振り回されるのも悪くない


雨だ。
生憎の雨だ。
予報通りの大雨だ。
梅雨は明けたのに今日に限ってすこぶる大雨だ。
センコーからの呼び出しで夏休み中の有意義な1日を潰された俺は、もう今日はどこにも寄り道をせずに帰ってしまおうと段取りを決め、大して中身の入っていない形だけの鞄を肩から背中に向けてぶら下げて昇降口へと繋がる廊下を1人歩いていた。
空気はじとじととしてて制服が重く感じる。背中を流れる汗が俺の素肌とシャツを密着させる。とにかく不快な天気だった。まだ16時にもなってないのに辺りは薄暗い。
幽は家にいんのかな、それとも今日は出掛けて遅ぇのかな。
とりとめもない事をぼやぼやと考えてたら昇降口に着いた。靴を履き替えてさぁ帰るぞと出入口をくぐったその時。

「あ、やっと傘が現れた。」
「……、は?」

柱の陰で見えなかった。突然隣から声をかけてきたのは長期休暇中にも関わらず呼び出された俺をわざわざ迎えに来たらしい恋人(っていうとなんかちょっと恥ずかしい)の臨也だった。

「……手前何してんだよ。」
「見てわからない? シズちゃん待って雨宿りしてるんだけど。」
「……傘は、」

ふと、臨也の全身を上から下まで見渡すと荷物はなかった。完全なる手ぶらだ。今日は朝からずっと降り続いているから当然コイツもここに来る時、傘を差していたハズだ。疑問に思いそう問うとヤツは困ったようにはにかんだ。

「校内歩いてるうちにパクられちゃったみたい。」
「バカじゃね? 手前どうせ高そうなの携えてきたんだろ。」
「んなマヌケな事しないよ。普通のそこら辺にあるビニ傘だよ。誰か自分のと間違って持って帰っちゃったんじゃない?」
「どっちにしろ取られてんじゃ意味ねぇだろうがよ。」
「まぁそうなんだけどさ。とにかくシズちゃんは救世主。」
「意味わかんねぇ。俺はまっすぐ帰んぞ。」

意味のわかんねぇ事を言う臨也に呆れてそのまま1人先に帰ろうとしたら、腕を掴まれた。振り向くとそこには俺を見上げて切実そうに助けを求める臨也の顔があった。
……なんか、ちょっと、……イイ。

「ちょっと待ってよシズちゃん、俺本気で困ってるんだってば。今日は行きつけの店とか、図書館とか、妹達の迎えとか行かなきゃいけない場所沢山あってさ。でも傘ないとその店遠いし、返す本濡れちゃうし、妹達に心配かけちゃうからさ。頼むよ、入れてよ。」
「…………。」

迎えに来たならなんでその後の予定を勝手に色々入れちまうんだ手前は。そう思いながらも、俺は臨也の手を引いて傘の中に招いた。

「仕方ねぇから付き合ってやる。代わりに明日は俺んとこで1日ダラダラすんぞ。」
「えぇー、全然有意義じゃなぁい。」
「うっせ。俺は手前と2人で居てぇの。」
「今も2人じゃん。」
「誰か入ってくる恐れがあんだろうがよ。」
「え、何それ、シズちゃんどれだけ俺と不埒な事したいの。」
「……不埒っておま、」

普通に答えたハズなのに至極真面目な表情をされてこっちが困惑する。臨也への下心はない訳じゃないが別にそれを含んで言ったつもりは一切ない。
……え、今の俺の発言に不埒だと判断される要素があったか?
思い当たる節が全くなくてしばらく黙り込んでしまった。すると、痺れを切らしたのか臨也が覗き込んでくる。

「今なら誰もいないよ。」
「……いないから何なんだよ、」
「これくらいは許されるでしょ。」
「……え、」

突然。
傘の中、臨也が俺の両腕を柔らかく掴んだと思ったら唇にキスをされた。
時間にしてほんの数秒。でも俺の思考を全部持っていくには充分だった。

「……ちょ、」
「ふふ、シズちゃんほっぺ赤い。」
「いや、だって、おま……、」
「夏だもんねぇ、不埒な考えもするよねぇ。」
「別に俺はそんなつもりは、」
「シズちゃんじゃないよ。」
「……は?」

どうやらさっきの俺の発言に不埒要素はなかったらしい。そりゃそうだろ。俺自身はそんな流れにしたくて言ったんじゃねぇんだからよ。
隣でニタニタしてる臨也(なんか怖ぇ)は俺を見上げて小さく声を響かせた。

「俺が不埒なの。俺がシズちゃんとやらしい事したいなぁ、って思っちゃったの。」
「…………、」

……ちょ、おま……なん……、…………あー……、
俺がパニックになるのも無理はないと察して大目に見てくれないか。仕方がない。頭がくらくらすんのも、顔が赤くなんのも、身体中が熱くなんのも。俺のせいじゃない。コイツ、臨也が悪い。

「……、行くぞ。」
「え、どこへ? ラブホ?」
「ちげぇ!! 手前の用事片しに行くんだろうが!!」
「わっ、マジで行ってくれんの!? わぁいさっすがシズちゃんっ、うっれしー!!」
「とにかく行くぞ!! 店ってどっちだ!!」
「えへへ、シズちゃんラブ!!」

無邪気に笑いながら俺の腕を引いて道案内する臨也に今は勝てる気がしない。明日は沢山翻弄してやりたい。明日、明日……、
ふわふわと浮ついた事を考えながら、これも夏のせいだと言い聞かせて今日の残り時間は丸々臨也の言いなりになる事にした。


振り回されるのも悪くない


END



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