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クールダウン・フィーバー


 私は自分の身体の丈夫さに自信を持っている。インフルエンザに罹ったのは小学生の頃が最後だと記憶しているし骨折もしたことはない。勿論、入院しなければならないような病気とは無縁の生活を送っている。
 けれども最近になって気付いてしまった。年齢を重ねるごとに、じわじわと自分の免疫力が低下していっているということに。まだ二十代のくせに何を言っているんだと思われるかもしれないけれど、三十路をむかえた途端に体調不良を感じることが多くなったのは、紛れもない事実である。

「……寒」

 どちらかというと汗ばむような気候が多くなってきた六月上旬の夜。仕事から帰るなり寒気を感じた私は、クローゼットからパーカーを引っ張り出してきて袖を通した。
 とても嫌な予感がする。最近は割と調子が良いと思っていたのだけれど、この数日やけに忙しかったのと寝不足が祟って、どうやら風邪をひいてしまったらしい。
 体温計のピピピっという電子音が聞こえて数字を確認すれば、見事に三十八度。あーあ。きっと同居人は「気合が足んねンだよ!」とでも言ってくるに違いない。想像したら頭痛がしてきたので、私はそこで思考をストップさせた。
 いつもならちゃちゃっと夜ご飯を作るところだけれど、今日はそんな元気があるはずもなく。私はお小言を言われるのを覚悟で、仕方なく同居人に連絡を入れた。
 熱があるから夜ご飯の準備はできそうにないこと、申し訳ないが先にお風呂に入って横になろうと思っていること。それらを簡潔に文章にして送った数分後、鳴り響く着信音。
 やけに反応が早いけれど、今日は暇だったのだろうか。ヒーローが暇なのは良いことだ。それだけこの街が平和だということなのだから。私はぼーっとした頭でそんな呑気なことを考えながら通話ボタンを押した。

「もしも」
「何度あんだよ」

 電話に出る時の決まり文句である「もしもし」を最後まで言う前に、不機嫌そうな声が聞こえてきた。不機嫌そう、というより、いつもより落ち着きのない声音だ。

「……三十八度」
「はァ!?」
「ごめん、夜ご飯、」
「ンなこたァどーでもいーんだよ! ……さっさと風呂入って寝とけ」
「はーい」
「すぐ帰る」
「え、仕事は?」
「病人はだぁーって寝てろ」

 そうして電話のお相手である同居人様は、自分が聞きたいことだけ聞いて言いたいことだけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。いつものことだから私は別に構わないけれど、誰に対してもこんな態度なら、社会人として改めるべきだよなあと毎度のことながら思う。
 まあいいや。珍しく怒られなかったし。お言葉に甘えてお風呂に入って休ませてもらおう。私は着替えを用意してお風呂場に向かった。

◇ ◇ ◇


 俺の仕事中は滅多なことがない限り連絡をしてこないなまえから連絡がきた。となれば、何か由々しき事態が発生したのではないかと懸念するのは当然のこと。俺はちょうど仕事が一段落したこともあり、すぐさま用件を確認した。
 なまえは基本的に馬鹿みたいに健康だ。俺ほどではないが、女としてはタフな方だと思う。だから、同棲し始めてからのこの一年とちょっとの間、飯が作れないほどの体調不良をきたしたのは今回が初めてだった。
 三十八度も熱があるというのに、電話口のなまえは飯が作れないというどうでも良いことで申し訳なさそうに謝ってくるものだから、俺は「そんなことより自分の身体のこと考えろや!」と怒鳴りそうになってしまった。が、相手は病人だ。そんなことをしたら頭痛を引き起こしてしまうかもしれない。
 俺はなんとか堪えてできるだけ落ち着いたトーンで風呂に入って寝るよう指示を出した。仕事は少しばかり残っていたが、明日の朝でも間に合うと判断した俺は、そこからすぐさま家に帰宅することを選択する。そして、

「……何やっとんだ、てめェは」

 リビングで目の当たりにしたのは、パジャマ姿でへろへろになりながら布団を敷こうとしているなまえの姿だった。寝室にベッドがあるのに、どうしてわざわざリビングに客人用の布団を敷こうとしているのか。俺にはさっぱり意味が分からない。

「何やっとんだ、って、見れば分かるでしょ。布団敷いて寝ようとしてるの」
「ベッドがあンだろ!」
「大きな声出さないで……頭に響く……」
「……悪かった。ベッド行け」

 俺は深く息を吐いて気持ちを落ち着けてから、顔を顰めるなまえの頭をゆるりと撫で、寝室へ行くよう促した。しかしなまえは小さな声で「駄目だよ、」と呟いて俺をやんわり突き放す。
 何が駄目なんだ。俺はまた頭に血が上りそうになるのをどうにか抑え込んで「何が駄目なんだよ」と静かに尋ねた。

「勝己に風邪うつしちゃいけないから、今日はこっちで寝るの」
「そんなヤワな身体してねーわ」
「そうかもしれないけど、」
「別々で寝るとしても俺がこっちで寝る」
「でも、」
「いいから寝ろ。さっさと寝ろ。今すぐ寝ろ」
「うわっ!」

 妙なところで頑固ななまえと、こんなところで無駄な言い争いをしている暇はない。俺はなまえの身体をひょいと肩に担ぐと、そのまま寝室まで連行した。
 ジタバタする気力はないのだろう。なまえはベッドに横たえるまで大人しく担がれたままだった。思っている以上にしんどいのかもしれない。案の定、なまえはものの数分で寝息をたて始めた。どうせ何も口にしていないのだろうから、起きた時にお粥でも食べさせて薬を飲ませることにしよう。

 それからさっと風呂に入り、適当に飯を食い、お粥と薬を準備し、リビングに出されていた布団を片付けるところまではできたが、なまえが起きてくる気配は一向にない。こんな状態になるまで無理をしていたなまえもなまえだが、一緒に住んでいて体調の変化に気付かなかった俺も俺だ。今後はもっと注意深く観察しておかなければならない。
 とりあえず気が済むまで寝た方が良いだろうと思い、ぼーっとテレビを見ながらリビングで過ごしていたら、日を跨ぐ一時間前になって漸くなまえが起きてきた。顔色はあまり良くないどころか、悪くなっているような気さえする。薬を飲まずに寝たのが悪かったのだろうか。
 覚束ない足取りで台所に向かうなまえに座るよう言いつけて体温計を渡す。冷たい水を渡す時にちょうど体温計の電子音が鳴ったので数字を確認すれば、三十九度という、大人になってからはなかなか見ることができないであろう高熱を叩き出していて、思わず眉を顰めた。

「ちったぁ飯食え」
「食欲ない……」
「薬飲めねえだろうが」
「うー……」

 渋るなまえの返事は無視して、手早くお粥を温め直しテーブルに置く。手をつけようとしないなまえの口元に一口分を掬ったスプーンを持っていくと、渋々ながらもぱくりと食べたので、そのままの流れで食えるだけ口元に運び続けた。

「勝己にあーんしてもらうの初めてじゃない?」
「こんな時に何言っとんだ」
「勝己が風邪ひいた時は私があーんしてあげるね」
「そんなにヤワじゃねーっつったろ」

 どうやら無駄口を叩く元気は残っているらしく、密かに安堵した。食欲がないと言いつつも結局それなりの量を食べたなまえに薬を飲ませ、一緒に寝室に向かう。
 なまえは先ほどまで「うつしたらいけないから」などと気にしていたが、今は俺が隣で寝ることに何も言ってこなかった。そういうことまで気が回せる状態ではないのかもしれない。
 熱があるせいだろう、控えめながらも荒い呼吸を繰り返すなまえが気になって、なかなか寝付けない。俺は人よりも体温が高いから、隣で寝ていたらより一層身体が熱さを感じて寝苦しいのではないだろうか。
 風邪をうつされる云々はどうでも良いが、自分がなまえの安眠を妨げる要素になるならば別々で寝た方が良いのかもしれない。俺はベッドから出るべく、なまえからほんの少し離れた。

「どこ行くの?」
「俺が隣にいたら熱ィだろ」
「だいじょうぶ」
「死にそうな顔して言うセリフかよ」

 とは言え、なまえがそう言うのならこのままでも良いだろうか。考えながらなまえの顔を見れば、額に貼った冷却シートが乾き始めていることに気付いた。
 せめて新しいものと交換してやろう。新しいものがあっただろうか。そう思ってベッドを出ようとした俺の手を、弱々しく熱い手が引き止めた。

「やだ……行っちゃやだぁ……」

 熱のせいで潤んだ瞳は部屋の暗さに慣れてきた目でしっかりと捉えることができて、こんな時なのにごくりと喉が鳴った。俺は馬鹿か!

「それ、新しいやつに替えた方が良いだろ」
「そんなのいいから、お願い、行かないで……?」

 さっきまで別々に寝た方が良いだのなんだの言ってきやがったくせに、とは思わなかった。普段弱音を吐いたり甘えてきたりすることがないなまえが、ここまで俺に縋り付いてきているのだ。その願いを叶えない理由はどこにもなかった。

「わぁーったから、ンな顔してんじゃねーよ」
「ん……ありがと」

 ベッドに戻り頭をひと撫でしてやったら、なまえはふにゃりと表情を和らげて目を瞑った。子どもを寝かしつけるみたいに背中をトントンと叩いてやれば、それまで苦しそうだった呼吸が嘘みたいに穏やかになり、そのまま寝息へと変わる。
 じっとりと汗をかいているところを見ると、身体が熱くなっているのは間違いないだろう。しかし、俺のシャツをぎゅっと握る手の力は強いままだから、離れることはできそうもない。もっとも、最初から離れるつもりはなかったのだが。

 翌朝、すっかり元気になったなまえは昨日の夜のことを全く覚えていないらしく、起きて第一声「なんで一緒に寝ちゃったの!」と言ってきた。都合の良い女だ。
 本当なら「テメェが離れるなっつったんだろうが!」と言い返してやるところだが、今日は気分が良いので大目に見てやることにした。

「俺がそうしたかったからだ。文句あンのかよ」





▼らいらさんへ
 この度はリクエストありがとうございました!私の書く爆豪夢で幸せになっていただけてこちらの方が幸せです…!
 爆豪に看病してもらう話をリクエストしていただいたはずなのにほとんど看病らしいことができていなくて申し訳ありません…いつもより優しめな爆豪に甘やかしてもらうということが看病になるかなと思って!(苦し紛れの言い訳)
 個人的には大好きな爆豪のお話を書くことができて楽しかったです。こんな人間の営むサイトですが今後もどうぞ宜しくお願い致します〜!