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親の実家から大量の林檎が届くのは毎年のことで、今年も例外なく大量に送られてきた。それらをご近所さんにおすそ分けするのも毎年のことで、お隣の伊月家へ渡しに行くのはわたしの役目だ。

伊月家のチャイムを鳴らすと中からおばさんが出てきていつも悪いわね、と笑った。上がってく?と聞かれどうしようか考えた結果、最近俊ちゃんとは会っていなかったのを思い出し、顔だけ見て帰ろうと上がらせて貰うことにした。





「俊ちゃん、入るよ」


ノックしてそう告げると中から返事がきた。久しぶりに聞く幼馴染みの声に自然と表情が緩む。


「名前…!」
「林檎持ってきたついでに寄っちゃった」
「いつも悪いな」
「うちだけじゃ食べきれないしね。……あれ?」


久しぶりに訪れた俊ちゃんの部屋。机やベッドなど家具の配置は以前訪れた時と変わっていないものの、ある物がなくなっていることに気づき部屋中を見回す。


「どうした?」
「クッションがない」
「ああ、ボロくなったから捨てたけど」
「捨てた!?」


俊ちゃんの部屋にあった楕円形のクッションはふかふかしててわたしの大のお気に入りだった。枕にするのも良し、抱き枕にするのも良し、本を読む時膝に置くのも良し。俊ちゃんの物にも関わらず、ここへ来た時には必ずわたしが独占していた。今日ももちろんそのクッションでふかふかする気満々だったのにそれができないなんて。
肩を落としているとこちらに目掛けて何かが飛んできたので反射的にそれをキャッチする。


「新しいの買ったから今度からそれ使って」


飛んできたのは以前と同じような楕円形のクッション。試しにぎゅーっと抱きしめてみるけど、新品のせいかまだ硬さがあった。
クッションを抱えたまま、雑誌を読んでいる俊ちゃんの近くに腰を降ろす。小さいテーブルにはトーナメント表とかコートの書かれた紙が散乱していた。


「ひょっとしてわたし邪魔?」
「そんなことないよ。いれば?」
「うん」


ただ、今読んでいる記事だけ読みきってしまいたいらしく、それまで自由にしててくれと言われた。当初は顔だけ見て帰るつもりだったからわたしのことは気にしなくていいのに、来たらちゃんと構ってくれることが嬉しくてつい居座ってしまうのは毎度のことだ。
それまで暇だなあと例のクッションを弄ってみるけどやっぱりちょっと硬い。試しに枕にしてみたけど首が疲れそうですぐにやめた。たぶん使っていけば以前のような柔らかさになるんだろうけど、必要なのは今なのだ。この短時間で柔らかくするにはボコボコにクッションを殴るというのが頭に浮かんだがこれは一応俊ちゃんの物なのでやめておこう。それに問題なのは硬さだけじゃない。

ごろんと横になってクッションの代わりになり抱きつけるものがないか考える。辺りを探るように視線を動かして、あるものが目に留まった。
まだ雑誌に視線落としている俊ちゃん。その無防備な背中にぎゅっと抱きつく。


「名前?どしたの?」


俊ちゃんは戸惑いながら首だけを後ろに向ける。


「名前?オレクッションじゃないよ?」
「うん。でもこっちがいい」
「なんで?」
「俊ちゃんの匂いがするから…安心する」


硬さだけじゃない。あのクッションはまだ真新しい匂いが残っていて落ち着かなかった。以前のふかふかクッションは抱きしめれば俊ちゃんの匂いがした。大好きだった理由はそれかもしれないと今になって思う。「……信頼されてるんだろうけど男としては複雑だな」
「え?」
「なんでもない」


俊ちゃんは雑誌を置くと、腰に回していた手を離すよう促した。惜しいなと思いながら素直に離すと、俊ちゃんが体を後ろに向けて「おいで」と腕を広げるからその胸に飛び込んだ。
全身で俊ちゃんを感じてこれ以上ない安心感に包まれる。頭を撫でてくれる手が心地良くて身を預ければ、俊ちゃんはそれに応えるように抱きしめてくれた。



いとしさをだきしめる



「ハッ…!クッションのコレクション」
「俊ちゃんうるさい」


2013.03.12
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