雪道小道、二人道
オシャレにガマンはつきものだということで、私はがっつり脚の出るスカートに素足で挑んでいる。何を血迷ったか雪が降ること自体めずらしいこの都会で雪が積もった日に、である。ちなみに今はデートの帰り道だったりする。
「ひいぃさむい!さむすぎる!なんて日だ!」
「うるさい」
「いやいやちょっと!そこは芸人かよっていうツッコミをですね」
「黙れ」
「すいませんでした」
「次はないからな」
「なんて色気のない会話…」
「デートの映画にドラえもんを選ぶ奴に言われたくない」
「ドラえもんの良さがわからないなんて先輩には純粋な心ってものが…すいませんごめんなさい黙ります」
周りの温度を更に下げるような空気を発した先輩に、私は無条件降伏せざるを得なかった。
日番谷先輩。
溢れ出るサディスト感をその童顔で中和するこのイケメンは、暑いのが苦手だ冬が好きだと日頃から仰っているだけあって、この寒さの中でも表情一つ変えずに私の前を歩いている。私はというと、対積雪用スペック皆無なブーツに悪戦苦闘しながら必死に雪道を歩いていた。傍から見れば、恋人同士というよりはただの主従関係のはっきりした先輩後輩の図だ。自分でもそう思うのだから何とも切ない。
「つーかお前その歩き方なんとかならねえのか。いつまで雪に足取られてんだよ学習しろ学習」
「うう、だってブーツ滑るんですよぅ」
「なぜそんなもんを履いた」
「…おしゃれ、です」
「へえ…?」
わかっててそんなことを言わせるなんてひどいですねドSですね、誰のためだとお思いですか。そしてそれに対してそんなもんかみたいな顔をして下から上へと眺めてくる視線が居たたまれなさすぎて私もう泣きそう。
歩く公園内の道は天候のせいか人通りがない。まあ、こんな日に出歩こうなんて人の方がめずらしいよね。冬が好きだって先輩は言っていたけれど、今日みたいな大雪が降った日に外に出たいと思うくらい好きなのかなぁ…。
背中をじっと見つめていると、穴が空いたらどうすんだと先輩が振り返った。
「えええ気付いてたんですか!?」
「俺はお前みたいに鈍くねえ。つーか名前お前そんなに騒いでると、」
「なんですか今のすごい!エスパー!?あ、でも気付かれていたというのはちょっと恥ずかし、」
「おいこの単細胞ちゃんと足元見て歩けって、」
「え?何か言いました――」
ズルンっ。
漫画みたいな効果音と共に、私は見事なまでに後ろへひっくり返った。衝撃的過ぎて何の反応もできない。先輩が手を掴んでくれたような気がしたけれど、やばいと思った時にはもう真上に空が見えていた。
「っあたたたた…」
「…、冷てぇ」
不機嫌極まりない低い声が私の上から降ってくる。見上げれば、体を起こしながらこちらを見る先輩と目があった。雪の積もった地面を背に仰向けで倒れる私と、そこに跨って見下ろしてくる先輩。確か助けようとしてくれていたのは覚えているんだけれども…どうしてこうなった。
「…人の忠告も聞かねえでなに転んでんだ馬鹿野郎」
「え?ちょっ…彼女が転んだ後の第一声それですか!?」
「うるさいこの馬鹿、わかりきってたフラグをどうして成立させんだお前は」
「そ、それは不注意だった私がいけないですけど!普通支えてくれるものじゃないんですかこういう時って!なんで一緒に倒れてるんですか!!」
「うるさいお前が正月太りしたから支えきれなかったんだろ」
「……」
うわあああくっそうなんて彼氏だっ…正月太り気にしてたのに!言わないでよせめてこのタイミングで言わないでよ!
涙目で酷すぎると訴えれば、先輩ははあと息を吐いて私の頭を撫でてくれた。
「あー…うそうそ、俺も滑ったんだよ」
「…しかも私が下敷きだしっ…」
「…名前、お前今どこか痛いか」
「そりゃこれだけ派手に転べばそこら中…って、あれ…痛くない」
…おかしいな、どこも痛くない。
体中をぺたぺたさわってみても特に異常はなく。そもそもよく考えてみれば運動神経にスルーされて育った私と違って、先輩のスペックを持ってすれば普段なら絶対転んだりしないのだ。それを…それを私が痛くないように庇ってくれたせいで先輩まで雪まみれだ。
別にきっと全力で転んでいたとしたって雪の上なら大怪我をすることなんてまずないのに、見上げた先輩は本当に心配そうな顔をしてくれていた。私の上から一歩退いたところでしゃがみながら、「ならよかった」とこちらを見てくる先輩に、どうしようもなく胸が締め付けられた。
「いつまで寝てんだ、ほら」
私の手首を掴んで起き上がらせると、頭に付いた雪を払ってくれる先輩。その腕にぎゅっと抱き着けば、日番谷先輩は動きを止めて私の顔を覗き込んだ。
「なんだ、どっか痛いのか」
「…先輩、私、先輩のこと大好きかもしれないです」
「…知ってる」
何もかもお見通しのような瞳はまっすぐに私を見つめてきて。心なしか嬉しそうにも見えるその表情に、私は何かしてあげたいのにどうしたらいいのかわからず、ぎゅうううっと抱き着く腕に力を込めた。
頭上からは若干呆れたような声が降ってくる。これだから経験の乏しい奴は困ると、言葉とは裏腹に優しい手つきで空いている手のひらを私のほっぺたに添えると、先輩はゆっくりと首を傾けて私の唇にキスをした。
「…これくらいしてみせろ」
「――ッ」
「…顔真っ赤」
「…っ気のせい、です!」
「鈍いうえに経験少ない奴は大変だなぁ名前」
「……先輩は喋らなければ本当に素敵だと思います」
「そこが好きなんだろ?ご愁傷様だな」
はっと鼻で笑った先輩に言い返したいのに言葉が出てこない自分が悔しい。こんなにも優しさとサディズムとを巧く使いこなせる人はいないんじゃないでしょうかね。手のひらで転がされているとわかっていながら、どうすることも出来ない自分の恋愛スキルの低さに悲しくなる。さっきの私のトキメキを返してくださいよ。
「そういえば、なんで今日誘ってくれたんですか?」
「なんだよ、文句あんのか」
「ないですないです!文句なんてあるわけないです!とっても嬉しかったんですけど…」
「じゃあなんだ」
「あんまりデートとか行きたがらないのに、なんでまたこんな天気の日に、めずらしいなって……あ、やっぱり冬が好きだからですか?」
はて、と首を傾げる私を、先輩はとても可哀相なものを見るような、というか蔑むような目で見下ろしてきた。え、え、なんですかその顔。傷付くんですけど、地味に傷付くんですけど私!
「鈍くて経験の少ない奴は大変だな…本当に」
「ちょっ…その顔やめてくださいほんとに悲しくなりますから!!」
「おいこの馬鹿名前、こんな日に普通出たいと思うか。俺はそんなに物好きじゃねえよ」
「え、じゃあなんで、」
「しばらく忙しくて構ってやれなくなるからな」
たまには餌やっとかないとな、餌付けされたらたまったもんじゃない。
え、と固まる私を何食わぬ顔で見つめる先輩は、お前はちょっと餌を見せられればほいほいついて行きそうだと、首筋に顔を埋めてきた。
「、っ…!?」
ちくりと走った首筋の痛みに驚いて手を当てると、先輩は小さく笑う。マーキングだ、と。
経験が乏しいと馬鹿にされる私でも知っている。この痛みの翌日は、よくよく鏡でチェックして服を着ないと、学内での視線が辛くなるということを。というかそれを教え込んだのもこの人なわけで。しかも…しかも今の結構上の方に…!
あわあわと涙目になる私をよそに、先輩は「服濡れてないか?」と、自分の体に付いた雪を払いながら私に視線を向けてくる。
「え?…あ、少し濡れてる…」
「どれ」
「ひぃっ!?ちょっ!どこさわって、」
「あー下着まで濡れてんな」
俺の部屋のが近いから寄ってけと、セクハラを完全スルーで立ち上がる先輩。もうやだ…完全にキャパオーバーだよ私…。
反論しようと開いた口も、残念ながらぱくぱくと動くだけで機能してはくれない。どうしようかと思案するものの、しかしながら服が濡れていてこのままだと風邪を引きかねないことも事実なので、一旦セクハラ等々の件は忘れることにした。
「先輩、シャワー借りてもいいですか?」
「誘ってんのか」
「なっ、何でそうなるんですか!!」
「名前、俺も寒い」
「あ、どうぞどうぞ。もちろん先輩が先にシャワー使ってください」
「馬鹿野郎お前も一緒に入るんだよ。…オイなに逃げてんだ俺の家はそっちじゃねえだろ」
「やっぱり私帰ります自分の部屋でシャワー浴びますそうします」
「…名前、今ここで雪上プレイと洒落込んでもいいんだぞ」
「…すいませんごめんなさいシャワー貸してください」
何の選択権も与えられないまま、脅迫によって私はズルズルと先輩宅へ引っ張られていく。「餌をやらないとな」とか先輩は言っていたけれど、確実に食べられてるの私の方ですよねと、泣きながら許しを請うバスタイムまであと僅か。
end
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\なんて日だ!/
バイキング小峠さんの全力のツッコミが好きです。これを使いたかったがために書いたお話だなんてそんなことない。
イメージは大雪だった今年の成人の日を思い出して頂ければと…いやあすごい降りでしたね。日番谷先輩に萌え台詞吐かせようとがんばったらキャラブレまくりました反省。
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