カカシ先輩と暗部後輩 | ナノ

「……じゃあ、こんなこと私にしちゃだめです」
「そうだね。……ごめんナズナ」

カカシさんの顔を見ていたくなくて、私は目をそらして、テーブルに置いてあるオレンジジュースに口を付けた。甘酸っぱいはずのオレンジジュースに、なぜだかかすかな苦味を感じた。

そういえば片づけがまだ途中だったんだ。はやくこの場を逃げ出したい気持ちもあって、私は黙って立ち上がり、部屋に転がっている空き缶とテンゾウの食べかけのピザを回収した。
キッチンヘそれを運ぶ間、カカシさんの視線をずっと感じていたけれど、私は彼の顔が見られなかった。

顔を見たら、自分が何を口走ってしまうのか、わからなかった。




お皿をざっと洗いながら、私の頭の中はなんだか、ふわふわ、ぐるぐるしていた。体中が熱くて、思考がうまくまわらない。……私、どうしちゃったんだろう。急に目の前がぼんやり霞んで、一瞬遅れて、自分が涙をながしている事に気づいた。なぜか急に、胸がぎりぎりと痛み出したのだ。

「ナズナ」

ふいに声をかけられて、慌てて目を拭う。キッチンの入り口に、カカシさんが心配そうな顔で立っていた。私はなんとか笑顔をつくり、「そろそろ布団引いて寝る準備しましょうか。先輩とテンゾウを床に転がしとくわけにもいかないですし……」と言った。カカシさんはそれには答えずに、こっちに向かって歩いてくる。緊張して、お皿を水切り台に置く手が震えた。

「オレの付き合ってる人の話をしてもいい?」
「え……」
「話しても……お前は忘れてしまうはずだけれど」
「……」

微笑むカカシさんを見て、私は何も答えられなかった。何故カカシさんがそんなことを言い出したのかわからなくて、もやもやして、……だめだ、と思うのに、また涙がこぼれ落ちてしまう。

「泣かないで」

カカシさんの指がのびてきて、そっと私の目尻を拭った。

「オレの彼女はね……ちょっと泣き虫で、純粋で、怖がりなくせに見たがりで。テンゾウとは相変わらず仲が良すぎで、任務では頼りになるのに普段はちょっぴり抜けてる子なんだけど」

カカシさんはにっこり笑って、私と目を合わせた。

「笑った顔がすごく可愛くて……その子が笑ってくれるなら、オレは何だって出来そうな気持ちになるんだ」
「……カカシさん、その人のことが本当に大好きなんですね」
「うん。……だから笑って?ナズナ」
「え……?」

カカシさんの顔が近づいてきて、私の額にそっとキスをした。
びっくりしすぎて、私はぽかんと口をあけた。

「オレの付き合ってる人のこと、わかった?」
「え……ええ!?」

優しく微笑んでいるカカシさんに、けれど私は、はっきりと聞くことが出来なかった。聞いてしまったら、夢から覚めてしまうような気がして。相変わらず頭の中は変にふわふわとしていて、体温はあがるばかりだった。カカシさんは私の手をとると、「部屋に戻ろう?」と穏やかな声で言った。

部屋に戻っても、テンゾウや先輩は相変わらず無造作に床に転がったまま眠っていた。カカシさんに手をひかれるままふたりの横を通り抜けて、テーブルの前に並んで座った。

「ナズナさっきから、顔赤くない?」
「え……そうですか?」
「気のせいかな。もしかして熱ある?」

カカシさんの端正な顔がまた近づいてきて、ひゃあ……と思っていると、おでことおでこがくっついた。

「んー……熱があるってわけではないか」
「な、無いですよ。熱なんて……」
そう言いながらも、至近距離にあるままのカカシさんの顔に、ドキドキしてどこを見たらいいかわからなくなる。

「……ドキドキしてるの?」
「カカシさん……またからかってるんですか」
「だから、からかってなんかないよ」

カカシさんは何だか楽しそうに笑っている。私はドキドキを誤魔化すために、さっきのオレンジジュースの残りを一気に飲み干した。
静かな部屋に、寝入っている二人の寝息だけが聞こえる。私はさっきのカカシさんの言葉の意味を考えていた。『オレの付き合ってる人のこと、わかった?』未来のカカシさんの付き合っている人は……もしかして……もしかしなくても……。
考えている内に、なんだか、ひどく頭がぼんやりとしてきた。ふと隣のカカシさんを見ると、「ん……?」と首を傾げて、優しく微笑んでいる。
無性に、カカシさんに触れてみたいと思った。
ふわふわとした意識のままに、私はカカシさんの肩に凭れた。

「どうしたのナズナ……甘えてるの?」

カカシさんは相変わらずにこにこと微笑んでいる。その声は心なしか弾んでいた。

「……だめですか?」
「そんなことないよ。お前が甘えてくるのは珍しいなって思って……嬉しいよ」

それはもしかして、未来の……私の事なんですか。
はっきり聞く勇気はないくせに、私はカカシさんの腕にくっついて、体温の心地良さを感じていた。振り払われないのをいいことに、カカシさんの手を指でなぞってみる。手甲を外したカカシさんの手は女性みたいに白いけれど、私より大きくてごつごつしていてちゃんと男の人の手だった。カカシさんには彼女がいて、未来へ帰ればこの手でその人に触れるのだろう。そう思うと、胸がざわついて、けれど……もしかして、と思う気持ちもあって。
まだ帰らないで欲しいという気持ちを込めて手を握ると、カカシさんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。くらくらと目眩がした。

「ねえナズナ、もしかして酔ってる?」
「……よってないれす」
「酔ってるでしょ、呂律回ってないよ。オレが目を光らせてたのにいつの間に酒なんて飲んだのよ」
「……?オレンジジュースしか……のんれないれすよ」

あれ、カカシさんのおっしゃるとおり、何だか舌がまわらない。

訝しげな顔をしているカカシさんの視線が、テーブルの上で空になったグラスを捉える。

「……もしかして、テンゾウが飲んでたファジーネーブル飲んじゃったの?」
「ふぁじ…ねーぶる?…ってなんれすか?」
「お酒だよ」
「え……でも……オレンジジュースれしたよ……?」
「ま、オレンジジュースに少しお酒をたらしたみたいなヤツだからね」
「……」

カカシさんは「困った子だね」と小さく笑った。私はなんだか悔しくなって、「もっと飲みたいれす…」と駄々をこねた。

「ダーメ。ナズナにはまだ早いよ」

くすくすと笑われて、ムッと唇を尖らすとカカシさんは困ったように笑って私の頭を撫でてきた。

「……またこどもあつかい」
「え?」
「せんぱいはやさしいけれど、ときどきこどもあつかいされているようで……カカシさんもわたしのこと……こどもあつかいするの?」
「……」
「カカシさんからみたらこどもかもしれないけど、わたしもうおとなれす」
「……突然何を言い出すかと思えばそんなことか」
「そんなことって…ひゃん!」

耳にざらりとした感触がして思わず肩が跳ねる。

「子ども相手にこんなことしないよ」
「カカシさ……ふ…あっ……」

カカシさんの熱い舌が、私の耳のかたちを縁取るように丁寧になぞった。驚いて逃げようとするけれど、しっかり腰をだかれてしまっていて、離れることができない。その間も、カカシさんのくすくす笑う声が耳元で聞こえていた。そしてまた、濡れた感触がして、ざらりとした舌先が耳の中に侵入してきた。

容赦なく這い回る舌に、びくびくと身体が震えてしまう。カカシさんの腕の拘束はますます強くなって、私は呆然と彼の悪戯を受けていた。わざとらしく、くちゅくちゅと立てられたリップ音に、羞恥心でいっぱいになる。

「ナズナ顔真っ赤だよ。……本当に犯罪的に可愛いね」
「んっ…、らめ……」
「……お前が悪いんだよ。女として見てるってちゃんと教えてあげないと、わからないんだもんね?」
「な、なにいってるんれすか…ひゃあ!」
「そんな声だしたら、あいつら起きちゃうでしょうよ」

カカシさんの言葉につられて、寝入っているカカシ先輩とテンゾウを見る。テンゾウの方はいびきをかいているけれど、カカシ先輩は眠りが浅いのか、瞼がピクピクと動いている。
こんなところをカカシ先輩に見られたら……。恥ずかしすぎて、唐突に現実に引き戻される気分だった。

「ら、らめれす……せんぱい……」
「違うでしょ?今目の前にいるのは“カカシさん”だよ、ナズナ」
「カカシさん……おねがいゆるし……あっ…」

耳朶へ甘噛みを繰りかえしていた唇が首筋へと降りてきて、一際強く吸い付いた。電流のように駆け抜けた痛みは、そこからじんじんと体の奥底へと広がっていく。

「まって、カカシさ……」
「待たない」

背中の辺りがもぞもぞと動いて、カカシさんの手が中に入ってきた。ブチ、と金具の外れる音がする。頭が真っ白になって、もう何も考えられなくなったその時、

「ここの森はぜーんぶボクが植えたんですよ……いやーそんなほめないでくださいよー…むにゃむにゃ…すー…」

のんびりとした、テンゾウの大きい寝言が部屋に響きわたった。

「「……」」

カカシさんの手がとまり、深い溜息が聞こえる。

「はー……相変わらず空気読めないやつ…」

カカシさんが脱力している隙に、私は彼の腕の中から逃れた。
まだ心臓がばくばくしている。

「ま、でも今回ばかりはあいつに感謝かな」
「……?」

カカシさんの顔をちらりと見ると、穏やかな表情で笑っている。
その眼にはもう、さっきまでの熱は宿っていない。

「この頃のナズナって…まだ何にも知らないんだよね」
「……?」
「オレが全部教えてあげたいところだけど、それは今のオレの役目じゃないんだよなあ」

私は俯いてカカシさんの言葉の意味を考えた。酔っ払いの頭では考えがまとまるどころか眠気を催すばかりで、こくりこくりと舟を漕ぎ、ついにまたカカシさんの肩にもたれて目を閉じてしまった。慈しむように優しく髪を撫でられる。「念のため……ごめんね」その言葉と共に、額にカカシさんの指がそっとあてられて、するすると文字を書くように動いた。「おやすみ、ナズナ」その優しい声を最後の記憶に、私は眠りに陥った。





その朝、私は喉の渇きとともに目を覚ました。体を起こしてベッドから降りようと床に足をつくと、ころりと何かが床に転がり落ちた。それは見覚えの無い巻物だった。見るからに上質な布地は深い青色をしており、黒い木軸が艶やかに光っている。手に取ってみるとずっしりと重く、銀色の紐できちんと縛られていた。

「四代目火影ノ禁術……開封厳禁?」

外側に糊付けされた長方形の紙に、そう毛筆で記されている。
なんとなくその紙だけ真新しく感じるのが気になるけれど……そういえば昨日、火影様に言われて巻物の整理をしたんだった。

一人で頼まれてなかなか大変だったんだよね。……あれ、午後からは手伝って貰ったんだっけ。
そこまで思い出してふと、カカシ先輩とテンゾウの顔が浮かんできた。そうだった、二人に手伝って貰ったんじゃないか。
なんとなくあやふやな記憶に首をかしげつつ、なぜか持ち帰ってしまったらしい巻物を見る。着替えたら返しに行かなくては。

身支度を調えてから隣のテンゾウの部屋に顔を出したのは、昨日三人で映画を見たことを思い出したからだ。テンゾウもカカシ先輩も大分酔っ払っていたような気がする。私の記憶がなんだか曖昧なのは……ジュースと間違えてお酒を飲んじゃったからだっけ。

「ふぁじーねーぶる……」

その言葉をどっちに教えて貰ったんだったか。さすがにもう起きているだろうと思いながら、鍵が開けっぱなしのテンゾウの部屋にあがりこみ、ドアをあけた私は絶句した。

一つのブランケットを二人で共有して、寄り添うようにぐっすり眠っている大の男が二人。
頭が真っ白になった。

「……カカシ先輩……テンゾウ……」
「……ん……?」

目を擦りながらカカシ先輩が体を起こす。

「……あれ?ナズナ?」

先輩の顔を見られなくて、私はじりじりと後ずさった。しばらくぼんやりしていたカカシ先輩が、隣のテンゾウに気づいてぎょっとした表情になる。

「せ、せせせせんぱい、あの、私は何も見てませんので!」
「え!?」
「ああああの、二人がそんな関係だったなんて……私全然知らなくて…すみません!」
「ちょ、ちょっと待てナズナ、何か誤解して」
「失礼しましたあ!!」

脱兎のごとく逃げ出した私だったけれどあっけなく先輩につかまり、全力で誤解だからと説き伏せられたのだった。
寝癖頭のカカシ先輩はものすごく慌てていて、その必死さに私はちょっぴり疑惑を強めた。ちなみにテンゾウは、その数時間後にやっと起きてきたのだった。

なんでも、クルミの大木に寄り添って眠る夢をみていたらしい。



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