メロドラマ




九月最初の祝日だから、敬老の日か。平日が休みになってその真っ昼間。学生ならば遊びまわるのが正しいであろう時分に、俺は恋人と二人リビングのソファーに座っていた。



「電気点けるか?」

「ん、いいや、ありがと」



白いソファー。白を基調とした部屋は親の趣味だ。ガラス張りのテーブルの上には唯一の差し色のようにシルバーナイフを添えられた赤いリンゴ。日差しが眩しいからと閉められたカーテンが隠す、白い壁に縁取られた窓からは僅かに細く光が伸びる。上品とかセンスが良いとか言われる部屋も、一歩間違えればまるで牢獄のようだ。

なにしてるの…!?
いや、これは…っ
その女、誰よ!
違う…誤解だっ…
裏切ったのね、ひどい…!!

唯一の光源であるテレビ画面では、昼下がりのドラマ特有のエゴイスティックなやりとりが繰り広げられていた。女のヒステリックに騒ぎ立てる声と、それを宥めようと奔走する男の上辺だけの浅い言葉。聞いていて、気持ちの良いものではない。リモコンを手に取り電源ボタンを向けたところで、ふと隣で食い入るように男女を見つめている彼女が目に入った。



「…面白いか?」

「うん、楽しい」



楽しいって…。
微妙に観点がズレる違和感。黙った俺に話の先を促されたと思ったのか、彼女が付け足すように口を開いた。



「初めて観たの、ほら、普段この時間居ないし…」

「学校だかんな」

「かと言ってこの時間家に居るようなちっちゃい頃は、お母さんに観せてもらえなかったの」



ふふっ、と笑って楽しそうに口元を綻ばせる。ドラマの内容云々ではなく、それ自体がまるで彼女の新しい玩具のよう。面白い、ではなく、楽しい、と彼女は言う。初めての彼女には、中身の面白さよりも外見とフィーリングによる楽しさが先行する、ということだろうか。
大事に育てられた彼女の多少の無知さは、まるで子どものそれと同じだ。エレクトロルミネセンスに照らされた液晶ディスプレーでは誰に頼まれた訳でもないのに話が進んでいる。

この女っ、よくも私の…っ
ヤッ、待って…謝るわ!謝るからっ…
おい待て!!お前何をっ…
待って…ゴメンナサイッ…イヤッ、お願――

あ。と彼女が声を漏らした。
画面では「この女」と呼ばれた女の前に、視聴者に背を向けた形でヒステリックな女が立ちふさがっていた。目を見開く「この女」。数秒置いて離れた女の手には赤く染まった裁ち鋏。ズルズルっと潰れるように崩れた死体から男、鋏、女の順でクローズアップしてはカメラワークが切り替わっていく。「ああ、それは布を切るはさみなのに…」と、彼女が困ったように呟いた。

チャンネルを、替えよう。
彼女のことだ。きっと本人が興味を示しそうな普段観ない時間帯の番組なら他にもある。もう一度リモコンに手を伸ばし掴もうとした瞬間、白い手が横から伸びてきて上から手首を掴まれた。



「名前、」



自分でも驚くほどの掠れた声。俺の手首を掴んでいる手に一度だけきゅっと力を込めて離すと、そのまま人差し指だけ立てて彼女はそれを自分の唇に宛てがった。



「 日番谷くん 」



赤い唇が緩やかに弧を描く。
金縛りって、こういうことを言うんじゃないだろうか―――凝視する彼女の顔は前を向いていて、その瞳は画面を見つめたまま一度もこちらを見てはいなかった。

や、やめてくれっ!!

男の切羽詰まった大声が響く。その声にやっとズレる俺の視線。ドサッと腰が抜けたように尻をついた男は、隣に感じる死と目の前の狂気(凶器)という常軌を逸した状況に驚愕し動揺し、尻を擦るように後ずさることしか出来ない。それはまるで、本能的に逃げられないことを悟っているかのようだった。

た、頼むっ…許してくれ…
大丈夫…これで許してあげる…
俺が好きなのはお前だけだ!やめてくれっ…頼むから…っ!!
ふふ、私も愛してる…だから…



「早く逃げないと死んじゃうよ」



彼女がそう言った直後、グシャッという音と共に跨った女の下で倒れた男がいた。先程の女の時と違い、刺殺音がモンタージュされて部屋に響く。

…愛してるわ…

自分の手に掛けることで愛する相手を手に入れた気になるというよくある話。よくあるメロドラマ。しばらくして、悲壮な中に幸福を垣間見せる表情をした女が刑事に連行されて行って終わった。ふう、と息をつく。瞬間、それまで身動きひとつしなかった彼女が、まるで初めて虹を見たような澄んだ瞳と好奇心を俺に向けて言った。



「なんでわかるの?」
「聴いたことあるの?」
「人を刺すときの音、どうして知っているの?」



今日は祝日、敬老の日。長寿という生を祝い願い感謝する日に、なんてそぐわない話をしているんだ。そもそも真面目に答える必要もない一蹴すればいいだけのことを、しかし俺は彼女から目を逸らすことが出来ず、その言葉はまるで毒のように俺の体内に留まっていった。ん?と、あどけなく、着実に逃げ道を奪う赤い唇に魅入られる。

無邪気。
子どものようなその無邪気さは、罪だ。どこまでも巧妙なトリック。知らないことを盾に、その純粋さの裏には貪欲なまでの好奇心と欲心とが隠れている。強欲…。



「ねえ、私も、知りたい」



ぐっとこちらに身を乗り出す彼女。誘うように置かれた手の平が促す意味。

…メロドラマはどっちだ。

わかってる、わかっているのに、毒に犯された脳はすでに蝕まれる心地良さを覚えていた。



「――ああ、そうだな」



毒を食わば皿まで。
その真っ赤に染まった唇に、吸い寄せられるように口付ける。テーブルに置かれたナイフがきらりと輝る。完全犯罪の成立、流れ出すエンドロール。


終わりの音を聴いた。






end




このあと日番谷さんがどうなったかなんて…ねえ?夢オチでいいんじゃないかな☆
ホラーというか、気色悪いだけの話になってしまいました。


 

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