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あめのひだから
 日曜日。今日は彼が仕事なので子どもたちと三人で過ごしているのだけれど、外は生憎の雨。公園に遊びに行くことはできない。家の中で暫く遊んではいたものの、普段使っているおもちゃではすぐに飽きてしまうようで、一時間もすると息子が「おそといきたい」とぐずり始めてしまった。
 さてどうしたものか。ショッピングモール内の遊び場まで行ってみようか。私の“個性”を使えば移動は簡単だし、子どもたちがぐずり出して手がつけられなくなる前に手を打たなければならないと思ったら、躊躇している暇はない。そうと決まれば出かける準備をしなければ。そんなことを考えている時だった。
 ぴんぽーん、とチャイムが鳴り、誰だろうかと小さなモニターで来訪者の存在を確認した私は「すぐ開けまーす!」と答えて玄関へ向かう。なんというタイミングの良さだろう。今この状況において、こんなに素敵なお客様はいない。

「こんにちは」
「こんにちは! どうぞ入ってください」
「お邪魔します」
「ちわー!」
「ご挨拶上手だねぇ」

 雨の中で傘をさして立っていたのは、お隣に住んでいる音成家の奥様である麗子さんとその娘さん。麗子さんは「雨だから外に遊びに行くこともできなくて遊びに来ちゃいました」と、我が家同様の悩みを解消するために来たことを明かしてくれた。
 息子は保育園でも同じ組の友だちが遊びに来てくれたことでテンションが上がったらしく「あっちであそぼ!」と、音成家の娘さんをホビースペースに案内している。

「突然すみません」
「いえいえ! むしろ来ていただけて良かったです。うちもこれからどうやって時間を潰そうか悩んでいたところなので……」
「これ、良かったらお昼もご一緒にどうかなと思って持って来たんですけど」
「わあ! 美味しそうなキッシュ!」

 私は差し出されたキッシュを有り難く受け取り、昼ご飯は家にあるものでパスタでも作ろうかと思考を巡らせる。そういえば昨日作ったサラダが残っていたような気がするから付け合わせにちょうど良いかもしれない。
 一人で子どもたちの面倒を見るのはなかなか骨が折れる。子どもたちのことが大好きなのは当然のことだし一緒にいる時間が苦痛だとは思わないのだけれど、肉体的にも精神的にも負担がかかるのもまた事実。
 しかし、こうして大人が一人増えるだけで、その負担は一気に軽くなる。一人が子どもたちの相手をしている間にもう一人が食事の準備をすることができるし、二人で談笑しながら子どもたちとも遊べて良い気分転換になるのだ。
 そんなわけで私は、麗子さんが子どもたちの面倒を見てくれている間に手早く昼ご飯の準備を済ませることができた。早めの昼ご飯を皆で賑やかに食べ、後片付けもそこそこに子どもたちはお昼寝タイムに突入する。
 一歳の娘は体力的に限界なのか、布団に横になると早い段階でうとうとし始めてくれるのだけれど、三歳児ともなるとそうはいかない。私はいつも三歳の息子の寝かし付けにわりと苦労しているので、今日はテンションが上がりすぎて寝られないパターンかな、と覚悟していたのだけれど。

「寝かし付けしましょうか?」

 帰り支度を整えた麗子さんが思わぬ申し出をしてくれたことで、私は目を輝かせる。その反応を肯定と取ってくれたのか、麗子さんは私の返事を聞く前に微笑んで息子と布団まで行ってくれた。
 そこからはあっと言う間。なんせ麗子さんは寝かし付けの天才だ。彼女の子守歌を聞いて寝ない子どもは存在しないと思う。相変わらず、大人の私ですらうとうとしてしまうような“美声”である。

「ありがとうございました」
「いえ。お昼ご飯をご馳走になったお礼です」
「またいつでも遊びに来てくださいね」
「爆豪さんも、今度はぜひうちにいらしてください」

 そうして音成さんは、うちの子ども二人を寝かし付けてくれた後で、眠たそうに目を擦っている娘さんと一緒に帰って行った。なんとも有り難いことだ。
 普段はあまり昼寝をすることができないのだけれど、今日は子どもたち二人が揃って寝てくれているので、私も隣に横になって目を瞑る。うと、うと。子守歌を歌われたわけでもないのに私の目蓋はすぐに重たくなってきて、いつの間にか眠りに落ちていた。

◇ ◇ ◇


「おかーさーん! おとーさんだよー!」
「とっと! おかーり!」
「デケェ声出さずにこっち来いっつったろーが」
「……ん、」

 元気な子どもたちの声に続いて聞こえた不機嫌そうな声に、私の意識は急浮上する。お父さん? ってことは勝己くん帰って来たの? 今何時? もしかして寝過ぎた?
 慌てて身体を起こして時計を確認すれば、時刻はまだおやつの時間の少し前ぐらい。確か今日の朝、帰りはいつもと同じぐらいになると言っていたはずなのに、どうしてここにいるのだろう。

「勝己くん、仕事は?」
「早く終わった」
「そんなことある?」
「相手がザコだったんだよ」
「ちゃんと事務所に帰った?」
「あ? 直帰」
「報告書……」
「明日やる」
「事務の人が困るからちゃんと帰りなよ」
「この状態で帰れると思ってんのか?」

 結婚して子どもができるまでは一緒に働いていたから、彼が報告書を書くのが面倒臭くて嫌いだということはよく知っている。そして、子どもが産まれてからというもの、彼は自主的に直帰することが多くなり、報告書の提出が翌日に遅れるパターンがお決まりになっているということも、元同僚から聞いていた。
 彼は事務作業ができないわけではない。こう見えて国語的な文章能力も人並みかそれ以上に兼ね備えている人なのだ。だから、今から事務所に戻って報告書を提出して来たとしても十分定時退社できるはずなのに。本人は否定するかもしれないけれど、子煩悩にもほどがあるのではないだろうか。
 とは言え、彼の足元に引っ付いて離れそうもない子どもたちを見ると、「この状態で帰れると思ってんのか?」という彼の発言通り、今から事務所に帰るのが至難の業であることは間違いない。はあ。ごめんなさい、事務の人。今日は直帰になることを許してください。

「外、雨だったでしょ? 濡れてない? お風呂入る?」
「あー……ついでにこいつらも風呂入れてくる」
「いいの?」
「おとーさんとおふろはいるー!」
「じゃあこっち来い」

 疲れているはずなのに、テンション高めの息子と、それに釣られてきゃっきゃとはしゃいでいる娘を引き連れて、彼はお風呂場の方に向かって歩いて行く。お湯、早くためなくちゃ。
 そう思って、湯沸かし器の電源を入れたところで、足に何かがぶつかった。というか、ぶつかられたというべきか。「何か」とは、つい今しがた彼とお風呂場に向かったはずの息子だった。

「おかーさんはいっしょにはいらないの?」
「え?」
「みんなではいったほうがたのしいよ」
「でも、お風呂の中が狭くなっちゃうから」
「おとーさんが、おかーさんもいっしょにはいれるっていってたよ!」

 無邪気に私の手を引く息子に連れられてお風呂場に行くと、娘の服を脱がし終えた彼が私の方に顔を向けた。にやり、という擬音がぴったりな笑みを浮かべているところを見ると、息子に私を呼びに行かせたのは確信犯ということで間違いないだろう。
 一緒にお風呂に入るのが嫌なわけではない。けれど、今更だと言われても恥ずかしさはあるもので、子どもたちの前だと余計にどう反応したら良いか分からなくて困ってしまうのだ。それを分かっていて誘ってくる彼は、実に性格が悪いと思う。まあ知ってましたけど。

「脱がせてやろうか?」
「結構です!」
「おかーさん、はいろー!」
「はいはい、待ってね」

 いつの間にか服をぽいぽいと脱ぎ捨てた息子が、私の手を引く。こうなったら恥ずかしがっている場合ではないので、私は彼からの視線を無視して服を脱ぎ、子どもたちと共に浴室へ入った。
 家族四人で入ってもそこまで狭く感じない程度には大きめのお風呂場。そういえば四人揃ってお風呂に入ったことは今まで一度もないかもしれない。
 シャワーで身体を流し合って、子どもたちの身体や髪を洗って、自分達も身体と髪を洗ったらいざ湯船の中へ。ゆったり浸かれるほどではないけれど、ぎゅうぎゅうというわけでもない。ちょうど良い距離感と子どもたちの笑い声に、心が和む。

「たまには良いだろ、こういうのも」
「……そう、だね」

 二人で入っていた時とはまた違う幸福感を味わいながらも、時々彼の肌に触れる度にドキドキしていたのは内緒。……のつもりだったけれど。湯船の中で絡み取られる指先。どうやら私の心情は彼に筒抜けらしい。
 彼の顔は努めて見ないよう心がける。子どもたちの前では「お母さん」の顔でいなくちゃいけないから。四人でお風呂に入るのは確かに幸せだけれど心臓に悪い。それを改めて実感させられた。