カカシ先輩と暗部後輩 | ナノ


先輩との約束の日を明日に控えて、気持ちを落ち着かせようと先輩にいただいたマグカップでミルクココアを飲んでいた。

もう目覚まし時計もセットしたし、明日着る服も決めてある。先輩の意図はわからないけど、明日の約束が任務じゃないことはわかっている。何を着ようかとここ数日悩みぬいた末、クローゼットの中身では決まらなくて、淡いブルーのワンピースを新調してしまった。先輩の服の好みはわからないけれど、どんな格好でも、カカシ先輩ならいつもの冗談とも本気ともとれる口調で「かわいいね」と言ってくれるような気がするのは私の自惚れだろうか。

そのカカシ先輩とは、先輩のことが好きだと自覚した花火大会の夜から会えていない。だけどあの晩の、先輩の燃えるような瞳の色も、耳朶に残る感触と熱も、鮮明に思い出してしまっては、その度顔から火が出そうになっていた。

もし、あの時テンゾウ達の邪魔が入らなければ、私はカカシ先輩とあのまま……。

その先のことを想像して、振り払うように首をぶんぶん揺らしていると、コンコンと窓を軽く叩く音が聞こえた。いつも、カカシ先輩は窓からやってくるから、もしかして……!

期待と不安を込めてカーテンを開ける。しかし、そこには先輩の姿はなく、忍鳥が一羽いるだけだった。緊張が解けて、先輩じゃなかったことに落胆しながら忍鳥の足に括られた文書を抜き取る。任務の知らせだろうかと思いながら紙を開くと、なんと送り主はカカシ先輩だった。

一目見ただけで、かなり急いで書いたのだと伝わってくるような、走り書きの字だった。いつもの先輩の字は、筆圧が薄くて細いけれど丁寧なのに。どきどきしながら内容を目で追っていく。読み終えた私は、そのままごろんとベッドに横になり、深い溜息をついた。
手紙には、急な任務が入ってしまい明日の約束には来れないという事と、それに対する謝罪が書かれていた。先輩にしてはかなり乱れた字から、とても急いでいる中でこれを書いた事が伝わってきた。先輩の気持ちを思うと嬉しかったけれど、明日、カカシ先輩に会えなくなってしまった事は、やっぱり寂しくて、少しでも先輩を感じたくて、先輩の筆跡を指でなぞった。

「カカシ先輩……」

早く会いたいです――。



どうやらそのまま寝てしまったらしく、気づいたら朝になっていた。

先輩との予定はなくなってしまったから今日はどう過ごそうかと考えて、ふとカレンダーを見てハッとした。あの日の熱に浮かされて、すっかり頭から抜け落ちていたけど、もうすぐカカシ先輩の誕生日だ。

先輩にはいつもお世話になっているし、私の誕生日プレゼントにとマグカップを買っていただいたり、お祭りでも簪を買っていただいたり、何かといただいてばかりなので、先輩の誕生日には絶対何かプレゼントしようと決めていた。……よし、今日はカカシ先輩の誕生日プレゼント探しをしよう!

そうと決まればこうしちゃいられない。着替えようとして、壁にかけておいた淡いブルーのワンピースが目に入った。先輩と会う為に買ったこの服だけれど……やっぱり今日はこれを着て、気合いを入れ直して、カカシ先輩に気に入って貰えるようなプレゼントを見つけに行こう。ワンピースに袖を通すと、不思議と元気が沸いてきた。

プレゼントは何が良いだろうか。以前それとなくテンゾウに探りを入れた時は「カカシ先輩なら実用的な物の方が喜ぶんじゃない?」と言われたっけ。実用的な物といわれて思い浮かぶのは、忍具や巻物などだけど……忍具はシンプルなようで奥深く、使い勝手も好みも人によって違うので選び辛い。書物も、博識な先輩のことだから大抵の忍術書は読んでいそうで、はたして何をあげたらいいんだろう。完全に行き詰まってしまった。

「ナズナさん!?」

忍道具を扱う専門店を出た所で誰かに呼び止められた。誰だろうと振り返ると、おかっぱ頭が特徴的な男性がわなわなと体を震わせている。見覚えのある髪型に、すぐに思い出すことが出来た。確か木ノ葉神社の大祭で一度お会いした、カカシ先輩の同期の…

「ガイさん、こんにちは」
「こ、こんにちは!!まさか、名前を覚えていただけてただなんて光栄です!」

良かった、やっぱりガイさんで合っていたみたいだ。ガイさんが満面の笑顔を浮かべたので、私もほっとして微笑んだ。

「こちらこそ、私の事を覚えててくれたんですね。ありがとうございます。……今日はお休みですか?」
「はい!この後は修業に勤しもうかと。ナズナさんはお買い物ですか?まさかカカシと!?」

辺りをきょろきょろと見回すガイさんに、カカシ先輩は一緒ではないことを告げると、ガイさんは何故かほっとしていた。……やっぱり、ガイさんは私がカカシ先輩と親しくしていることを快く思ってないんだろうか。何でだろう……。でも、先輩と同期のガイさんなら、私やテンゾウよりも、カカシ先輩の好きな物に詳しいかもしれない。

「ガイさん、あの……突然ですが、お願いしたいことがあります」
「何でしょう?このマイト・ガイ、ナズナさんの頼みとあればなんだってお引き受けいたします!」

ガイさんがキラリと白い歯を輝かせて親指を立てる。なんて頼もしいんだろう。私は勢いのまま、「付き合ってください!」と言って頭を下げた。

「え……!?あ、あの……」

上からかなり動揺した声が降って来た。そうだよね、これから修業って言ってたし、突然こんなお願い迷惑だよね。でも、この機会を逃すわけにはいかない。

「こんなこと頼めるのガイさんしかいないんです!」

お願いします!ともう一度頼むとガイさんは慌てた声で、「顔を上げてください」と言った。ゆっくり顔を上げると、顔を真っ赤にしたガイさんと目が合う。

「っ……私でよければ、喜んで!!」
「ありがとうございます!早速ですが行きましょう」
「ど、どちらへ?」
「カカシ先輩の誕生日プレゼントが買えそうなお店にです!」
「……はい?」

私とガイさんは木ノ葉通りを並んで歩いている。カカシ先輩へのプレゼントを選ぶのに、ガイさんの意見を聞きたいので、ぜひとも付き合ってほしいとお願いしたら、ガイさんは快く引き受けてくださったのだ。カカシ先輩のただの後輩にすぎない私に付き合ってくださるなんて、ガイさんって本当にいい人だなあ。

「ガイさん、さっきから右手と右足同時に出てますけど……」
「こ、これも修業の一環なのです!」
「そんな修業が……!勉強になります!」

日々鍛錬を怠らない姿勢は同じ忍として見習うべきだ。私も試しに真似をしてみたけれど、すぐに右手と左足が一緒に前に出る、いつもの歩き方になってしまって難しかった。

「ガイさんは、カカシ先輩とアカデミーの頃からの同期なんですよね?」
「ええ。幼い頃から互いに認め合う良きライバルでした」
「長いお付き合いなんですね!……じゃあ、カカシ先輩の好みとか…その…贈り物は何が喜ばれるとかも、ご存知ですか?」
「それなら私が着ているこのボディースーツはいかがですか?機能性にも優れているんですよ」
「洋服だと好みがありそうですけど……小物とかもいいかもしれませんね」

いくつかの雑貨屋さんを回りながらガイさんとさまざまな話をした。話題の殆どはカカシ先輩の事になった。

私はカカシ先輩が暗部でどんな活躍をしているか、一緒についた任務でどんな風に助けて頂いてきたかを話した。カカシ先輩はどんなときも、私やテンゾウに的確な指示を出してくださって、危機的な状況でも動揺することなく、冷静な判断でチームを引っ張ってくれた。

冷静でありながら誰よりも仲間想いで、先陣を切るのはもちろん、後輩をサポートすることにも長けている。そんなカカシ先輩の事を、私はずっと尊敬していた。今年に入ってから、先輩と一緒の任務が増えて、間近で接して、色んな事を教えて頂くようにもなって。

……ますますカカシ先輩に憧れる気持ちは強くなっていった。
私も、カカシ先輩のような強くてかっこいい忍になりたい。だから、今の部隊に所属するようになって、間近でカカシ先輩の動きを見る事の出来る状況は、本当に貴重な日々だと思っている。

ちょっと語りすぎてしまったかな、と思ったけれど、ガイさんは私の話をうんうんと頷きながら笑って聞いてくれた。「流石カカシだな」と、自分が褒められたみたいに嬉しそうにいうガイさんをみて、カカシ先輩と本当に仲が良いんだろうな、と思った。

そして、ガイさんの方は私に、カカシ先輩との碧き青春のメモリアルを教えてくれた。

子どもの頃のカカシ先輩は負けず嫌いで、他人にも自分にも厳しい人だったらしい。ガイさんの語るエピソードによると、カカシ先輩とは二人でいつも勝負に明け暮れて、かなり熱い少年時代を過ごしたみたいだ。今の飄々としている先輩からは想像できなくて驚いた。だけど、『あいつは昔から、仲間思いで優しい男です』とガイさんが言ったとき、ああ、カカシ先輩はずっと前から、カカシ先輩だったんだな、と思った。

ガイさんとカカシ先輩は事あるごとに勝負を重ねてきて、今のところ勝敗の合計は引き分けなんだとか。あのカカシ先輩相手に引き分けてるなんて、ガイさんってすごい人なんだな。

同期で昔からの友人でライバル。ガイさんは私の知らないカカシ先輩をたくさん知っている。

「……いいなあ、ガイさんは」

ぽつりと独り言のようにつぶやいた言葉にガイさんが反応を示す。

「……オレは、貴女のような方に想われているあいつが羨ましいです」
「え……」

ガイさんが何かを言った時、ちょうど目の前を子ども達が楽しそうに笑いながら走り去って行った。その声にかき消されてしまって聞きとれず、ガイさんを見上げたけれど、ガイさんは何も言わずに、ただ静かに微笑むだけだった。

その後、いくつかのお店を回って、ようやくこれだと思える物に出会えた。
藍色の布地に白い糸で、麻の葉柄を刺繍してあるブックカバーだ。

先輩はいつも本を読んでいるし、この色とデザインが、なんとなく先輩っぽいなと思ったのが決め手だった。すっかり暗くなってしまった帰り道、ガイさんも同じ方向だというので、私たちは並んで住宅街を抜けていた。

「今日は付き合っていただきありがとうございました」
「いえ、オレは結局何も役に立てなくて……」
「そんなこと無いです。私一人では決められませんでした」

それに、ガイさんからカカシ先輩の話を沢山聞かせて貰えて、本当に今日は楽しかった。

「カカシ先輩に喜んでもらえるといいんですけど……」
「大丈夫ですよ。あいつらしくもあり、ナズナさんらしくもある。これ以上ぴったりな贈り物はありません」
「私らしい、ですか?……なんだか、ガイさんに言われると本当にそんな気がしてきました」

ガイさんの言葉には不思議な説得力があった。ガイさんに大丈夫だと言われると、本当に大丈夫な気がしてくる。

「……ナズナさん」
「はい」
「好きです」
「……え?」

突然のことに驚いて足が止まる。

ガイさんは私の目を真っすぐ見て、もう一度
「オレはナズナさんのことが好きです」と言った。
真っ直ぐに向けられた瞳には一点の曇りもない。

「初めてお会いした時、なんて可憐な人なんだろうと貴女に目を奪われました。……今日、共に過ごしてみて、貴女は見た目だけじゃ無く、中身も素敵な人なのだとわかった。こんなことを突然言われて、困惑しているでしょうが……オレの気持ちに嘘はありません」

礼儀正しくて真面目なガイさんが、冗談でこんなことを言うはずがない。過ごした時間が短くても、はっきりとわかった。この人は、本気で言ってくれている。

「私は……」

口を開きかけて、なんて言おうか迷ってしまい、視線を落とした。

『ごめんなさい』『気持ちには答えられない』

そんな言葉が浮かぶけど、何を言ったところで、ガイさんを傷つけてしまうだろう。

けれど、この人には偽りのないありのままの気持ちを伝えたい。気持ちを真っ直ぐにぶつけてくれたガイさんの誠意に、しっかり応えたいと思った。
震える手で服を握り、ガイさんを見据えて大きく息を吸う。


「私は……カカシ先輩のことが好きです」


ようやく絞りだした声は若干震えてしまった。


「だ、だから……ガイさんのお気持ちには……」


少しの沈黙の後ガイさんは、
「そうですか……」
と静かに言った。

「ナズナさん、貴女の気持ちを教えてくれてありがとうございます」
「そんな、私は……」
「あいつの事を話すときの、あいつの話を聞いている時のあなたの表情で、そうなんじゃないかと思っていました」
「なら、どうして……」
「あなたへの想いが溢れて止められなかった」
「……ガイさん」
「あいつは……カカシはオレが認めた男です!必ずナズナさんを幸せにします!」

威勢を取り戻したガイさんが、まるで自分のことのようにきっぱりと言う。私はつい、少しだけ笑ってしまった。

「やっぱりあなたには笑顔が似合いますね」

ガイさんも笑って、そう言ってくれた。
ガイさんこそ、笑顔が似合う人だと私は思った。

「でも、カカシ先輩には、私が片想いしてるだけですから……」
「オレにはわかります!なぜなら、オレはあいつの親友ですから」

ガイさんが自信満々ににっこり笑う。飄々としているカカシ先輩とは正反対のタイプだけれど、二人はきっと、とても仲良しなのだと思う。想像して私はまた、ガイさんに少しだけ嫉妬してしまった。





別れ道がきて、私は改めてガイさんに今日のお礼を言った。ガイさんは、やっぱり白い歯を見せて笑って、「カカシに渡す日が楽しみですね」と親指を立ててくれた。

「ナズナさん。最後にひとつだけ」
「はい……?」
「そのワンピース、とてもお似合いです」
「……!ありがとうございます」
「貴女の清廉な雰囲気にぴったりだ」
「せ、清廉なんかじゃ……」

恐縮しきっている私を見て、ガイさんは明るく笑っている。

「本当に、素敵です」

褒め殺しにされて、さすがに顔が熱くなって俯いてしまう。

「……」
「困らせてしまってすみません」
「そんな……あの、困ってなんか無いです。嬉しかったです」
「……」

ガイさんは顔を赤くして言葉に詰まった。ぽりぽりと頬を掻いて照れながら、
「そうですか……ありがとうございます」と呟くように言う。

あまりにも純粋な反応に動揺してしまって、私は目をそらした。たった今、困ってなんか無いですと言ったのに。

だけど、私はやっぱりカカシ先輩のことが好きだ。ガイさんの気持ちに応えることはできない。

「……それじゃ、私そろそろ行きますね」

ガイさんにむかって微笑んで、そう言った。
少し間を開けて、「はい」と返事が返ってくる。

「さようなら、ナズナさん」
「さようなら……」

最後にガイさんも、優しく微笑んで、手を振ってくれた。私も小さく手を振って、それから、背中を向けて歩き始めた。

ガイさんが今日、私に告白をしてくれたみたいに、私もカカシ先輩に、真っ直ぐ気持ちを伝えることが出来るだろうか。

もしも、この気持ちが受け入れられなかった時は……私も、ガイさんのように、カカシ先輩の幸せを願うことが出来るだろうか。

悩みながら歩き始めた私はそのとき、屋根の上から私たちを見下ろしている影があることに、全く気づかなかった。銀色の細い月が、路地を照らしている。


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