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あまいだけの砂糖でいたい


 今日の演習を一言で言い表すなら、「最悪」。それに尽きる。そうとしか言いようがない。私は夕食とお風呂を終え、自分の部屋のベッドで項垂れながら、今日の演習のことを振り返っていた。
 私の“個性”は「風力」だ。簡単に言えば風を自由自在に操ることができる能力である。ただし、自由自在に、といえるほど完璧に風をコントロールする技術は、私にはまだ備わっていない。風力自体もだけれど、風向きもいまだに上手く調整しきれないことが多いというのが現状。だからそれらをコントロールできるように日々励んでいるのだけれど、最近は本当に調子が悪くて、ちっとも自分の思い通りにならない風にイライラしている。
 今日の演習でも、同じチームになった爆豪に散々怒鳴り散らされた。何を言われたかって、そりゃあもう、グサグサと容赦なく心に突き刺さる内容ばかりだったから、本当だったら思い出したくない。
 けれども、嫌でも思い出す言葉の数々。「テメェの風のせいで俺の攻撃が相殺されてンだよ!」「向きが違ェ!!」「テメェの“個性”だろうが! さっさとテメェのモンにしてみろや!!」エトセトラ。ごもっともなご指摘ばかりだったから、言い返すことはできなかった。
 もう一人のチームメイトだったお茶子ちゃんは私を責めたりしなかったけれど、その代わり、爆豪に「言い過ぎだ」とか「ひどいことを言うな」とか、私を庇うようなことも言わなかった。つまり、爆豪の指摘は正しい。的を得ている。そういう認識をしていたということだと思う。
 庇ってほしかったわけじゃない。慰めてほしかったわけでもない。けれど、心も身体もズタボロだった。自分の無力さと無能さに嫌気がさして逃げ出したくなった。辛うじて演習を続けていたことだけは、自分で自分を褒めてやりたい。

 ヒーロー科に属している以上、クラスメイト全員ヒーローになりたい気持ちは皆同じ。切磋琢磨して、日々自己研鑽しているのもまた同じ。それなのに、どうして皆はめきめき成長しているにもかかわらず、私はちっとも成長しないのだろう。
 努力が足りない? 自主練習が足りない? 基礎トレーニングの量が足りない? それら全部が足りない? こんなに頑張ってるのに?
 考えれば考えるほど辛くて、情けなくて、悔しくて、涙が滲む。でも、こんなところで泣くのはもっと悔しいから、必死に唇を噛んで涙を引っ込めた。無駄に意地っ張り。けれどもそのお陰でここまでなんとか頑張れているのも事実だから複雑である。

 もっと頑張らなくちゃ。でも何をどうやって? 無闇に自主練習をしたって意味がないということは、担任である相澤先生から耳にタコができるほど言われた。じゃあ具体的に何をしたらいい?
 ここ最近ずっと悩んでいることで、また頭を悩ませ始める。そんな時、コンコンという静かなノックの音が聞こえた。私は弾かれたようにベッドから頭を起こす。このノックの仕方は、間違いなく彼だ。沈んでいた心がほんの少し浮上するのを感じながら、私は立ち上がってドアの方に足を進める。

「今大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、いいよ」
「そう言うと思った」

 ドアの向こうに立っていたのは、案の定、私の彼氏である瀬呂範太だった。私の顔を見て、どういう状態か察したのだろう。彼は私の頭をくしゃりと撫でて「部屋入っていい?」と尋ねてきた。私が断るはずがないと分かった上で確認してくるのは、いつものことだ。
 部屋に入り、二人並んでベッドに腰掛ける。これが定位置。そしてヘコんでいる時の私が彼の身体に寄り掛かってしまうのも定番だった。
 彼の肩に頭をあずけるようにすると、大きな手が髪を撫でてくれる。たったそれだけのことで私の気分はどんどん浮上していくのだから不思議だ。

「今日、全然うまくいかなかった」
「うん。見てた」
「今日だけじゃないの。最近ずっと調子悪くて」
「知ってる」
「もう……すごく悔しくて、」
「はいはい、よしよし」

 私の愚痴を聞きながら頭を撫でていた手で自分の方に抱き寄せてくれる力の強さが絶妙で、全てを彼に委ねてしまいたくなる。彼がベッドに倒れ込んで、それに引っ張られるような形で私も彼の上に倒れ込み、それから、よいしょ、と引き摺り上げられたら、あとはもう、唇が重なるのを待つばかり。
 長くも短くもなく、浅くも深くもない、淡白だけれど物足りないと感じるほどではないキスの長さに酔いしれる。唇が離れてもすぐに全身で抱き締めてくれるから、寂しいと思うことはない。

「私、ヒーローになれるかなあ」
「なれるかなあ、じゃなくて、なるんだろ。一緒に」
「挫折しちゃいそう」
「なまえが挫折する前に慰めるのが俺の役目だから、そこらへんは任せてくれると嬉しいんだけど」
「……ありがと」

 上手く笑えているかは分からないけれど、自分なりに笑顔を作ってお礼を言った。それをどう捉えたのか。彼は私の腰を抱き寄せ肌をぴたりと密着させてきたかと思うと、自分の胸にぎゅうぎゅうと私の頭を押し付けた。

「俺の前では無理して笑う必要ないから」
「無理なんかしてないよ」
「はい、うそ」

 どくどく聞こえてくる彼の鼓動のリズムが心地良く耳に響く。彼と付き合い始めてから、そう長い期間が経ったわけではない。それなのに、彼の温度や触れ方や鼓動の速さが、私の心を落ち着ける安定剤みたいになっている。
 彼がいなかったら、私は冗談抜きでヒーローを目指すことを諦めていたかもしれない。それぐらい、支えられている。現在進行形で。
 こんなに頼ってばかりじゃ駄目だと毎回思っているくせに、彼は私が弱っているタイミングを見計らって優しく甘やかしてくれるものだから抗えない。彼のせいじゃなくて、これは私の心の弱さの問題だ。ほんとにもう、駄目だなあ、私って。反省したところで、結局私はいつものように、彼に甘えてしまうのだけれど。

「今度、自主練付き合って」
「おっけー」
「厳しめにアドバイスしてね」
「それは約束できないかも」
「なんで?」
「可愛い彼女に厳しくできるタイプじゃないから?」

 彼の胸元から顔を上げれば、にんまりと笑われた。揶揄われているのかと思い少し膨れて見せると「今の本気だから」と付け加えられ、ついでとばかりに額に口付けを落とされる。今日の彼は、いつも以上に甘ったるい。

「なまえが頑張ってんのは知ってる。絶対報われる時がくるよ」
「またそうやって優しいこと言って甘やかすんだからぁ……!」
「え? 優しいこと言って甘やかしちゃ駄目だった?」
「駄目。私が駄目になるから」
「良いじゃん。俺の前では駄目になっても」

 言いながら、よっこいしょ、と身体を起こし、私を自分の脚の上に跨らせた状態で座り直した彼は、正面から見つめてきた。ゆっくり近付いてくる顔。私がやることと言えば、静かに目を瞑ることぐらい。
 そうして目を閉じて、一秒、二秒、三秒。あれ、おかしいな。そろそろ感じても良いはずの感触が唇になくて薄っすら目を開けると、あと数センチの距離で笑う彼と視線が絡んだ。キスを寸止めしてくるなんて、彼にしては珍しく意地悪である。

「ちゅーしてくれないの?」
「キス待ち顔っていうんだっけ? 可愛くてつい」
「甘やかしてくれるんじゃなかったの?」
「はいはい、そうでした」

 吐息同士が交わるぐらいの距離でそれだけのやり取りをして、漸く唇が重なった。短く何度か交わして、少しずつ触れる時間が長くなって、遂には舌が絡み合って。
 腰に回されていた手が、服の中に侵入してきた。けれど、私はそれを制するつもりなどないので、そのまま流れに身を任せる。と、唇が離れて、彼の手の動きも止まった。
 それを残念に思っているのが表情に出ていたのだろう。彼が困ったように笑った。「これ以上進んだら止まれなくなっちゃうけど良いの?」って。止まらなくて良いから止めなかったってこと、分かってるくせに。

「私が元気になれるように甘やかしてよ」
「どうやったら元気になれる?」
「意地悪しないで」
「明日の授業に響かない程度に……って言いたいところだけど、それができそうにないから迷ってんの」
「優しいね」

 でも、大丈夫だから。今日はとびっきり甘やかして?
 私の無茶なお願いに、彼はやっぱり困ったように笑って見せる。けれども、観念したように触れてきた手は、確かに私の期待に応えるための熱を帯びていた。
 いつかあなたがいなくても一人で立ち直れるぐらい強くなるから、って思っていたけれど、できることならあなたがいなくなる日が来なければ良い。高校生の分際でそんな贅沢な未来を願う私は、どこまでも甘ったれだ。





▼みゆさんへ
 この度はリクエストありがとうございました。ヒロアカにハマって初めて出会った夢小説が私の作品だなんて名誉なことすぎて逆に(逆に?)申し訳ないです…いやでも嬉しい…親鳥としての役目を果たせているか心配です…笑
 個人的に瀬呂くんは派閥の中で一番大人だと思っているので、彼女を甘やかすのも思いやるのも優しく大人な対応をしてくれそうだなと思い、こんな感じに仕上げてみました。物足りなかったらごめんなさい。
 プロヒ設定の爆豪連載、私もすごく楽しみながら書いています!ので!楽しみにしていただけて嬉しいです!ハイキューの方のサイトにもお越しいただいているようでありがたい限りです…
 今後もマイペースながら少しずつ更新していく予定ですので、のんびりまったりご訪問いただけたらと思います。嬉しいお言葉の数々、ありがとうございました!