雨に融けた終焉の祈り(改) | ナノ





次の目的地までは三日はかかるらしく、すっかり日も暮れてしまったので今日は野宿になるようだ。忍の任務じゃ宿のある街が都合よくある筈もなく野宿になるなんてよくある話で、ふかふかのお布団で寝たいと我儘を言うつもりはない。イタチが火遁で火を起こし、持っていた兵糧丸と保存食で食事を済ませた。

「俺と鬼鮫が交代で見張りをする。お前は寝ていていい」
「でも、二人に任せっきりにするのは悪いよ」
「もし敵襲があったとしてお前がそいつらを退けられるのか?お前一人に任せておけない。大人しく寝ていろ」
「……」

そこまで言わなくても、と言い返したいが正論すぎて何も言い返せない。確かに敵襲があったらわたし一人じゃ太刀打ちできない。昼間の任務だけではなく夜まで迷惑かけるなんて、本当にただの足手まといでしかない自分が情けなくなる。今のわたしにできるのは大人しく寝ることならばそうしよう。これ以上迷惑はかけられない。

木の下に置いた荷袋を枕代わりに、外套を羽織ってイタチに背を向けるようにして横になった。これでよし、と思ったのもつかの間。背後に人の気配を感じて振り返るとなぜかイタチが木に寄りかかるようにして隣に腰を下ろしていた。

「なんで隣にくるの。あっち行ってよ」
「近くにいないと有事の際に対処が遅れるからな」
「……勝手にすれば」

またイタチに背を向けて外套を被った。
再会してからというものの、イタチのツンケンした態度は相変わらずで、こっちも腹が立ってきて可愛くない態度をとってしまう。せっかく一緒にいられるのに、心の距離は一向に縮まる気配はない。

目を閉じると思い出すのは、まだ二人で里で笑い合っていた幸せな日々。昔のイタチに思いを馳せながら眠りについた。





「うーん、イタチみたいにうまくいかないなあ」
「真白は手裏剣術は苦手だからな」
「イタチがせっかく丁寧に教えてくれてるのに……つき合わせちゃってごめんね」
「オレも自分の修行の片手間だから気にするな」

優しい手が頭をくしゃりと撫でてくれる。わたしはこの優しい手が大好きだった。

「そういえば、おばあちゃんが苺大福用意してるって言ってたんだけど、うち寄ってく?」
「いいのか?」
「もちろん」
「なら行かせて貰おう。おばあさんにも会いたいしな」
「苺大福のついでに?」
「いや、お前ともう少し長くいる為の口実だ――」






「…………イタチ……」

名前を呼ばれて真白を見ると、ずれた外套の隙間から見える彼女の頬には涙が伝っていた。どうやら寝ながら泣いているらしい。悲しい夢でも見ているのだろうか。自分が里を出てから彼女は何度こうして一人で涙を流してきたのだろう。
真白の頬に手を伸ばそうとして、とある気配を察知して伸ばした手を退いた。

「イタチさん」

やって来たのは少し離れた所から見張っていた鬼鮫だった。

「お邪魔でしたか?」
「……どうかしたのか」
「いえ。何もなさ過ぎて暇だったので少しおしゃべりでもと思いまして」
「あまり騒がしいと真白が起きる」
「昼間と違い随分とお優しいんですねえ」
「……何が言いたい」
「この小娘に対して当たりがキツイような気がしたので」
「……そんなことはないさ」
「それは失礼。……ところで、小娘に貴方の体のことは伝えたんですか?」
「いや……」
「一緒に行動するのならば、言っておくべきではないでしょうか」
「そうだな……」

体のことを知ったら彼女はどんな反応をするだろう。こんな風に泣くのだろうか。オレに彼女の涙を拭ってやる資格なんてないのに、いつも泣かせてばかりだ。







ゆっくりと瞼を持ち上げると、すっかり朝になっていた。
随分と懐かしい夢をみた気がする。あの頃は、わたしもイタチも突然訪れる別れなんて想像もしてなかった。いや、もしかしたらイタチだけは……。

体を起こすと、隣には寝る前と同じようにイタチが木に寄りかかって目を閉じていた。その整った顔立ちに思わず見惚れてしまう。体のあちこちが痛いけど、一度も眠りから覚めることなく朝まで安心して眠れたのはイタチがそばにいてくれたお陰かもしれない。

イタチの綺麗な顔にそっと手を伸ばすと、触れる前に腕を掴まれて心臓が大きく跳ねた。

「……起きていたのか」
「うん、たった今だけど」

イタチが掴んでいた手を離す。もう少しこのままでも良かったのにな。

「鬼鮫さんは?」
「飲み水を汲みに行っている」
「そっか……」
「真白、この前の話がまだ途中だったな」
「うん……」

この前の――宿屋でのことを指しているのだとすぐにわかった。

「今なら聞いてやる。あの夜の何が知りたい」

まさかイタチからこの話題を切り出すとは思わなかった。てっきり何事もなかったように流されるとばかり思っていたから。今訊かなきゃ、次いつ訊けるかわからない。

「イタチがあの夜、わたしの前に現れたのは……」

外套を握る手に力が入る。

「わたしを、殺す為だったの?」

その瞬間、森の陰にとまっていた鳥達が一斉に空へと羽ばたいていった。イタチはというと顔色一つ変えない。

「それもマダラに言われたのか?」
「答えて!うちはと深く関わりを持ったわたしも抹殺の対象だったって本当?イタチはあの日の夜、殺すつもりでわたしの所に来たの?」


「こんな時間まで任務?暗部は大変だね、お疲れさま」


殺すつもりで来たなら、どうして殺さなかったの?

「オレは…………」

イタチが何か言おうと口を開きかけた。が、イタチが体が傾けてわたしの肩に体を預けてきた。

「え、い、イタチ?!」

イタチの体をひき剥がして顔を覗くと、ただでさえ色素の薄い顔色から更に色が失われていた。そこでようやくイタチの異変に気付いたわたしは、イタチを仰向けに寝かせて外套を引き滾って前を開き、心臓付近に耳を押し当てた。心音が弱い。まさか夜に敵襲を?けど周囲は荒れた様子はないし、目立った外傷も見当たらない。となると医療忍術は使えない。こうしてる間にもイタチの心音はどんどん弱くなっていく。……あれをやるしかない。

「戻りましたよ……イタチさん!?」
「鬼鮫さん、今から見るものはイタチには内緒にしてくださいね」

素早く印を結んでイタチの胸に両手を翳した。

あなたはわたしが絶対に死なせないよ、イタチ――




それから力の使いすぎで気を失ってしまい、目を覚ますとイタチが険しい表情で顔を覗き込んでいた。

「もう起き上がって平気なの?」
「ああ」
「よかった……」

イタチが無事であったことにほっと胸を撫で下ろす。
体を起こす時に頭が少しクラクラしたけど、術の反動だから仕方がない。なるべくイタチに気取られないように平静を装ってイタチの手首に手を当てた。脈も安定してる。これならひとまず大丈夫そう。

「……病気のこと、なんで言ってくれなかったの?」
「言えばお前は今みたいな顔をするだろ」

自分ではどんな顔をしているのかわからないけど、きっと情けなくて泣きそうな顔をしていると思う。

「鬼鮫から聞いた。真白が助けてくれたと。医療忍術が使えるそうだな」
「……ああ、うん」

咄嗟に触れていた手を離した。
あれを医療忍術だと思ってくれたらしい。実際は少し違うのだけどその方がこちらとしても都合がいいので、そのまま通すことにした。医療忍術が使えることは本当だし、隠しておく必要もない。
突然、急激な眩暈に襲われて項垂れるように地面に手をついた。

「真白?」
「あはは、まだ眠いのかも。昨日あまり眠れなかったから」

我ながら苦しい言い訳だなと思った。夜はイタチが居たお陰でぐっすり眠れたし、力を使って意識を失い、さっきまで寝ていたようなものなのに。これではイタチに怪しまれてしまう。だけどこの術のことはイタチに知られたくない。

「眠気覚しに顔洗ってくるね」

このままではボロが出てしまうと思い、力の入らない足で立ち上がって逃げるように背をむけた。背中にイタチの刺すような視線を感じたけど気づかないふりをした。





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