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れっつごー!
 いつも思う。休みの日ぐらい少しゆっくりすればいいのに、って。絶対に疲れているはずだし、誰にも邪魔されず心ゆくまで寝たいと思っていても文句は言わない。だって彼が毎日頑張ってくれているのは十分すぎるほど知っているから。
 それなのに彼ときたら、休みの日でも規則正しく早起きし、時には朝食まで用意してくれるのだ。朝から元気な子どもたちの遊び相手にもなってくれるし、必ず私に「行きたいとこねえんか」と確認してくれて、文句も言わずに買い物に付き合ってくれる。ちょっと出来すぎではないだろうか。

「今日なんか予定あんのか」
「ないよ。たまにはゆっくりしたら?」
「予定がねえなら出かけんぞ」
「え? 私の話聞いてた?」

 つい今しがた「ゆっくりしたら?」と提案したばかりだというのに、出かけんぞ、とは。全く人の話を聞いていない。というか、ハナから聞く気がないのかもしれない。まったく、困った人だ。
 彼の口から飛び出した「出かける」というワードが聞こえたのだろう。珍しく静かに遊んでいた子どもたちがドタバタと彼に駆け寄って来た。「お出かけするのー?」「おそとー?」と尋ねてくるその目はキラキラしている。

「そうだ。行きてェなら片付けろ」
「はーい!」

 外に出かけることができるとわかった子どもたちは素直におもちゃを片付けに行った。日に日に子どもたちの扱いが上手くなる彼には感心させられるばかりだ。「ガキは嫌いなんだよ」と言っていた過去の彼が今の自分の姿を見たら、それはそれは驚くに違いない。
 それにしても、彼は一体どこに出かけるつもりなのだろうか。私が尋ねたいことを察したらしい彼が、ごそごそとポケットから紙切れを取り出した。そのうちの一枚を手に取った私は驚く。それが最近リニューアルしたと話題の動物園のチケットだったからだ。こんなものいつの間に用意したのだろう。

「もらった」
「事務所の人に?」
「ああ」
「勝己くんだけ?」
「知らね」
「ここ、最近リニューアルしたばっかりで人気だから人多いと思うよ」
「だろうな」
「いいの?」
「いいも悪いも、もうアイツら行く気になってんぞ」

 日々の疲れを癒すどころか、より一層疲れが増しそうな休日になることが容易に想像できて彼に申し訳ないと思っている私をよそに、子どもたちはこんな時だけ素早く片付けを終え、パタパタと走り回っていた。その目はこれでもかと輝いていて、今更どこにも行かないとは言えない雰囲気だ。
 もう一度彼に「いいの?」と尋ねてみる。すると「よくなかったら最初からこんなもん出さねーわ」と、チケットをひらひらさせながらごもっともなセリフを返された。本当はゆっくりさせてあげたかったけれど、彼がそれを望んでいないなら仕方がない。私は出かける準備に取りかかった。

 急な外出なのでお弁当を用意する時間はなさそう。ということは外食の準備も必要か。小さな子ども二人と出かけるとなると、オムツや着替えなど、どうしても荷物が多くなってしまう。お決まりのお出かけセットがあるので、カバンの中身を確認し、忘れ物がないか最終チェック。その間に彼は自分の身支度を整え、子どもたちのオムツを替えたり帽子や靴下を準備してくれていて、つくづくできたお父さんだなあといちいち感動する。
 子どもたちをチャイルドシートに乗せ、自分たちもきっちりシートベルトを着けたらいよいよ出発だ。何でもできてしまう彼は当然のように運転が上手い。私も免許は持っているのだけれど、家族で出かける時は必ず彼が運転するのが暗黙のルール。たぶん私の運転だとヒヤヒヤするからだろう。それでも、どれだけ遠出になろうとも文句ひとつ言わず運転してくれる彼には、いつも感謝している。
 私の“個性”である「テレポート」がもっと有能ならどんなところでも家族揃って一瞬で行けて彼の負担も最小限ですむのに……と何度思ったことか。しかし彼はその手のことを口にすると目を吊り上げて「くだらねえこと言うな」と本気で怒るので、何も言わないことにしている。彼は私が卑下することを極端に嫌うのだ。まあもともと自分のことをグチグチ言う人間なんて、彼の嫌いな人種ではあると思うけれど。

「飯どうする」
「おにぎりとかサンドイッチとか適当に買って行く? 大きな広場があるみたいだし今日は天気が良いから」
「コンビニ寄る」
「ごめんね、お弁当作れなくて」
「急に行くこと決まったのに作んのは無理だろーが。いつも作ってんだからたまにはいんじゃねえの」

 彼はいつもストレートな言葉で私の心を軽くさせる。あまりにストレートすぎて傷付く人が数多くいることも知っているけれど、私にはそれぐらいがちょうどいい。例え言われたその時には傷付いたとしても、後からちゃんと気付くから。彼の言葉のやさしさに。
 口数の少ない彼との車内での会話は、それから二言三言だけ。子どもたちがキャッキャとはしゃいでいる声がBGM代わりだ。それなのに不思議と居心地は悪くない。家族だから、かもしれないけれど、結婚する前の付き合っている時もそうだった。彼と二人きりの無言の時間は、なぜか落ち着く。無理に話さなくてもいい空気が心地いいのは、昔も今も同じだ。

 そうして車で移動すること三十分少々。途中のコンビニでお昼ご飯用のサンドイッチやおにぎりなどの軽食を調達して到着した大きな動物園は、予想通り大盛況のようだった。まだ開園してそれほど時間が経っていないのに第一駐車場は満車になりかけていて、私たちが入口近くに案内してもらえたのは相当運が良かったとしか思えない。
 大はしゃぎの子どもたちが走って行くのを大股で追いかける彼。来園者も駐車場の案内をしている警備員さんも、彼を見ては振り返る。そして次に視線を向けるのは私だ。慣れてきたとはいえ、これだけ人が多いところで向けられる視線の数はさすがに居た堪れない。
 プロヒーローとして有名な彼と付き合い始めた時点で、ある程度覚悟はしていた。結婚すると決まってからは、その覚悟がより一層堅固なものになったと思っている。家族で出かけると私が「大・爆・殺・神ダイナマイトの妻」として認識されるのは当然のこと。例えどんなに悪い印象をもたれたって関係ない。この視線を気にしていたら彼の隣は歩けないのだ。
 私だって最初からこんなに開き直った考え方ができていたわけではない。彼のファンに「お前は妻として相応しくない」と思われたらどうしよう、彼の仕事に支障はきたさないだろうか、と悶々としていた時もあった。
 しかしそんな気持ちを払拭してくれたのは、やっぱり彼。「俺がお前を選んだんだ。他の奴らにどう思われようが関係ねェ」と、何度も言ってくれた。言葉だけでなく、彼は行動でも示してくれて、二人の時は当然のように隣を歩いてくれたし、子どもが生まれてからも私が傍にいることを確認して動いてくれている。だから私は堂々としていられるのだ。彼の妻として。

「わー! キリンさんだー!」
「ぞうさんー!」
「近付きすぎると食われんぞ」
「食べられはしないでしょさすがに」

 リニューアルした動物園は野生の動物たちを至近距離で見ることができるようになっていて、なかなか迫力があった。触れ合える動物の種類も大幅に増え、餌やりや乗馬体験などもできるようになったらしい。我が子だけでなく来園している子どもたちは皆、目を輝かせて動物たちに接している。
 楽しそうな子どもたちを見ていると、彼が疲れてしまうかもしれないという申し訳なさよりも、連れて来てくれてありがとうという感謝の気持ちが大きくなった。何より、彼も一緒に楽しんでいるようで微笑ましくて癒される。
 コンビニで買ったおにぎりもサンドイッチも、家族四人で食べるとご馳走だ。暖かい日差しの下で子どもたちが食べこぼすのを笑いながら眺め、少し休憩してから向かうのは猛獣ゾーン。ライオンやトラ、ヒョウ、チーターなどの肉食獣が集まっているエリアに突入した途端、子どもたちは何かを察知したのだろう。娘は私に抱っこを求め、息子は彼の足にしがみついた。彼はそんな息子をひょいと肩車すると、ずんずんライオンの檻に近付いて行く。

「こんなん全然怖くねェだろが」
「やだー! こわいー! 食べられるー!」

 ジタバタする息子をよそに、今日一番楽しそうな彼はこのエリアに生息する肉食獣と同類だ。ゾウやキリンのところで近付きすぎると食べられるなどと言っていたのは誰だったか。ライオンの方がよっぽど危険だと思うのだけれど。
 娘は私にぎゅっとしがみついており「お母さんは行かないよね?」という気持ちを全力でアピールしてくるので、遠目に眺めることにする。息子は少々可哀想だけれど、彼も限度ぐらいわきまえているだろう。その予想通り、三歳児をほどほどに泣かせた彼は、ご満悦で帰ってきた。意地悪な子どもっぽい。

「こわかった……」
「でもお父さんが一緒だから大丈夫だったでしょ?」
「うん」
「お前もライオンぐらい片手で捻り潰せるようになれ」
「そんな無茶な」

 三歳の時の彼がライオンを片手で捻り潰せたかどうか、怖がっていなかったかどうか、今度お義父さんとお義母さんに聞いてみよう。私は心の中で密かにそう決めたのだった。
 帰りの車の中は行きと打って変わって静か。はしゃぎ疲れた子どもたちは車に乗った途端眠り始めてしまったので家に到着するまで起きることはないだろう。

「今日一日子どもたちの相手して疲れたでしょ?」
「これぐらい屁でもねーわ」
「運転も。眠たくない? 代わろうか?」
「死んでも御免だ」
「そんなに? 私意外と運転上手いよ?」
「お前は黙って隣でぼーっとしときゃいンだよ」
「……ありがと」

 行きは三十分少々の道のりだったのに、帰りは一時間以上かかった。それは彼が遠回りをしてくれたからだ。三十分では子どもたちの昼寝が足りないからというのもあるけれど、子どもたちが寝ている間は二人だけのデート気分が味わえる。たぶん、というか絶対に、私を思ってのことだろう。
 子どもたちだけでなく私のことも十分すぎるほど満足させてくれる彼は、最高すぎる旦那様だ。