「着いたよ。此処が問題の湖」

 案内された場所は、広大な湖。表面が氷に覆われ、暗闇に白く浮き上がっていた。
 急激に気温が下がったようで、吐く息も白くなる。

「真っ白、ですね」
「なかなかいい景色なんだけれどね」

 確かについつい嘆息してしまう位、素晴らしい景観なのだが……どうにも、違和感が拭えない。周りには暑い地域にしか生えない植物が生えているからだろうか。

 軽く身震いしながら、湖面に近づいていく。しゃがんで目を凝らしてみるが、やはり深くまで凍っているようだ。

「この時期に、水面だけじゃなくて下まで凍ってるって、あんまりないですよね」
「自然じゃないよね。で、中がまた面白くって……ねぇ、ちょっとこっち斬ってみて」
「はぁ?なんで俺が」
「いいからいいから。2mくらいね」

 嫌々ながら刀を抜いた神田が、言われた場所に軽く一閃させる。
 氷が割れた、先に見えたものに神田と僕は驚愕した。

「「!!?」」

 見る間に新たな氷が割れ目を覆い隠し、それは見えなくなってしまった。
 氷が自己修復したことも有り得ないが、それ以前に……

「……今、なんか……」
「…アクマが…中に…!?」
「片っ端から割ってみたけど、至る所にアクマが冷凍保存されてんの。アクマが湖に近付くと、引っ張り込んで氷付けにしちゃうみたい」

 よく見れば、他にも幾つか黒い陰がある。ルイの言うことが正しければ、中に入っているアクマが複数居ることを表していた。
 しかも見える範囲で、5体は居る。ということは、この広大な湖に……何体のアクマが潜んでいることになるのだろう。

「なんで突然そんなことに?この間までは普通の湖だったんですよね?」
「今までになかった変化があった、ってことでしょう。普通の湖だったのにたまたま『異物』が入り込んだのか、」
「アクマが、接触したからか」
「そゆこと。どちらにせよ、発動に似た現象が起きてる。これだけ揃えば、疑う余地はない」

「この現象は、イノセンスが原因で間違いない」

 紙面では定まっていなかった調査の結果を、彼女自ら口にした。
 それを受けて、神田が湖面に立ち腰を落とした。指先が氷をなぞり、目を凝らすが当然深くまで見通すことは出来ない。

「湖の底に沈んでいるのか」
「多分、そうだろうと思う。割っても今みたいにすぐ修復されちゃうから、まだ確認できていないけれど」
「場所の特定は?」
「無理だね。修復に一定の方向性があれば中心が絞れるけど、それもないし……もはや湖全体がイノセンスみたいなもんよ。どこが元凶だかサッパリ」

 湖を丸々一つ凍らせるなんて……とんでもない力があるのではないか?
 イノセンスの存在自体を知ったばかりの身としては、まったく頭が追いつかない。イメージが湧かない、と言うべきか。

「破壊できる力は無いにしろ、こうやって動きを封じるくらいのことはできるみたい。まったく、中途半端で困るわ」

 髪を掻き上げて肩を竦めるルイから、再度湖へ視線を戻す。
 夜だから対岸こそ見えないが、日が昇っていたところで事態は全く好転することはないだろう。むしろ現実を目の当たりにするだけだ。つまりは、

「この広さから……探し出せと?」
「途方もない話でしょ?だから問題なのよ」
「「………」」

 イノセンスの大きさが一概に小さいとは断言できないのかもしれないが、もしマテールで回収した物と同等のサイズなら……とてもじゃないが、探し出せるとは思えない。

 難題を再認識し、沈黙が降りる。
 が、言葉を待たずに神田が六幻を抜いた。

「…神田?」
「イノセンスがあるなら、回収するだけだ」
「そりゃ、そうですけど…」
「どうするつもり?」

 アクマが見えている黒い陰の傍らに移動した神田が、六幻を構える。

「アクマに反応してこの現象が起きているなら、アクマを壊せばただの湖に戻んだろ」
「だろうね」
「氷が溶けて水になれば、潜って探せる」
「…潜って…」
「……それは私も考えたけど」

 神田の行動を観察していたルイが、頬杖をついていた腕を下ろした。いつの間にか近くに座り込んでいたらしい。
 淡々とした態度を崩さず、冷静に視線を滑らせる。

「やっぱり途方もないよねぇ。とてもじゃないけど、しらみ潰しに探すには広すぎる」
「ですよね…底まで沈んでたら潜れないと思いますよ、深そうですし」
「私、泳ぐの嫌いなんだよねー」
「あ、そうなんですか?」
「……じゃあどうすんだよ!他に方法があんのか!?」

 くわっと鬼の形相になった神田が六幻を向けるので、また振り切られるんじゃないかと内心でドキドキしていたが。

「まぁまぁ、そう噛みつきなさんな。取って置きの秘策、思い付いたから」

 景気良く扇を翻したルイが、意味深な笑みを浮かべる。代わりと言ってはなんだが、神田の纏う殺気が増した瞬間だった。












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