――忘れるな、と。

 それは自身の存在を、罪の重さを問い質し続ける。
 失ったものを思い知らせる。
 忘れてはならないと、言い聞かせる。








 新品同然の団服と共に、神田は次の任務の連絡を受けていた。届けられた資料には軽く目を通したが、大方の位置と最低限の調査報告しか書かれていなかった。
 現段階で調査中ということらしく、それは別に珍しいことでもないので構わない。

 問題は、同じものがもう一式あったこと。
 トマは本部に戻ると言っていた……嫌な予感しかしない。

 通話の向こうで飄々と話すコムイは、やっと本題に入る気になったようだった。

『次の任務の話なんだけど、今居るところから近いからサ。キミ達ちょっと行ってきて〜』
「………達って言ったか、今」
『うん。勿論アレンくんも連れてってね☆』
「合わねぇっつったばっかだろうが!!」
『はいはい、そう言うと思ったから、とっておきの情報を教えてあげます』
「ハァ!?」

『ルイちゃん、正式に本部に帰ってきたから』

 神田はあまりに突拍子のない名前が出て来た為、沈黙する他なかった。
 何かしらの説明を待っての沈黙だったが、いつも無駄によく回る口が通話の向こうで黙りやがったので、仕方無く、聞き返すという労力を伴わなくてはならなかった。

「…………それが?」
『とぼけちゃって!ホントは会えなくて寂しかった癖に!』
「何の話してんだてめぇは!今はアイツの話はどうでも、……まさか……」
『そのまさかなんだなー』

 唐突に名前が挙がった理由なんて、考えてみれば他にあるはずもなかった。

『次の任務地は、イゼーオ湖。先に現地で待ってる彼女に、詳しいことは聞いてね』

 イゼーオ……そんな名前の湖が、確か地図の端に載っていたような気がする。割と広い面積を占めていたはずだった。そして今居るマテールからさほど遠くない。

 しかし、寄りによってあの女が居るという。――思い当たる事例が、あった。
 知らず、眉が顰められる。

「また、例のアレか」
『…まぁ、ね。今回は元帥の推薦だから、いいかなって思ってもいたんだけど』

 言い澱むコムイは、神田がその行為自体が気に入らないことを知っている。 
 神田は元々教団の意向など知ったことではない。自分が教団に身を置くのは、あくまで自分の目的を果たすためであって、任務を遂行できれば他はどうでもいい。
 どうでもいい、のだが、気に入らないのはまた別の話だ。

 あの女…ルイを取り巻く現状は、胸糞悪い思惑が渦巻いている。それを当人は知りながら、あえて乗るような行動をとることに苛立ちを覚える。
 …んなことばっか、してやがるから。

(いつまで経っても、あの女が―――なんだろうが)

 疎ましく思っていることを知っていて、コムイは言い聞かせるように言葉を続けた。

『ルイちゃんが、アレンくん寄越してって言ったんだ。彼女から言い出すなんて初めてだから、任せようと思って』
「……なんだって?」

 前を歩いていたトマがつんのめるようにして停止した。それは受話器を持つ神田が唐突に足を止めたからだったが、何事かと彼も振り返った。

 ……アレが、人を寄越せと言ったのか。
 人払いすることはあっても、救援要請だって一度も……どんな任務だろうが、寄せ付けなかったアレが?

 神田は驚きのあまり、向こうの話を聞き流しかけた位だ。

『でもやっぱり心配だし、神田くんも一緒について行ってあげてってことで』
「……」
『…あれぇ、ショックだった?自分じゃなくてアレンくん指名だったのがショックだったのかな?そらそうだよねぇ〜、長年の名コンビ役を新人に取られちゃ』
「切るぞ」

 ガンッ!と勢いよく受話器を戻したら案の定トマは仰け反った。空気の読めない呼び出し音が、そう間を置かずに鳴り響く。神田は盛大に舌打ちした。

『ホントに切る奴があるかい!まだ連絡終わってないのに!』
「無駄に話が長ぇんだよ!さっさと済ませろ!!」
『うるさいやい!せめてもの気晴らしにお喋りして何が悪いっ!』

 受話器の向こうから班長やらの「仕事しろ!」コールが聴こえて、うんざりした。なんで俺がてめぇの気晴らしまで付き合ってやらなきゃならないんだ、と思ったがこのままではキリがない。

 今度こそ連絡事項を聞き終えて、神田が受話器を置くとトマが「どうされますか?」と尋ねた。先程から立ち止まったままだったことを思い出し、「どうもこうもねぇだろ」と彼を追い越し歩き出す。

「さっさと人形のイノセンスを回収して、移動する。……モヤシさえいなきゃ、とっくに終わってるってのに」
「様子を見に行かれますか?」
「あぁ」

 真新しいコートに袖を通し、髪も結び直した。神田は再度肩を回し、傷は完全に癒えていることを確認する。

 痛みなど覚えようもない。
 治ったのだから傷みなどあるはずがない、だというのに。

 確かに感じている、微かな鈍い痛みは。
 怪我から来るものではないと――自覚している事実を、忌々しく思った。













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