雨に融けた終焉の祈り(改) | ナノ





イタチと鬼鮫さんと行動を共にするようになって一年が経とうとしていた。

この一年で暁の動きは活発化し尾獣狩りが進行していた。わたしはというと、相変わらず直接任務に関わらせてもらえたことは一度もない。イタチがわたしを任務から遠ざけようとするのには、わたしが弱いことの他に理由があるからだというのはこの一年の付き合いでなんとなく感じ取っていた。





「よし、買い出し終わり!」

顔が広く知られてしまっているイタチ達に代わって街への買い出しはわたしの担当だ。
数日分の食料を買い込んで現在拠点としている洞窟へ帰る途中、顔にぽたりと冷たいものが当たった。

「雨……」

落ちて来たそれが雨だと気付いた時には本格的に降り出していた。買った物を外套の中で抱え込み、イタチ達の所へ急いだ。




洞窟の前に誰かが立っている。敵だろうかと一瞬警戒してすぐにそれがイタチだと気づいた。イタチは顔にかかる雨粒を気にすることなく、この灰色の空を見上げていた。

「ただいま」
「ご苦労だったな」

イタチは一瞬だけ視線をわたしに向けてすぐに空へ戻した。雨のかからない所まで入ってもう一度イタチを見ると、イタチは空を見上げたまま動こうとしない。どうやら入る気配はなさそうだ。こんな雨の中いては風邪をひいてしまう。

「イタチ……」
「早く中で温まれ。風邪ひくぞ」
「イタチも中に入ろう。身体に障る」

イタチからの返事はなかった。

今は一人にしてくれ。

雨に打たれる背中がそう語っている気がして、わたしは黙って奥へと入った。



最近、イタチが空を見上げたり遠くを見つめることが多くなった。

まるで、誰かを待っているかのように。
これから訪れる何かを待っているかのように。

“その時”はすぐそこまで迫っている。



「おや、雨でも降ってきましたか?」

ずぶ濡れの格好を見て鬼鮫さんが笑った。その格好お似合いですよ、とでも言いたげな顔をしている鬼鮫さんをキッと睨んで買い物袋を押し付けてやった。S級犯罪者の鬼鮫さんにこんな態度がとれるようになったのはこの一年の賜物だと思う。

水を含んで重たくなった外套を脱いで搾ると多量の水が垂れてきた。鋭く突き出た岩にかけ、ついでにポーチも乾かすことにした。
「イタチさんは?」

鬼鮫がお茶を差し出しながら訊いてきた。冷えた体に温かいお茶がよく浸み渡って体温を取り戻していく。

「まだ外にいます」
「大丈夫なんですか?」
「……」

大丈夫なわけがない。病気は確実にイタチの体を蝕んでいる。この一年、薬とわたしの医療忍術でなんとかしているとはいえ、イタチの病気は適切な処置をしなければ治る病気ではない。それを怠っているイタチの体はいつ何が起こってもおかしくない。


ポタ……ポタ……。


洞窟内に響く水滴の滴る音と足音。

「イタチ!」

戻って来たイタチに駆け寄る。

「こんなにびしょ濡れになって……風邪ひいちゃうからそれ脱いで」

外套を脱ぐよう促すとぷちぷちとボタンを外し始めた。脱いだ外套を鬼鮫さんに預けて、持っていたタオルをイタチの頭に被せる。髪をわしわしと拭いてドキっとした。男とは思えないくらい綺麗な顔、長い睫毛。非の打ちどころがないくらいかっこいい。

すっかりイタチに見惚れてしまっていると突然腕を掴まれた。相手はもちろん目の前の。

「どうしたの?具合い悪い?」
「……」
「って、イタチの手冷た!雨の中ずっと外にいるからだよ!」

何か温かい物でも用意してあげようとイタチの手を離す。飲み物の用意に夢中になっていたわたしは、イタチの表情の変化に気付かなかった。



「はい、どうぞ」

隣に座ったイタチに煎れたてのお茶を手渡す。イタチの伸びてきた手は湯呑みを掴むことなく空を切る。イタチ自身も驚いているようで左目を押さえた。

「……イタチ、正直に答えて。その眼は今どこまで見えてるの?」

病気だけじゃない。イタチには万華鏡写輪眼による視力低下の問題もある。
ねえ、イタチ。あなたの眼にわたしはちゃんと映ってる?

「心配するな」
「ちゃんと答えて!」
「お前が心配するようなことは何もない」
「……っ!」

頭で考えるよりも前に体が勝手に動いてた。
手には空になった湯呑み。目の前には目を見開いて顔を濡らすイタチ。

「………でよ」
「真白?」
「何でよ、何でイタチはいつもわたしには肝心なこと言ってくれないの?任務だってやらせてくれない、身体のことだって言わない。わたしはいつだってイタチのこと考えてる。イタチがサスケくんのことを想ってるように、わたしだってイタチのこと想ってるよ!……イタチにとってわたしは何?いなくてもいい存在?邪魔なだけ?」

お茶をかけられた時に見開いていた顔もいつもの無表情に戻っている。一人で勝手に興奮して怒鳴って、イタチから見たら今のわたしはさぞかし滑稽だろう。そう思ったら益々虚しくなって、内心嘲笑っているくせに平然としているイタチの態度に苛立って湯呑みを投げつけてやった。だけどそれは写輪眼であっさり見切られる。湯呑が割れる音が虚しく響いた。

「どうでもいい存在なら、あの夜殺してくれればよかったのに!」
「真白!」

居たたまれずに飛び出そうとして腕を掴まれたが、力いっぱい振りほどいてこの場から逃げ出した。



「いいんですか?追い掛けなくて」
「聞いていたのか」
「真白の声が大きかったもので」
「あいつは昔から興奮するとうるさいんだ」
「真白に言わないんですか?任務をやらせない理由」
「……」







洞窟を飛び出してひたすら走った。走って走って走って、とにかくイタチから少しでも離れたかった。顔にかかる雨が一層苛々を掻き立てる。

全てがどうでもよくなって、冷静さを失った頭はこの土地の地理ですら忘れてしまったらしい。踏み出した足の先には道が続いていなかった。


――しまった!


崖の上から真っ逆さまに急降下していく体。ロープ付きのクナイを求めて伸ばした手の先にポーチはない。雨に濡れて乾かす為にそのまま置いてきてしまった。

為す術をなくしたわたしは滝壺へと真っ逆さまに落ちていった。



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