短編 | ナノ

※相互リンクしてる『leap!』様の闇カカシ一作目にあたる『人攫い予定日』の過去編(暗部時代)です。この話単体でも読めますが、そちらも通して読んでいただくとわかりやすいかと思います。
※カカシが若干病んでます



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木ノ葉神社で行われる祭りの警備に駆り出されていた。
里外からも大勢集まるこの祭は里の一大イベントで、来場客は皆浮かれている。一方、人が大勢集まる分問題も多発する。その為にこうして暗部からも何組かが警備に回っているのだが、酔っ払いの喧嘩やらスリや痴漢などが多く、わざわざ暗部が出ていく案件なのかとうんざりとしてしまう問題ばかりだが仕事なのだから仕方がない。

警備をしつつ、木陰で適度に息抜きをしながら大勢の人で賑わう参道を眺めた。友人や恋人、家族連れと様々な人がいるが、視線は恋人と思われる男女ばかりを追ってしまう。

あの人も今頃恋人と楽しい時間を過ごしているんだろうか。今日の休みを取るために必死に激務をこなして、その合間に浴衣はどんなのがいいか悩んで、この日をとても楽しみにしていたから、今頃は恋人の隣りでオレの前では決して見せることのない幸せな笑顔を振りまいていることだろう。

そう思っていたのに、人の波に逆らうようにして参道を駆ける姿を見つけた途端体は勝手に動いた。





「ナマエ先輩!」

地上に降りて逃げるように走るその腕を掴んで、振り返った表情に息をのんだ。先輩は目に大粒の涙を溜めていた。

「その面……カカシくん?」
「何かあったんですか?今日はデートのはずですよね?」

何かあったのかと訊いたけれど、何があったのかなんてわかりきったことだった。それをわざわざ先輩の口から言わせようとしているのだから、オレも大概性格が悪い。

「デートだったんだけど……また彼にすっぽかされちゃった」

先輩は指で涙を拭いながら無理に笑ってみせた。つらいなら無理に笑わなくていいのに、気丈に振る舞おうとする姿が逆に痛々しい。

「約束してたんですよね?」
「そのはずなんだけどね……別の人と来てるの見かけちゃった」

予想通りの答えに「またか」と思った。

先輩の彼氏は女癖が非常に悪く、先輩はしょっちゅう泣かされている。そんな男いい加減別れてしまえばいいのにどこがいいんだか。先輩に恋愛相談は幾度となくされているし、その度に別れればいいのにと思うのだが、泣かされても傷つけられてもそいつの事が好きなんだと愛おしそうに言う先輩に、なんて馬鹿な女なんだろうと呆れてしまった。
しかし、もっと馬鹿なのはそんな先輩の事が好きな癖に、自分の気持ちを隠していい後輩でいようとする自分だ。本気で好きなら気持ちを伝えて奪えばいいのに、それができない自分はなんて臆病なんだろう。

今ここで泣いてる先輩を抱きしめたら何かが変わるんだろうか。溢れる涙を拭う先輩の頭に手を回そうとして、触れることなく手を下ろした。

「……先輩、この後どうするんですか?」
「一人でお祭り回るのも虚しいだけだしもう帰るよ。カカシくんはこの後も任務頑張って」
「よければ一緒に回りませんか?」
「え……」
「先輩お祭り楽しみにしてたじゃないですか。せっかく綺麗な格好してるのにこれで終わりなんてもったいないですよ」
「でも任務はどうするの?先輩の前で堂々とサボり宣言する気?」
「サボるだなんて誰も言ってませんよ。オレの任務は一般人が危険に巻き込まれないように危険を回避することです。今の先輩を一人にするのは危なっかしいので、傍に居て警護しますよ」
「……屁理屈」
「何とでもどうぞ」

面を押し上げてニッと笑ってみせた。

抱きしめて困らせて泣かせるより、今なら先輩と二人で祭りを回れる。その方がよっぽど有意義なのではという考えが浮かんだ。弱みに付け込んでいるようだが、一夜だけでもあんたと一緒に居られるのならどんな手段だって構いやしない。多少の無茶だって通してやるよ。それに今の先輩を放っておけないのも事実で、痴漢も多発するこの空間に一人にはしておけない。しっかりしているようでこの人は隙が多いから。

「…………射的やりたいな」
「え…」
「付き合ってくれるんでしょ?」
「勿論です」

オレが頷くと、先輩は今日初めての笑顔をみせてくれた。



先輩が射的がやりたいというので射的の出店を求めて通りを探し歩いた。時々先輩と肩と腕がぶつかる。それくらい近い距離を並んで歩いているが手は繋いではいない。オレと先輩はそういう関係ではないのだから当然なのだが、こんなに近くにいるのに触れられないことがもどかしい。

「そういえば、浴衣そっちにしたんですね」
「うん、迷ったんだけどね」

先輩は新しく浴衣を買うのどの柄にするか悩んでいた。どれがいいかと相談されたが、先輩にはどれも似合っているような気がして「どれもお似合いですよ」と言ったら「ちゃんと考えてよ」と怒られたのは割と最近の話だ。自分ではない他の男の為に着る服を真剣に選べと言われても困ったので、芍薬と水仙と藤の三種類の柄にまで絞ってあとは先輩に任せた。

今日先輩が着ているのは、白地に薄紫の芍薬柄を散らした浴衣だった。とても似合っており、やはり自分の目に狂いはなかったらしい。

「よく似合ってます」
「ふふ、ありがとう」
「……先輩すごく綺麗です」
「もう!口が上手いんだから。そういうのは好きな人に言ってあげないと駄目よ?」

なら問題ない。オレが好きなのはあんたなんだから。綺麗だと言ったのもお世辞ではなく本心だし、浴衣を着て髪を纏めて化粧をして華やかに着飾った先輩は息をのむほど綺麗だった。だが、これもあの男の為に浴衣を選んであの男の為に着飾って来たのかと思うと気が狂いそうになる。他の男の為に選んだ物なんて今すぐ全てひん剥いて、その透き通るような白い肌に歯を立てたい。オレがそんなこと考えてるなんて、この先輩は想像もしてないだろうけど。








「なんで全然当たらないの……おじさんもう一回!」
「あいよ」

自分からやりたいと言い出した割に、先輩の射的の腕は絶望的だった。手裏剣術もクナイの腕もいい癖になんでこうも下手くそなんだ。また外してるし。

射的に夢中になっている先輩は任務の時に見せるような落ち着いた冷静な雰囲気とは違い、ムキになった子どもみたいで可愛らしい。こんな先輩の姿、他の暗部の連中は知らないんだと思うと優越感がわいてくる。

「また外れた」
「先輩ヘタクソですね」
「……」

わかりやすく落ち込む先輩が可笑しくてクスクスと笑うと先輩は「そんな笑わないでよ」とバツが悪そうに唇を尖らせた。

「何が欲しいんですか?」
「え?」
「オレが獲りますよ。どれですか?」

お金を支払って銃にコルクを詰めながら尋ねると先輩は少し間をあけて「中段の左から二番目の人形」と呟いた。狙いを定めて撃つと、コルクは狙い通りの軌道で人形を撃ち落とした。隣で先輩の歓声が上がる。余った球で適当に菓子類を撃ち落として、受け取った景品を先輩に渡した。

「すごい!カカシくんすごいよ!ありがとう!」

子どもみたいに興奮して無邪気に喜ぶ先輩に顔が綻ぶ。オレのしたことで先輩が喜んでくれている。それだけで心が満たされていくようだった。

「その人形で良かったんですか?もっといいのありますよ?」
「うん、これがいいの」

先輩の表情が女の顔に変わったのを見て、訊かなければよかったとすぐに後悔した。

「だって…あの人に似てるから」

なんだ、そういうことか。

先輩の心の中にいるのはいつだってあの男で、そんなことわかっていたはずなのに、なんでオレはショックを受けているんだろう。先輩と祭りを回って雰囲気にのまれて先輩とオレが恋人なんじゃないかと錯覚していたが、現実を突き付けられたような気分だ。

彼女からしたらオレはただの親しい後輩で、男として意識すらされていないのだと。




射的を終えて先輩がかき氷が食べたいというので、かき氷を買って人気の少ない石段に並んで腰を下ろした。先輩の手には黄色いシロップのかかったかき氷があった。オレの知っている先輩の好みからするとイチゴ味を選ぶものだと思っていたが見当違いだったのだろうか。
隣でかき氷を一口含んだ先輩が頬を緩ませている。

「お祭りといえばかき氷だよね。カカシくんも食べる?」

プラスチックできた匙ですくって目の前に差し出した。
「いえ、オレ甘いものは……」
「甘い物苦手なカカシくんでも食べられるようにと思ってレモン味にしたんだけど…やっぱりだめか」
「は……?」

なんだよオレの為って。その為に自分の好みじゃなくてオレの好みに合わせたっていうのかよ。なんとも思ってない癖に不用意な優しさをチラつかせてオレの心を掻き乱す。本当にこの人は酷い女だ。

「食べないなら私全部食べちゃうね」

引っ込めようとした先輩の手を掴んでそのまま口へと運んだ。オレの行動が予想外だったのか先輩は目を見開いて固まっている。

「甘……」

人工的な甘さが口の中に広がって思わず顔が歪む。いくらレモン味といえ砂糖でできたシロップだ。甘い事には変わりない。

「……っもう!食べたいなら言ってくれればいいのに、びっくりするじゃない!」
「すみません零れそうだったので」
「カカシくんにはもうあげない!」

先輩はぷいっと反対の方を向いて背を向けてしまった。子どもじみた態度に笑いたくなるが、耳が少し赤くなっている。これはオレのことを少しは異性として意識してくれたということなのだろうか。先輩が見ていないのをいいことに顔のニヤケがおさまらない。

「ナマエ先輩」
「びっくりさせる子にはあげません」
「そんな甘いのもういりませんよ」

オレが本当に欲しいのは、あんただから。

目の前に晒されている透き通るような白い項が気になって堪らない。唇を寄せたら先輩はどんな反応をするだろう。飼い猫に噛まれたと思うだろうか。それとも、先程以上に耳を赤くしてオレのことを男だと意識してくれるだろうか。いっそのこと今試してみるか。幸いここは人気の少ない場所だ。石段に手をついて先輩の首筋に触れようと身を寄せた。

「あ、そうだ!」

先輩が思い出したように振り返って反射的に距離をとる。

「さっきカカシくんが射的でとってくれたお菓子あげるよ」

これなら食べられるでしょ?と『酢こんぶ』と書かれた赤い箱をオレの手に乗せた。

「……ありがとうございます」
「お礼なんていいよ。元はカカシくんが獲ってくれたものだしね」

先輩から頂いた物ならばこんな小箱一つで舞い上がれる自分にほとほと呆れてしまう。

「……かき氷もう一口ください」
「さっきいらないって言ったのに」
「駄目ですか?」
「もう……後輩にそんな可愛くおねだりされたら断れないよ。はい」

差し出された匙をわざと舌で舐め上げてから口に含む。口に入れてしばらく味わって、引っこめようとする手を掴んで先輩を見つめながら匙を舌で舐め回した。この匙が先輩の体の一部だったなら余すことなくしゃぶり尽くしてしまうのに。

「カカシくん、そんなに食べたいならもっとあげるから、あの……」

最後にわざと舌が見えるようにぺろりと舐めて口を離した。

「ご馳走様でした」

今オレと先輩の口の中は同じ味がする。まるでキスをしたみたいに。

「か…カカシくん、そういうのは好きな人の前でやった方がいいよ」
「……」

だから今あんたの前でやったんだけど。全くこの人は……オレの気持ちに気づいて弄んでんのかってくらい全然気づきやしない。本当に腹が立つよ。






かき氷を食べ終わり、次はどこを回ろうかと適当に通りをぶらぶらしていると、隣を歩いていた先輩の足が止まった。何か見つけたのだろうかと先輩の視線を辿ると、御神木の前に先輩の彼氏が立っていた。女と一緒の様子はなく、辺りを見回して誰かを待っているようだ。

「どうしているの……」

先輩の口ぶりからして二人はあの御神木の前で待ち合わせをしていたことからして、あの男が待っているのは先輩だ。

先輩の瞳が激しく揺れている。またこの顔だ。射的の時、あいつの話をする時に見せた女の顔。オレの前ではいつも頼れる先輩の顔で、このお祭りでは少し抜けてる素の先輩の顔が見れたけど、女の顔はオレでは引き出せなかった。こんな顔するのはあの男の前だけなのが堪らなく悔しくて、胸がギリギリと痛む。

頼むからそんな愛おしそうな目であの男を見ないでくれ。

「……先輩、行ってきたらどうですか」
「え……」
「あの人、先輩のこと待ってるんでしょう?」
「でも……」
「早く行かないとまた他の女の所行っちゃうかもしれませんよ」

本当はあんな男のところなんか行かないで、このままオレの隣にいて欲しい。行かないでと縋ってこの胸に閉じ込めてしまいたいのに。口から出るのはいつだって思っている事とは逆のことばかり。

「……ありがとうカカシくん、私行ってくる」
「はい……」
「付き合ってくれてありがとう。すごく楽しかった」
「オレも……楽しかったです」
「残りの任務しっかりね」

すっかり先輩の顔に戻った彼女は、小走りであの男の元へと駆けて行った。

男と合流した彼女は男の隣りで幸せそうな笑顔を浮かべていた。二人で手を繋いで人の波へと消えていくのを確認して先輩達とは逆の方向へと足を進めた。


今は無理でも、いつか必ずあんたを手に入れてみせるから。それまでは――


ポケットにしまっていた先輩から頂いた赤い小箱を取り出し、先輩を思い浮かべてそっと口付けた。



一夜の幻


2017.07.08
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