※『宣戦布告白』のにょぼりさんサイド
※ノボリさん女体化
※百合です。
「わたくし…貴女を――名前をっ、お慕い申しておりますッ!」
そう同期で部下の彼女に告白したのが一ヶ月前、二月十四日。突き出した紙袋を持つ手が震えました。
気が遠くなるような沈黙の後、先に口を開いたのは名前でした。
「…変なこと訊くようだけど、それってもしかして……ライクじゃない方…?」
下げていた頭を上げながら必死に頷きます。血が昇っていたのでクラクラしました。決まりが悪く、受け取るのは保留とばかりに手の内に残されている紙袋を胸元に戻します。
「あの、あの、自分でも普通とは違うことは分かっているのですが!しかしやはりその…貴女を目の前にすると……ドキドキして…切なくなって……つまりその…こ、こここここ、恋を、名前に……」
しているのです、は尻すぼみに消えてしまいました。情けない自分を恥じ下唇を噛みしめます。沈黙が続き、気まずさが空気に淀み、やはりわたくしは告白するべきではなかったのだ、と後悔が身をしめつけました。
「ノボリ、それ、本気の本気?」
「はっ、はい!勿論!わたくし心の底から貴女をお慕いしているのです!恋しておりますいいえもう愛しておりま――」
ほぼ反射的に顔を上げ何度も頷いてからはっと我に帰りました。さすがに告白したばかり、しかも同性に、愛しておりますは気持ち悪がられるのでは……!サァッと血の気が引きました。
再び俯いたわたくしの耳にコツンと足音が届き肩が震えます。軽蔑されたのか、わたくしを気味悪がり部屋から出ていこうとなさっているのか、不安と後悔が胸に渦巻きました……しかし。
「じゃあ」
直ぐ目の前から声がし、かと思うとそっと項の辺りを撫でられました。ぞくぞくと背を這う感覚に驚き顔を上げると、首を撫でていた手にぐいっと名前の方へ引き寄せられ、目と鼻の先に彼女の顔が、ありました。
「――!?」
「私とこういうことしたいの?実際に出来るの?」
試すかのような瞳、かかる吐息。心臓がばくばくと激しく鼓動を打ちます。
「あ、え?あの、あ、あ……」
そしてゆっくりと近付く彼女がもう片方の手を腰に滑らせて……。
(そんな、まさか…!?)
くる…!
そう感じ、わたくしは反射的に瞼をぎゅっと閉じていました。
「っ……、……?」
しかし期待していた温もりはいつまでも現れず。おそるおそる目を開けば、わたくしの視界に映ったのは、ぽかんとした顔の名前でした。な、何故…今の流れは……、
「……」
「……」
「……あの、さ」
「はひっ!」
ああ、声が裏返ってしまいました!しかしそんなこと名前は気にしている様子なく。少し悩むように口ごもり、やがて口を開きました。
「…試すようなことしてごめん、本気だって分かった」
「あ、え、は…、はい」
「気持ちはとても嬉しい。私もノボリのことは大好きだよ」
「!」
「でも…だからこそっていうか、軽い気持ちでのお付き合いはノボリに失礼だし、できない」
できない。わたくしのことを考えてのことでしょう。彼女は優しい。しかしやはり、心はズキンと……。
「だから、返事はホワイトデーまで待ってくれる?」
「え…?」
「ノボリをそういう風にみれるか判断する猶予をちょうだい。その間にノボリは本当に私がいいのか考えられるし、私にアピールしてくれても構わない」
どうかな。その呟きにわたくしはこくりと頷きました。一ヶ月も答えが出ないのは落ち着かず心地悪いです。しかしこれはチャンス、どれほどわたくしが名前を想っているか、全力で伝えれば希望はあります。勝負は最後まで分からないのですから!
「うん、ノボリもよく考えて。じゃあ――」
「はい?あっ…」
「とりあえずこれ、貰っておくね。ありがとう」
名前は強い眼差しで微笑みわたくしの腕から紙袋を引き抜き、扉の向こうへと出ていきました。
「ッ……」
(ああ、これからどう致しましょう…!)
その日からわたくしは、自分なりの猛アタックをして参りました。例えば名前にお弁当を作ったり、休憩時間に彼女を呼び出しわたくし専用の執務室で二人きりで過ごしたり、そうなれば勇気を出して彼女の膝に手を置いてみたり、抱きついてみたり。毎日一回は「やはり貴女が好きです」と伝えました。
クダリに報告したら「生ぬるい!」と笑われましたがわたくしこれでも精一杯なのです!自分もアピール期間だと言っていた癖に。まああの子は積極的なアピールが得意ですからね…。
名前からの反応は良いとも悪いとも言えない、いわば今まで通り。友人感覚の反応でした。しかし名前からわたくしを呼び寄せたり抱き締めたり、前よりも濃いスキンシップをとってくれるようになりました。その行動はなんとも男前で、その度にクラリと頭に熱が上るのです。サッパリとした潔い性格に惹かれたのですが、その行為を受けてますます好きになったのは言うまでもありません。
逆に突き放される日もありました。まるでわざと嫌ってくれと言っているかのような。傷付きました。不安になりました。けれど、好きなのです。変わらないのです。諦めずに「それでも好きなのです」と伝え続けました。
そして今日は三月十四日、ホワイトデー。決着がつきます。昨日は不安で不安でまともに眠ることが出来ませんでした。
わたくしの執務室で向かい合う二人、わたくしと名前。妙に重い空気が部屋に沈んでいました。
「…まず、これチョコのお返し。手が込んでて、本当に好いてくれてるんだなって感じたよ。ありがとう、美味しかった」
先に口を開いた名前は、品のよい焦茶の紙袋をわたくしにくださいました。同性愛と言う特異な感情を嗤うことも蔑むこともなく、男女間の愛のように受け止め真剣に考えてくれたその言葉も心に沁みます。感激して「ありがとうございます」の語尾が掠れてしまいました。
「…それで、本題なんだけど」
遂に来ました、この時が。待ち望んでいたようで、永遠に来てほしくないとも思っていた、この瞬間が。
やれるだけのことはやってきたのです。ここまで来たら後には引けません。どのような結果になったとしても甘んじて受け入れましょう。
深呼吸して覚悟を決め、彼女の目を見つめました。
「…はい」
「……本音を言うと、ノボリの気の間違いだと思ってたの。仲が好い友人をそんな風に見ちゃうときって、女性なら多くの人が経験すると思うから」
「……はい」
「でさ、私がノボリの気持ちに応えるってことは、その……性的な対象、として見たり見られたりするわけじゃん?友人じゃなくて。そんな風にノボリを見れるかな、キスとかしたいって思えるのかなって、そこは今でもよくわからない」
「…はい」
「でも照れたり笑ったり、ノボリの一挙一動は私から見ても可愛いし、初めて抱きつかれたときは本当にドキドキした。あり得ないけど、ノボリがそうやって誰かに抱き付いて照れ笑いしてたら、ちょっと嫉妬すると思うほどにはなった」
「…!」
「まあそれも友情の延長線かもしれないからさ、本当に申し訳ないけど、恋愛感情かどうかは分からない」
それでも、せめてどちらか判断出来るまででいいなら、どうかな。声が、言葉が、尻すぼみに消えて行きました。
そしてわたくし、驚愕したのです。
一つは、名前がわたくしの告白を受け入れるような旨の発言をしたこと。わたくしが「はい」と呟けば、一応『恋人』という関係が成り立つのです。それが仮初めかもしれなくとも。
そして二つ目。
――困ったような顔が、ほんのりと赤く染まっていたのです。
伺うような上目遣い、戸惑いに揺れる瞳、言葉を紡ぐ唇……。ああ、わかっているはずです。それはおそらくこのような会話だからであって、わたくしと話しているから赤いのではない。照れではなくて困惑。わかっているのです。
…です、が。
ギャップ萌え、というものでしょうか。あんなに性格も行動も発言も男前な名前が頬を染めた様が、とても女性らしくて。勿論女性なので当たり前なのですが、こんな表情は見たことがないのです。いつもの凛々しい名前ではなく、少しあどけない可愛らしい表情……――
「……、ノボリ?」
ああ…すみません!キャパオーバーです!
「ノボ――!?」
気づけばわたくしは名前を黒い革のソファに縫い付けておりました。ぼふんとお尻からソファにダイブした彼女の太股を跨ぐように膝をつき、両手を背凭れに押し付けておりました。はぁ…放心なさって、なんと可愛らしいことか。
「……あっ!?の、ノボリ何する、」
「構いません、構いません!是非お付き合いを!必ずや性的な意味でも好きになってもらえるよう努力致します!」
ああむしろ今すぐ食べてしまいたい…!男前な名前しか知らなかったときは食べられることばかり考えておりましたが、食べてしまうのも悪くはないはずです!
「う、うん、あの、よろしく…でもさ、あの、落ち着いて?」
「はあぁ…それは難しいお願いでございます……ようやく、ようやく想いが実ったのですよ…」
「えっ、あ…そ、そう…?いやでもね!?」
「それに悪いのは名前でございます…男前かと思えば可愛らしい恥じらいとは……わたくしもう、貴女に文字通り悩殺されました!」
「かわっ…、大げさな…」
大げさなものですか。ほんのりと染まった頬に口付けたい衝動を抑えるのに必死なのですよわたくし。
「ノボリは受けだと思ってたんだけどなぁ……」
「ふふ、貴女が好きすぎてどちらでもいけるようです」
少しでも余裕を見つけたかったのかもしれませんが、差し上げません。畳み掛けてしまいましょう。
「分からないなら、試してみましょう?」
「は――ぅんっ…!?」
ふにゃり、唇を彼女のそれに押し付けました。ああ柔らかい、気持ち好い。甘い声が脳を溶かして。
ねえ、背中に回された腕に、期待しても良いですか?
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