ひより | ナノ

土砂降りの雨の中をひたすら走った。
傘はあの場に置いてきてしまったし、戻るわけにもいかなかった。
立ち止まってもう一度後ろを振り返る。この雨のせいか人通りはなく、あの人が追ってくる様子もなかった。

『君を失うのが怖い』

苦痛に顔を歪めてそう言ったカカシさんは、見たこともないくらい弱々しくて、これまでの飄々とした態度は見る影もなかった。だけど、これまでの張り付けた笑顔を捨てて感情を露わにする姿に、私はようやく本当のカカシさんを見つけたような気がした。

家に帰ろうと踵を返すと、突然首の裏に激痛が走った。
何が起こったのかわからないまま、雨音が遠のいていく。
倒れる直前、視界の端で誰かが口を歪めて笑っているのが見えた。





首の裏にズキズキした痛みを感じて目を覚ますと見たこともない山小屋にいた。
なぜこんなところにいるのだろうと頭を巡らせて、誰かに後ろから殴られたことを思い出す。早く戻らなければと体を動かして、足と後ろでに腕が拘束されていることに気がついた。

「よお、目が覚めたか」

上から男の声が降ってくる。倒れる直前に見た男だ。
「逃げようと思うなよ。お前にはカカシを釣る餌になってもらう」
「カカシさん…餌?」
「そうだ。お前カカシの女なんだろ」
「なっ!いえ、私は……!」
「ネタはあがってんだ。接吻してただろお前ら」
「あ、あれは……」

まさか見られていただなんて。
カカシさんが煮え切らないので感情的になって強引にいきました……なんて、この人に言えない。
それに、カカシさんの女じゃないとわかって利用価値がなくなれば殺されるかもしれない。そうしたらカカシさんはまた自分を責めてしまうだろう。そうならない為にも私は生きて帰らなければならない。
私がだんまりを決め込んでいると、男は私を利用価値ありと判断したようだった。
古屋の中には男一人だけだけど、仲間の一人が中に入ってくるなり、耳打ちで男に何かを告げた。

「朗報だ。カカシがこっちに向かっているらしい」

男は満足げに笑うと、仲間を連れて外に出て行った。
カカシさんが来てくれる。そう思うととても安心した。けれど、外からきこえてくる足音や声からすると敵はかなり大人数いる。いくらカカシさんでも怪我をしてしまうんじゃないかと不安になった。
なんとか自力で脱出できないかと手を動かすとコツンと何かに触れた。形状からして石だろうか。これで縄を削っていけば切れるかも。
男たちに見つからないようにこっそりと指を動かした。

結論から言うと、縄を削り切る前にカカシさんは到着した。

「カカシぃ」

男たちの怒号のような掛け声が響き渡る。カカシさんは怯むことなく素早く男たちを薙ぎ倒していく。
カカシさんは普段額当てで隠している左目を今は露わにしている。その瞳は遠目からでも、わかるほどに赤く燃えているみたいだ。
危ない!―後ろを取られそうなカカシさんに叫ぶも、華麗に避けて敵を制圧していた。まるで後ろにも目がついているみたいだと、以前と同じようなことを思った。

私のような素人にはカカシさんの姿はほとんど見えず、気づいた時には敵は全員ひっくり返っていた。

「……ひよりちゃん、怪我はない?」
「はい……」
「今、縄外すから」

カカシさんが私の後ろに回り込む。すると

「死ねぇ!」

敵の一人が私に向かって刃物を投げてきた。
飛んでくるとわかっているのにこういう時、人の体は咄嗟に動いてくれないのだ。
刺さる――と思いぎゅっと目を閉じた。
しかし、やって来たのは痛みではなく、ふわりと包むような温もりだけ。
恐る恐る目を開けると、カカシさんが私を庇うように抱きしめていた。敵はカカシさんの放ったクナイが直撃して伸びている。
カカシさんの背中には刃物が刺さり、傷口からは血が流れている。顔色もどんどん悪くなっていく一方だ。
なんとかしなくちゃいけないのに、ただ呼びかけることしかできない。

「カカシさん!しっかりしてください、カカシさん!」
「オレは……」

その後、木ノ葉の援軍が到着し、カカシさんにはすぐに応急処置が施され病院へと運ばれた。幸いカカシさんはすぐに意識を取り戻したのだった。





そしてこの日、私は初めてお見舞いに――あの事件があった日ぶりにカカシさんときちんと顔を合わせるので、少し緊張していた。

「これお見舞いのメロンです」
「ありがとう、そこ置いといて」

八百屋のヤマさんのところで買った上質なメロンを指示された戸棚の上に置く。魚屋のウミさんから預かっていたスルメイカも一緒に置こうと鞄に手を伸ばした時、強い力に抱き寄せられて気付けばすっぽりとカカシさんの腕の中に埋まっていた。突然のことに私はそのまま動くことができない。

「はー、無事でいてくれてよかった」
「その節は、助けていただきありがとうございました」
「最後のあの刀、毒も塗ってあったからオレが受けてよかったよ。オレなら耐性あるしね」
「よくありません!カカシさんが死んじゃうかもってすごく怖かったんですから!」

服を握る手に力を込めると「ごめんね」と大きな手が頭を撫でる。

「けどオレだって怖かったよ。ひよりちゃんが攫われたって知った時、また失うんじゃないかってすごく怖かった」
「ごめんなさい」
「謝らないでよ。巻き込んだのはこっちなんだから。それに……もう関係ないフリなんてできそうにない」

顔を上げると、あの日、燃えるような赤い目が静かにこちらを見つめていた。
今日は額当てもない。露わになった左目を縦断する傷は古いもののようだけど今は痛くないのだろうか。
そっと傷に触れてみる。カカシさんは私の意図を汲み取ったように「昔の傷だよ」と自嘲気味に笑った。
そして――

「オレは君が思っているほど立派な人間じゃあない。君を不安にさせることもあるし泣かせることもあると思う。それでも側に居て欲しい」

それはなんの飾り気のない言葉だけど、私が何よりも聞きたかった本音だった。嬉しくて嬉しくてじわりと視界が歪む。

「私はカカシさんの、不器用で臆病で優しいところも全部含めて好きです。だから、」

そばに居させてください、という言葉は一瞬の口付けに飲み込まれた。
顔を見合わせて笑い合い、また唇を重ねる。

触れ合った箇所は温かくて、まるで春の陽だまりみたいに冬の空気を優しく溶かしていった。




雪溶けの音がする



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