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傷だらけ、すきだらけ


 私の彼氏はクールな美丈夫である。基本的にポーカーフェイスだから何を考えているのか分からないことが多いけれど、付き合い始めてからはほんの少し、本当にほんの少し、感情の変化が分かりやすくなったと思う。
 口数は少ない。二人でいる時は九割私が喋っていて、彼はそれに対して短く相槌を打ったり端的に返事をするぐらい。そんな感じだから、愛の言葉を囁かれたことは数えるほどしかなかった。それも、私がしつこいから仕方なく……という雰囲気でぼそぼそと呟かれた程度のもの。
 彼のそういう基本的な性格を承知の上で付き合っているから、私だって「もっとちゃんと好きって言って!」とか「愛情表現して!」と強請ろうとは最初から思っていない。けれども、不安だし、不満はある。
 彼はもしかしたらそんなに私のことが好きじゃないんじゃないか。それなのに、別れること自体が面倒だから今の関係を続けているんじゃないか。そんなネガティブな考えは、日に日に大きく膨らんでいった。

 というのも、彼は私にちっとも手を出してくれないのだ。男なら、付き合い始めた女の子に触れたくなるのは当然のことだと思っていた。だから、一週間、二週間、一ヶ月、二ヶ月と、私はその時がくるのを今か今かと待ち侘びていたのである。
 しかし、待てど暮らせど、その時はおとずれなかった。付き合い始めて三ヶ月が経ったというのに、私はまだ彼に手を出されていないのだ。
 三ヶ月手を出されないって普通なの? 今時そんなに律儀に待ち続ける男いる? ていうかそういう雰囲気にすらさせてもらえないんだけど? これは遠回しにそういう流れにならないよう仕向けられてるってこと? だとしたらどうして?

 そもそも付き合い始めたのは、私が猛アタックをしたから。高校生の私と大学生の彼が会えるのはボーダー本部内だけと言っても過言ではなくて、私は彼を見かける度に好きだと言い続けてきた。
 だって一目惚れだったのだ。好きだと言って相手にされるとは思っていなかったけれど、伝えないと後悔すると思ったから、完全に拒絶されるまでは気が済むまでアタックし続けてやろうという強い心をもってぶつかっていた。
 そうしたらなんと、猛アタック開始から一週間後、彼に言われたのだ。「本当に俺でいいのか」と。それはそれはびっくりした。俺でいいも何も、私は二宮さんがいいからアタックしていると答えたら「そうか。分かった」と、ただそれだけのやり取りで終わった。
 付き合い始めることになったと自覚したのは、それから更に一週間後のこと。それもまた彼の方から「帰るなら家まで送る」と言われたのがキッカケだった。

「なんで送ってくれるなんて急に……?」
「彼女を家まで送るのは当然だと言われた」
「かっ彼女って、私が二宮さんの、ってことですか!? いつから!?」
「俺でいいんじゃなかったのか」
「…………あの時のあれで付き合い始めたことになってるんです?」
「何か問題があるのか」
「大アリですよ!」

 そんなこんなで、どうにかこうにか彼からの「好き」を引っ張り出して始まったお付き合いだ。よく考えてみれば(よく考えなくても)私の一方的な感情に気圧されてここまできたのだから、彼が私に手を出したいと思えなくても仕方がないのかもしれない。
 でも、やっぱり付き合っている以上、私は彼とそういう関係になりたい。好きだからもっと触れたいと思う。手を繋いだりキスをしたり、それ以上のことをしたいと思ってしまう。それはおかしいことなのだろうか。

 今だって私の部屋に二人きり、しかも彼は私の隣に座っているというのに、腕がぶつかることすらない。そりゃあ彼を部屋に招くために「勉強を教えてほしい。外だと気が散るから私の部屋で家庭教師をしてほしい」とお願いしたけれども、まさかこんなに本格的なお勉強モードだとは思わないじゃないか。
 付き合っている男女が部屋に二人きり。ちょっと動いたら身体が触れ合うぐらいの至近距離に座っているというのに、彼は真面目に私が引っ張り出してきた教科書とノートにしか視線を向けていない。私の方をちらりとも見ないのだ。こんなことってある?
 わざわざ胸元が広めに開いた服と短めのスカートを選んだ私の努力は、空回りでしかなかったということだろう。二宮さん、あなた本当に男なの? 硬派とか真面目とか鈍感とか、もはやそういうレベルではなく、私は根本的なところで疑念を抱き始めてしまった。

「おい。聞いてないだろう」
「聞いてますー」
「じゃあこの問題は解けるのか」
「ねえ二宮さん」
「なんだ」
「私が二宮さんを部屋に呼んだ理由、本当に勉強教えてもらうためだけだって思ってるの?」

 シャーペンを置いて、勉強なんてやる気ないですよ、と全身でアピールしつつ、彼の顔を覗き込んでやる。精一杯の上目遣いは、彼に通用するだろうか。……しないだろうな。ここまでくると女として悲しい。
 この部屋に来て漸く交わった視線。けれどもそれはすぐに逸らされて、座り直すついでに距離を取られた。なんで離れて行っちゃうの? そんなに私に触れたくない? 付き合ってるのに? 好き、なのに?
 私は離された分の距離を埋めるように四つん這いになって彼に近付いた。普段はポーカーフェイスを貫いている彼もこの行動にはさすがに驚いたようで、目を僅かに見開いている。

「なんで手出してくれないの? 私が年下だから? まだ高校生だから? 女としての魅力がないから?」
「なまえ、落ち着け」
「二人きりになって勉強だけしましょ、って、普通そんな風に冷静になれるわけないじゃん! 私はずっとドキドキしてたのに! もしかしたらって期待してたのに!」

 悲しみを通り越して悔しくて、腹が立って、私の目にはじわじわと涙が溜まってきた。色んな負の感情がぐちゃぐちゃにミックスされていて、もう歯止めが効かない。

「二宮さんは結局、私のことなんて好きじゃないんでしょ! だからっ」
「なまえ。それは違う」
「違わないよ! 好きだったら離れて行かないはずだもん。もっと近くに行きたいって思うはずだもん。私はずっと、二宮さんに触りたかったもん……」

 捲し立てるだけ捲し立てたら一周回って惨めになって、勢いを失った私の言葉は涙と一緒にぽろぽろと落ちていく。
 彼は散々責められたのに怒っている様子はなくて、いつもと同じか、いつもより幾分か柔らかな声音で私の名前を呼んだ。こんな時でもひどく冷静な彼に対して、これでもかと取り乱している自分がいっそ滑稽だ。

「傷付けないようにしていたつもりだったんだが、それが逆にお前を傷付けてしまったな」
「どういう、意味?」
「適当に手を出したくなかった」
「なんで?」
「……俺が答えないと分からないのか?」

 分かるよ。なんとなく。そうだったらいいなって思う答えはある。けど、それじゃあ意味がないの。傷付けたって思うなら、ちゃんと治してくれないと。女の子は面倒な生き物だから。

「分かんない」
「どうせ嘘を吐くならもう少し表情を作れ」

 頬をむにゅりと引っ張って「緩みすぎだ」と指摘され、自分の顔がニヤけていたことに気付く。ほんの一分前まで気分はドン底だったのに、面倒で単純な女の子である私は、すっかり機嫌を取り戻しつつあった。
 これで二宮さんが私のご機嫌取りに付き合って愛の囁きの一つでも落としてくれたら、負った傷なんて跡形もなく消え去るのに。そこまで甘やかしてくれるような人じゃないか。
 まあいいや。私のことを大切にしようと思って手を出してこなかったと言うのなら、嫌々付き合ってるわけじゃないってことだもんね。それが確認できただけでも良かった、と。自己完結していた時だった。
 私の頬を引っ張っていた彼の手が離れたかと思ったら、直後、するりと顎を掬われる。上向かされた先にあるのは当然整った彼の顔。あんなに交わらなかった視線が、今は真っ直ぐ私を射抜いているのだから心臓に悪い。
 これってもしかして、と思った時には唇に何かが押し当てられていた。その何かが分からないほど、私は馬鹿じゃない。夢じゃないことを確認するみたいに、指先で自分の唇に触れる。そこには確かに、自分以外の熱が残っている気がした。つまり、夢じゃない。

「手を出してほしいと言うなら、もう少し心の準備をしておけ」
「し、してるもん!」
「その顔でよく言うな」
「ちゃんと覚悟してるしっ」
「だとしても、今日のその格好はやりすぎだ」
「え?」

 そうかな、と自分の服装を再確認してみたけれど、最近の高校生ならこれぐらい着るでしょ、って感じである。確かに露出度は高めかもしれないけれど、個人的には許容範囲内だ。
 しかし彼からしてみれば、この服装はアウトらしい。「目のやり場に困る」と言われて、今日ちっとも視線が合わなかった理由が漸く分かったような気がした。
 良かった。私の頑張りは無駄じゃなかった。すごくすごく分かりにくいけれど、ちょっとは彼を動揺させることができていたんだ。そう思ったら嬉しくて、ついつい笑いが零れてしまった。

「それで、この問題は解けるのか」
「えー!? 勉強に戻るの? この雰囲気で?」
「当たり前だ」
「二宮さんの意気地なし」
「…………そんなに手を出してほしければ問題を解け」
「解けたらご褒美に、ってこと?」
「答え合わせは後でする」
「はーい!」

 私が期待しているような答えではないかもしれないけれど、「意気地なし」と言われた時の彼のムッとした表情はちょっと可愛かったから、今日はそれを見ることができただけで満足かも。
 キスもしてもらえたし、私が身も心も彼のものになる日は、きっとそう遠くない。……と、思いたい。





▼リリーさんへ
 この度はリクエストありがとうございました!
 彼女のことを大事にしすぎて手を出せない二宮さん、絶対いますよね…とても分かります…年下なら尚更、無理はさせられないとか自分の方が大人なんだからとか、妙なプライドを持ってそうで…彼女にぐいぐい来られて内心激しく動揺しているのに平静を装う二宮匡貴、一周回って可愛い…個人的には初セックスの時に心乱されまくって「こんな予定じゃなかった」って呟いてほしいです。笑
 一年も前から!ということはサイト設立初期から来てくださっているということですね!?ありがとうございます…大変光栄です…今後も細々と作品を増やしていけたらと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。