真奈美と次に会ったのは、初めて会った時から一月経った頃だった。 「本当に言っているのかお前は!」 抑えなければ。 そうは思うが声を荒げてしまう。 目の前で座する宗茂はこちらをじっと見る。 「こんな場で嘘を言う利なんてないさ。俺は真奈美を豊臣方に送る」 つまり人質だ。 こんな時代に、こいつは関係のない者を秀吉様に差し出すつもりだ。 「今回の豊臣と立花での同盟には人質は必要ないと、秀吉様は仰っている。 それにあの女は客人だろう。関係のない者を巻き込んでどうするつもりだ」 「"人質"だなんて。俺はそのつもりはないよ。 あの子はもっと見聞を広げるべきだ。井の中の蛙、大海を知らず。それではもったいない」 宗茂はいつものように口角を上げる。 「それと、"客人"というのは名だけだ。戻る家がないと言っていたからな。 この家に住む。これだけで、関係がないとは言えないと思うぞ」 まだ言い返そうと思ったが、今回は同盟が成立したことを伝えに来ただけだ。 それに、宗茂にこれ以上何か言ったところで、こいつの意思は変わらん。 宗茂は立ち上がり、部屋を出た。 部屋には俺と、宗茂の奥方が残った。 「あいつの勝手は今に始まったことではない。お前も知っているだろう」 ハキハキと話す声。よく通る声だ。 「ただ、あいつの言いたいことはわかる。 この時代だ。向こうに行っても手荒な扱いは受けんだろう」 そう言って部屋を出て行った。 こんなところにいてもどうしようもない。 俺も外に出た。 どいつもこいつも、勝手だ。 人の気持ちを無視して。 夏の暑さが、俺の中でぐつぐつ沸く熱を余計に強くする。 少し先で、宗茂が真奈美と話しているのが見えた。 驚いた顔をしていたが、納得しかねるという顔に表情を変えた。 話が終わったのか、宗茂が立ち去った。 真奈美は近くにあった木の側に座り、もたれかかった。 どこか遠くを見ているようだった。 心の中で、何か引っかかった。 "何か"に引き寄せられるように、そっちへ歩いて行った。 「おい」 「・・・はい」 反応が鈍い。 彼女は俺に焦点を合わせているように見えた。 少し、驚いてるようにも思えた。 「お前、豊臣との話を聞いたか?」 彼女の横に座る。 彼女の目は俺を追って、また前を見た。 「さっき、宗茂殿から聞きました」 「良いのか、それで」 ぽかんとした顔を向けられ、正面を向く。 「別に」 思わず彼女の顔を見る。 「特にすることもないですし。まあまだ、気持ちの整理はついてないですけど」 そこでふと、"戻る家がない"と宗茂が言っていたことを思い出す。 「お前はどうしてここに世話になっているんだ?」 今度はきょとんとして顔を向けられた。 突然、だろうな。 「ぎんちゃんに拾われたんです。行く宛もないときに」 「家族は」 「あー・・・」 言いよどむ。ああそうか。もしかしてこいつ、 「いないですよ」 俺と境遇が似てるのか。 俺も、親父がなくなった時に秀吉様に助けられた。 けどこいつは、助けられた奴から、そいつ自身から切り離されそうになってる。 俺の中で引っかかっていたものが、すとんと落ちた気がした。 「秀吉様の元へは俺が共に行くことになってる。 俺もやらなきゃならんことがあるが、向こうにお前が行ってもなるべく会いに行こう」 「え、あ、はい」 彼女のあっさりした返しに、顔が熱くなってく。 「っ秀吉様は、良い人だ!お前に嫌な思いをさせることはないだろう!」 むしろ事情を聞けば新たな家族として迎えてくれるだろう。 そもそも人質と思わないはずだ。 この時の、この気持ちは決して間違ってない。 ただ、―――同情しすぎたんだ。 「おにーさん、良い人ですね」 「なっ・・・そんなんじゃ、ない。ただ・・・―――」 境遇が似ているから、とは言うべきではないな。 同情はされていいものではない。 「一つ、聞いていいか」 「はい」 「俺は、お前の・・・友になっていいか」 家族にはなれない。 だがまだ近い存在になれたら。 真奈美は何を言ってるんだ、という顔をした。 前にもされたなこれ・・・ 「別に、そちらが良ければ」 こいつはどうしてこうも自分の意思というのがないんだろうか。 息を吐く。 「ま、そういう奴なんだろうな―――よろしく、真奈美」 手を差し出す。 「はあ、頼みます清正殿」 握り返される。 詰まる所これはおもい感情だった 「硬い、呼び方が」 「いやもうこれで慣れちゃったんで」 「友人だろう、俺達・・・って、またその顔する」 「私ちょっとそーいうノリ苦手なんで・・・」 「ったく・・・」 |