「はい隊長誕生日プレゼントです」

「なんやこれ」

「洗顔用の石鹸」

「なァ一発殴ってええ?ええよな?」