リップサービス
「このリップ新色なんだー」
「いい色だねぇ似合ってるよー」
窓越しに目線を落とせばさすがにお昼時、同僚たちが世間話に花を咲かせていた。季節の変わり目は浮足立つ女子が多発、何かと気忙しげな時期。かく云う私もそれなりに色々と気を使う乙女ではあるので、普段ならばその会話に混じっていたりもする。
「…ああ言うのを社交辞令っていうんですよねー」
あー怖い怖いなんて言いながら、でも女の子はああいうやり取りが好きなんですよと付け足す。返答を待っていると、さも興味がなさそうに息を吐いた隊長がお前女だったのかと言い放った。
「……い、いいなぁ新色のリップ欲しいなぁお昼休みに買いに行けたのになぁ」
折れないよ、私折れないよ。
書類を届けに行ったきり戻って来ない副隊長の替わりをお昼休み返上でやっているんだ、少しくらい話に付き合ってくれたっていいじゃないか!我ながらもっともな意見だと胸の内で愚痴を零しつつ、トポトポと注ぎ口から流れる薄緑を見ながらお茶汲みの仕事を全うする。
「もうすぐ夏ですからねぇ、化粧品も新色の季節ですよ」
「……」
「ピンク系とオレンジ系、私ならどっちが似合うと思います?」
「……」
「あ、両方ですか?やっぱり両方似合っちゃいます私?」
「…はっ」
……あれあれおかしいな、ずっと華麗にスルーしていたのに最後だけ盛大に鼻で笑いましたよね。そこだけは断固として否定するんですかそうですか。
「おい」
「…なんですか」
「茶、薄い」
ぷっつん。
「だあぁぁあ!もうっ、隊長も少しは社交辞令ってもんを覚えたらどうですか!!」
ムキーッという効果音が付きそうだと自分でも思いながら、そんな勢いに任せて隊長の手から湯呑みを奪い取ろうとする。が、その前に上手く躱されて立ち上がった隊長と真正面にかち合った。
「うわっびっくりし――……」
……え、今何が起きてます?
突然すぎるその行動についていけるはずもなく、見開いたままの目に映ったのは近付いてくるふてぶてしく細められた翡翠色の瞳。そしてそんな表情に似合わない可愛らしい音が、ちゅ、と響いた。
「……へ?えぇぇえ!?」
「あーうるせぇ」
「だっ…ッれのせいだと思ってるんですか!」
ああもう意味がわからないわからなすぎる!
き、キス、されたよね今……なんで!? えっちょっとなんで!?隊長も隊長で全然さっきと変わらないし、なんなの?普通こういう時って甘い雰囲気になったりするものじゃないの!?初めてだから知らないけども!!
「てゆうか!何か言うことはないんですか!!」
「あー…まぬけな顔してたぜ?」
「せめてそこ社交辞令!」
「もうしてやっただろ」
「いつ!?」
何時何分地球が何回周った時ですかとまくし立てれば、黙れと隊長の無言の鉄拳がつむじにヒットした。…さすがに横暴すぎやしませんか?
涙目で非難の視線を向ければ、隊長は無言でトントン…と自分の唇を指差した。
「ここで」
「隊長の唇がどうかしましたか…って、はあぁぁあ!?」
リップサービス
(言葉遊びのついでにキスするなんてひどいです!)
(何だ、不満でもあるのか?)
(っ〜〜ずるい!!)
end
back