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「たぶん、そういうこと」



 朝になって目が覚めた時、隣になまえちゃんがあどけない表情で眠っている姿を見ても尚、昨夜のことは現実味がなかった。それほど、俺にとっては夢みたいな時間だったということなのだと思う。
 ダメ元で好きだと伝えて想いが通じ合っただけでなく、身体まで繋がり合って、しかも理性を吹っ飛ばされるほど求めてもらえて。今年の運を全て使い果たしてしまったのではないかと思うほど、幸せな夜だった。
 可能なら時間を巻き戻して、もう一度昨日をやり直したい。こうなる未来を知った上でやり直せたら、もう少しカッコ良くキメることができるんじゃないだろうか。そんなことを思ったが、必死だったからこそ本気であることが伝わったのかもしれない、と妙に冷静になって思い直したところで、もぞもぞとなまえちゃんが動いた。
 薄っすら開く目。きょろりきょろり。眠たそうではあるけれど二度寝をしそうな感じはなく、眼球はゆっくりと辺りを見回している。そして、その朧げな視線と、俺の食い入るような視線がぶつかった。
 見つめ合うこと数秒。その間は、沈黙。「おはよう」を言うタイミングを逃してしまった俺は、とろんと眠そうな双眸を向けてきているなまえちゃんの第一声を待つしかなかった。そして更に数秒が経過して、漸くなまえちゃんの口が開く。

「電気くんだ」
「へ? うん?」
「夢じゃなかった」
「え」
「良かったあ」

 まだ寝惚けているのだろうか。なまえちゃんはやけにふわふわした様子でふにゃりと表情を緩ませると、俺に擦り寄って「おはよう」と言ってきた。無論、これらは全てベッドの中での出来事だ。
 夢じゃなかった。良かった。それはこっちのセリフである。いや、ていうか、俺の方は現在進行形でこの状況がまだ夢じゃないかと疑っちゃってるんだけど。だってなまえちゃん、可愛すぎて意味分かんないし。この状況もサービスされすぎてるし。これが現実ってマジで大丈夫? 幸せすぎていっそ怖い。明日あたり、俺死ぬんじゃね?

「なまえちゃん、ちゃんと起きてる?」
「見ての通り起きてるけど」
「そ、っか」
「……甘えたい気分になっちゃダメだった?」

 俺の様子を窺うなまえちゃんは「やってしまった」とでも思ったのだろうか。ゆっくりと俺から離れようとするのを食い止めるため、昨晩何度も触れた腰を引き寄せた。
 ダメじゃない。全然。むしろどんな時でも甘えてくれていい。不安そうな声音を聞いた俺は、なまえちゃんを繋ぎ止めようと必死だ。

「ダメじゃない。…っていうか、なんかその…嬉しすぎて受け止めきれなかっただけっていうか……俺死ぬんじゃないかなって不安になったっていうか……」
「電気くん」
「すげーカッコ悪いのは分かってる! 昨日からキマってないって自覚はしてるから!」

 素直に自分の感情を暴露すると改めて情けなさを感じて、言うんじゃなかったと後悔した。きっと今から「なにそれ。カッコ悪い」とか言われてしまうんだろう。折角お互いの気持ちが通じ合ったばかりだというのに、これで幻滅されたら目も当てられない。
 どこまでも必死な俺の名前を、なまえちゃんはまた鈴を鳴らしたような声で呼ぶ。「電気くん」と。ただ名前を呼ばれているだけなのに、ひどく心地良い。

「電気くんは、カッコ悪くてもいいの」
「うぇ?」

 思わず変な声が出てしまった。だって普通、カッコ悪いってのはマイナスポイントであって、決して肯定できることではない。それなのになまえちゃんは、呆けた顔をしている俺を見て穏やかにくすくす笑って肯定し続けてくれるのだ。「電気くんはそのままで良いんだよ」と。
 これは喜んで良いことなのだろうか。少し迷う。カッコ良さを求められていない、イコール、そちらの方面に関しては諦められている、ということなら、男としてヘコむ。当然だ。好きな女の子には(彼女なら尚更)カッコ良いと思ってもらいたい。それは男として当然の考えだ。
 しかし、こんな情けない俺を受け入れてくれると言うのだから、もはやカッコ良いかどうかなんてどうでもいいのかな、とも思う。ありのままの自分を受け入れてもらえるなら、それは喜ばしいことじゃないか、と。
 恐らく、嬉しいような悲しいような、複雑な表情をしていたのであろう俺を眺めていたなまえちゃんは、またおかしそうにくすりと笑いを零した。まったく、俺はどこまでも格好がつかない男である。

「電気くんがいつもカッコ良かったら困るから、今のままの方が良いの」
「え? 俺、カッコ良い瞬間あった!?」
「んー……ないしょ」
「いや! そこは教えといてくんないと! 今後の参考に!」

 妙なはぐらかし方をするなまえちゃんに縋り付いてまで格好をつけようとしている時点でカッコ良さは皆無だと自覚しているが、もし少しでもトキメキポイントがあったならぜひとも教えておいていただきたい。なまえちゃんに愛想を尽かされないようにするためにも、そこは重要だと思うから。
 しかし当のなまえちゃんはというと、もぞりとベッドから身体を起こし身支度を整えようとしていた。つまり、俺の発言はまるっきり無視されている。悲しい。

「シャワー浴びた?」
「まだ」
「もう時間ないかな」
「どうだろ」
「帰ってからでもいっか」
「俺はそれでも良いけど」
「電気くん仕事は?」
「今日は休みだから」

 さっきまで夢みたいな時間が流れていたのに、なまえちゃんの一言で一気に現実へと引き戻される。それは案外悪いことじゃなくて、漸く「ああ、昨日のことは夢じゃなかったんだ」って、じわじわと実感し始めることができていた。
 なまえちゃんが身支度を整えている姿をぼんやり眺めていた俺は「電気くんは準備しないの?」という声かけで我に帰り、ベッドから身を起こす。快適な温度が保たれた室内では、布団から出ても寒さや暑さは感じられない。
 服を着て、荷物を持って、お金を払って、ホテルを出て。十月の中旬にしては暖かな日差しが、俺達を包み込む。今日は良い天気だ。

「電気くんの家ってどこら辺?」
「んーと、事務所の近くだから、ここからだとちょっと距離あるかな。なまえちゃんちは?」
「駅裏の大きな郵便局の近く」
「わりと近いじゃん。送る」
「送るだけ?」
「へ?」

 一歩踏み出した足を止めて、半歩ほど後ろにいる声の主を振り返る。間抜け面を晒している俺に可愛くもあざとい笑みを傾けている女の子は、本当に俺の彼女なのだろうか。やっぱり、現実味がない。
 ずい、と。なまえちゃんが半歩分の距離を埋める。「手ぐらい繋いでよ、彼氏なら」と差し出された左手に、慌てて自分の右手を重ねた。指と指を絡めるように繋ぐ、所謂、恋人繋ぎ。カップルっぽいな、と他人事のように思いつつも、胸は馬鹿みたいに高鳴っている。
 ゆっくり、なまえちゃんの歩調に合わせて歩く。送るだけ? 先ほどの問い掛けの意味を歩きながら考えたが、都合の良い解釈しかできなくて何度も考え直す。

「電気くんは紳士なの? ヘタレなの?」
「何その質問」
「彼女を家まで送り届けて帰ろうとするのは、紳士だからなのかヘタレだからなのか、どっちなのかなと思って」

 めちゃくちゃ失礼な質問だ。けど、的を得ているような気もする。ていうか、

「家、入らせてくれんの?」
「彼氏なら特別に、良いよ」
「昨日付き合い始めることになったばっかりなのに?」
「じゃあ訊くけど、どれぐらい経ってからお招きするのが正解なの?」
「それは……分かんないけど」

 攻め攻めななまえちゃんに、俺は押されまくりだ。ベッドの中では違うのに。……なーんて考えたら口元が緩みそうになったので、努めて口を引き締めた、のに。

「だって、まだ離れたくないんだもん」

 ぼそり。随分とボリュームは小さめだが、俺の耳にはきっちり届いた愛おしすぎる呟きに、折角引き締めた口元がだらしなく緩むのが分かった。
 なにそれ。今そういうこと言っちゃう? これも計算のうち? そうだとしても、俺はその分かり易すぎるハニートラップにハマりに行く他ない。

「シャワー浴びてく?」
「……うん」

 こてんと首を傾げて、これもまた分かりやすく誘惑してくるなまえちゃんに、俺はトドメを刺された。こんなの、断れるわけない。そんな理性、昨日の今日であるわけないじゃん。ああやばい。心臓が痛い。
 なんだっけ、こういうの。初めて会った時もビビビッときたんだよな。運命的な出会いっていうか、雷に打たれたみたいな衝撃を受けたってやつ。可愛さにやられたっていうかなんていうか、兎に角そんな感じの。
 普段の俺は雷に打たれたってビビビッともビリビリっともきたりしないけど。たった一人だけ、俺に雷を落とせる人物がいる。それは世界中でただ一人、愛しい彼女であるなまえちゃんだけなのだ。


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