懐かしい、夢を見た。

 どうして懐かしいと感じたのか……かつての故郷の思い出だったのか、とっくに捨てた世界のものだったのか。
 意識が浮上してしまった後には思い出せなくなっていた。

 まぁ、忘れてしまえる程度のことだったのだろう。
 覚えていなければならない内容ならば――私が、忘れるはずはないのだから。

 目を閉じたところで続きが見られるわけでもないけれど、二度寝を決め込もうと目を瞑る。
 すぐに微睡んできたところに、バターーン!とけたたましく、個室の横開きの扉が開かれた。
 向かいの席で、新聞を広げながらちらちら此方を窺っていたおじさんが文字通り飛び上がった。

「ミサキ!?やっと見つけた……ってちょっと!何寝てんですか仕事しなさいシゴト!」

 やれやれ……見つけるまでの時間も短くなったものだ。
 屋根の上にでも居れば良かった。

 どっちにしろ、彼は地の果てまででも追ってくるのだろうけれど。

「オーク……うっさい、頭に響く」
「起こす為にうっさくしてんですよ!」

 つかつか入ってきたオークは、派手に登場した乱入者におろおろしている向かいの客に、「黒の教団の者です。申し訳ありませんが、別の部屋に移ってもらえますか」と懐から出したものを提示する。
 紋章を見たその人は、なんだかわからないが関わってはならないものだと察したらしく慌てて荷物を纏めて出て行った。
 ローズクロスの意味を一般市民で知る者は少ない。

 その背を睨み付け不機嫌そうに鼻を鳴らすオークに、窘めるよう声をかける。

「何も追い出すことないでしょう。八つ当たりするんじゃないの」
「違いますよ!今の客、ジロジロとミサキの足ばかり見て……厭らしいったらない」
「そうか?」
「女性としてもう少し気にしなさい!こんなところで寝るなんて無防備過ぎます!」
「何かあれば起きるって」
「そういう問題じゃ……大体なんでわざわざ用意した客室からとんずらこく必要があるんですか!」
「私は二段ベットが好きなんだよ。おわかり?」
「一等車両用意してんのに文句言われる筋合いねーっつーんですよ!」
「あ、おねーさん。コーヒー下さい、2つ」

 通りかかった車内販売のお姉さんに声をかける。流石に怒鳴り続けるわけにもいかないため、私が買い物を済ませるまでどうにか押し黙った。
 言いたいことは山程あったろうが最終的には盛大な溜め息をついて、(無理やり空けた)向かい側に腰を降ろす。
 
 説教モードが終わったのを見越してコーヒーを渡すと、オークはそのまま砂糖もミルクも入れずにぐっと飲み干した。ホットなのに。男気溢れる飲みっぷりだ。

「もうなんでもいいですから……報告書だけは仕上げてください」
「それ私の仕事じゃな「私が追いつかない間に勝手に突入して勝手に終わらせて来たんですから、あなた以外に誰が書けるんですか!何度言ってもじっと待ってられないのはどこのどなたです!?」…はいはい、わかったから……怒らないでよ、血管切れても知らないよ?」
「誰のせいだと思ってんですか…!」

 ぐしゃりと潰れたコップを見なかったことにしたが、ミルクを貰い忘れたことに気付いた。…いっか、砂糖だけで。

 少し落ち着いたのか、いつものトーンに戻ったオークは「本部に通信入れてきますから、此処に居てくださいね」と穏やかに言って席を立った。


 私にはガミガミ怒ってばかりいるが(「あなたがそういう態度ばかりとるからですよ!」と返ってくるだろうが)、元々人当たりの良い好青年だ。怒られていると言うより叱られていると言うべきか。

 しばらくして戻ってきたオークは、さっきまでの様子とは打って変わり仕事の顔をしていた。

「次の駅で降りましょう。うまく行けば昼前の列車に乗れるかもしれない」
「どうした?」
「至急本部に戻るように、だそうです。寄り道している暇はなくなりましたよ」
「えぇー…やっと時間ができたってのに…でも急ぎって、なんで?」
「室長から直接任務の通達があるとか」
「ふーん」

 室長直々に、更に呼び出してまでの連絡なんて珍しいことだった。大抵、通信かオークへの伝達で済ませてしまうというのに。
 余程特殊な任務なのだろうか。

 ついでに貰ってきてくれたらしいミルクを受け取り、ようやく口にしたコーヒーは温くなっていたけれど、気がかりな任務に比べれば些細なことだった。


「本部も久々ねぇ…3ヶ月ぶり?」
「11ヶ月と10日、約1年ぶりの帰還です!どんな数え方したらそうなるんですかっ!」
「……よく覚えてるわね」
「えぇえぇ覚えてますとも。姿を眩ましてから見つけるまで2ヶ月、私にそれまでに回収したイノセンス押し付けてとんずらこくのがその一週間後、再度捜索して逃げられては追いつきを繰り返し、随従すること1年半……思い返すだけで涙が……」
「だからついてこなくていいって言ってるの」
「いいえ、何と言われようともどこまでもついていくって決めましたから!ミサキの専属探索部隊として!」
「……そんな部署はない……」

 組織に個人付きの探索部隊を設ける部署は存在しないのだが、今までも事例がないわけでもなく特例で通ってしまった。最高権限の室長がOKを出してしまい正式な辞令となっては、覆しようもない。

 実際オークは仕事の出来も良く、探索部隊の中でも優秀だった。
 性格も実直で生真面目、情に流されやすいが人に好かれるし友人も多いらしい。
 そんな彼がどうして、私の『専属』探索部隊を志願したのか。

 知ってはいるが、納得できてはいない。

 オークは荷物から地図を取り出し、教団までのルートを確認し始めた。

「それと、新しいエクソシストを教団に迎えたようです。クロス元帥の弟子とか…本当に生きてたんですね元帥、あなたが言った時は半信半疑でしたけど……ミサキ?」

 地図から顔を上げたオークは、不自然に動きを止めた私を見て目を丸くする。

 ふぅ、と落ち着く為に意識して呼吸をした。
 コーヒーを再度口に運びながら、目を細める。

「そっか、もうそんな時期か。……意外と、早かったな」
「?」

 呟きの意図が理解できずに首を傾げるが、言及しては来なかった。ルート確認の方が重要だったのかもしれない。私にとっては好都合だった。

 すっかり冷めてしまったコーヒーから視線を滑らせ、窓の外を見る。殺風景な田舎の風景だったのが、いつの間にか賑やかな街並みへと変わっていた。

(…6年…か…あっという間だった)

 少しだけ感傷的に、思い返して。
 駅の到着を報せるアナウンスに、耳を傾けた。
















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