最後の一体が、断末魔の叫びと共に地に落ちた。煌々と燃え盛る炎が、朝焼けのように周囲を照らした。パチパチ、火花が散る音が控えめに耳に届く。
六幻を背中にしまった神田が、もう用はないとでもいうように踵を返した。アクマの残骸を踏みつけながら。
打って変わって、彼女は何故か立ち尽くしていた。手の中の武器は、いつの間にか剣から扇に戻っている。肩までの髪が余韻に揺れ、表情を隠した。
その立ち姿は、不思議だった。
余韻に浸るようで、悼むようで――どちらでもないように、見えた。
「―――はぁ……」
静まり返ったそこで、深く息をつく姿は。
錯覚だろうか――どこか、寂しげでさえ、あった。
「今回は助かったよ。ありがとう」
黒い蒸気が、快晴に線を描く。
その様は、若干昨夜の光景を想わせた。
売店のご婦人からお釣りを受け取り、袋を抱えて振り返れば、駅のホームに立つ二人が見える。かと言って、不用意に近付くことはしない。自分が居ない方が、彼の不機嫌は軽減されると思ったのだ。
次の任務にそのまま向かうという神田に、ルイは持っていた鞄を差し出した。
「はいこれ。次の任務の資料」
「……テメェのせいで余計な怪我をしたんだぞ謝れ」
「埋め合わせはちゃんとするよ。任務2回分でいいかな?」
「そういう考え方ヤメロ!戦馬鹿が!」
「何ならコレ替わろうか?」
「うるっせぇ!いらねぇ!!」
引ったくるようにして鞄を受け取った神田は、苛立ちを露わに汽車に乗り込む。数人居た他の乗客が、怒声に何事かと視線をくれている。
当人は、気にした様子もなく此方に歩いてくるわけだが。
「扱い慣れてますねぇ……」
「そう?…まぁ、お互い様ってやつだよ」
ルイは動き出した列車を再度見やると、軽く手を振った。視線を追えば、長い後ろ毛が翻った気がした。また意外なものを目撃した、と思った。
「コーヒーで良かったですか?」
「うん、ありがとう」
僕達が乗る列車が来るまで、まだ時間がある。彼女が隣に座れるように、ベンチに陣取っていた荷物(ほぼ食料)を退けた。
コーヒーとルイの分のサンドイッチを渡し、早速エネルギー補給にとりかかる。よく考えれば、任務続きでろくに食べていない。腹の虫も我慢の限界だ。
あっさり平らげてしまったサンドイッチの次にリンゴを咀嚼していると、ルイが興味深げに見ていることに気付いた。食べ方が汚かっただろうか……これでも控えめにしているつもりだが。
「食べないんですか?なかなかおいしいですよ」
「あとで食べるよ。それより……」
「ん?」
「……顔色が、良くないね。大丈夫?」
不意を突かれて、食べ物を口に運ぶ手が止まる。
――隠し通せる、自信があったのに。
誤魔化すべきか迷って……自分にしては珍しく、何の言い訳も浮かんでこなかった。
無意識に、掌が左眼を覆う。
昨夜の光景を――ぞっとするような景色を、覆い隠すように。
「あんな数のアクマを見たことがなかったので…少し、疲れました」
アクマに内臓された魂を視せる、呪われた左眼を持つ自分には。
アクマだけでなく、繋がれた魂も一つ残らず、視せつけられていた。
だから、空を埋めるアクマの襲来は、本能的な恐怖と――吐き気のするような悪寒を、齎した。
慣れた、つもりでいたけれど。
さすがに……あの数は、堪えた。
今度は、ルイが目を丸くする番だった。
そして――僕の言葉の裏まで見透かしたように。まるで自分のことのように、痛々しげな顔をした。
「そうか…魂も視える君には…酷なものを、見せてしまったね。すまなかった……」
「いえ、ルイが謝ることじゃありませんよ」
「考えが足りないな…私は、まだ…」
酷く、落ち込んだ様子で肩を竦める。
予想外な反応だったので、思い切り首を振った。
「気にしないで下さい!少し休めば、大丈夫です。それより、君の怪我は……」
「……え?」
「腕、切ってましたよね?痛くありませんか?」
「…いや…掠り傷だから……」
まるで、そんなことを言われるとは思わなかった、みたいな顔をしている。
こんな顔もするのか、と埒もないことを思っていると、汽笛が聴こえた。
「……あ、来ましたね。あれに乗るんですよね?」
「…あぁ…」
僕の発言がどうやら相当ショックだったらしく、正直に言わなければ良かったと後悔した。
ルイはゆっくり腰を上げ、列車から此方に視線を戻した。
「帰ろう、本部へ」
そういえば、彼女に僕の左眼のことは話していただろうかと、微かな疑問が浮かんだ。
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