短編 | ナノ

※里抜けしてない設定




急に外が騒がしくなったなあと思い窓の外を見ると、土砂降りの雨が降っていた。さっきまで晴れ間もみえていていたのにお天気雨だろうか。天気予報でも雨が降るなんて言ってなかったから、洗濯物も普通に外に干してしまった。慌てて外に出て物干し竿に並んでいる洗濯物を取り込んだ。この突然の雨に、雨宿りのできる場所を探して走る人や向かいのアパートでは私と同じように慌てて洗濯物を取り込む人達が見える。
最後の一枚をとりこみ終えて部屋に入ろうとすると、後ろで人の気配がした。

「ナマエ」
「イタチ!」
「すまない。雨宿りさせてくれ」

このお天気雨に降られて全身ずぶ濡れのイタチが困ったように笑った。

「いいけど、このままじゃ風邪ひいちゃうから中入りなよ」
「しかしナマエの部屋を濡らすわけには……」
「何を今更遠慮してるのよ。タオル持ってくるから待ってて」

イタチを置いて部屋に戻り、乾いたタオルを二枚とってベランダに戻った。
持ってきたタオルの一枚を床に置いてバスマット替わりにする。イタチが靴をぬいでタオルの上に乗った。

「あーあーこんなに濡らしちゃって」

少し背伸びをしてイタチの頭にもう一枚のタオルを被せて頭を拭くと、イタチは面食らったような顔をした。

「どうかした?」
「いや……その、誰かに頭を拭いてもらうのは慣れていなくて、どうも照れくさい」
「昔お母さんに拭いてもらったりしなかったの?」
「オレは手のかからない子どもだと思われていたからな。それにサスケもいたから頭を拭いてやったことはあってもされたことはあまりないんだ」
「そうなんだ……」

私は弟がいるから昔はよくやってあげていたし、母や父にもされた記憶はあるけど、名門のお兄ちゃんって大変なんだな……。

「あ!ならイタチのことは私が甘やかしてあげるよ」

イタチは何度か瞬きをして目を細めた。

「じゃあ、頼む」

私が拭きやすいように少しかがんで頭を下げてくれる。差し出された頭をタオルで包み昔弟にしてあげたようにその上からガシガシと拭いていく。イタチに何かしてもらうことの方が多くて、こんな風に私が世話を焼いてあげるのはなんだか新鮮だった。

「濡れたままだと風邪ひいちゃうからシャワー入りなよ」
「いや、それは……」
「ほらほら遠慮しない。シャワー浴びてる間に濡れた服は乾燥機かけて、その間の着替えは弟の服貸すからそれ着てればいいよ。流石に下着は貸せないけど」
「だが……」
「私が甘やかしても、甘えてもらわないと意味ないんだけどな」
「……そうだな」

渋るイタチをなんとか説得して洗面所へと追いやりドアを閉めた。

イタチがシャワーを浴びている間に何かイタチが着れそうな服を探しておかないと。

弟と一緒に住んではいるけど、弟は長期任務が多いので滅多に帰ってこない。たまに帰ってくるけど数日したらまたすぐに次の任務地へ行ってしまうからこの部屋は実質一人で使っているようなもので、弟の私物は本人の許可をとって部屋の片隅に追いやっている。

弟の方がイタチより背は低いけど大きめの服をだぼっと着たがる人だから、イタチでも着られるはずだ。部屋着にしていた紺鼠のTシャツと綿100%のパンツを持って洗面所へ向かった。

浴室からシャワーの音が聞こえるから脱衣所にはいないだろうけど、念の為ノックをして返事がないことを確認して恐る恐るドアを開けた。乾燥機が音を立てて回っているだけでイタチの姿はない。

「着替え持ってきたから置いておくね」

曇りガラス越しに声をかけると、蛇口を捻る音がしてシャワー音が止む。

「すまないな」

浴室で反響したイタチの声が届く。
なるべくガラスの向こう側は見ないようにしていたけど、このガラス一枚を隔てた向こう側に裸のイタチがいると思うとなんだかイケナイ気持ちになってしまう。

「……私もう行くから。ゆっくり温まって来てね」
「ああ……」

洗面所を出るとドアの向こうからはまたシャワー音が聴こえてくる。邪念を振り払うように首を振って、イタチが上がってくるまでに何か温かい物でも用意しようとキッチンヘ向かった。



あとお湯を入れるだけ、というところまで二人分のコーヒーの準備をし終えてしまったので、イタチが来るまでの間ベッドを背もたれにして座り、適当に手に取った雑誌をぱらぱらと読み流す。

洗面所のドアが開いて、足音が近づいてくる。

「どう、ちゃんと温まっ……!?」

何気なく顔を上げて言葉を失う。あまりの衝撃に持っていた雑誌が手から落ちるがそれどころではない。

シャワーから上がったイタチは首にタオルをかけていつも後ろで結んでいる髪を束ねずに下ろしていた。弟の部屋着は細身のイタチには少し大きいようで、大きく開いた首元から鎖骨がはっきりと見えていて目のやり場に困ってしまう。いつもと違う雰囲気になんだかドキドキしてしまい、まともに顔が見られない。視線を落とすと水気を含んで艶やかに光る黒い毛先から雫がぽたりと垂れて、フローリングに小さな水溜まりを作っていた。

「……髪、ちゃんと乾かしてから来なよ。せっかく温まったのに風邪ひくよ」
「ナマエに拭いてもらおうと思ったんだ」

イタチはそう言って私の前に腰を下ろした。

「甘やかしてくれるんだろう?」

甘やかしてあげるといったのは私だし、拭いてくれと言わんばかりに頭を下げるイタチを目の前にしては断る気は起きなかった。

イタチの正面で膝立ちになってタオル越しに髪をわしわしと拭いていく。イタチは目を閉じて心地よさそうに、時々擽ったそうに長いまつ毛を揺らす。

イタチの髪は私よりもサラサラで潤っていて全然痛んでいない。そういえばイタチのお母さんも髪の毛長いけどサラサラだった。遺伝なのか、それともうちは秘伝のシャンプーがあるのか謎だけれど、綺麗で艶やかでタオル越しではなくて直に触りたくなる。

長い睫毛に白い肌、整った美しい顔立ちに見とれていると、イタチの瞼がゆっくりと持ち上がった。深い漆黒の瞳に射抜かれて動けなくなる。イタチの腕が腰と頭に回されて唇が重ねられる。一度唇が離されて体を離そうとすると、また抱き寄せられて今度は深く口づけられた。僅かに開いた隙間からねじ込まれた舌が上顎をなぞる。舌を絡めとられて、吸われて、貪るようなキスに息ができない。シャワーを浴びたばかりのせいか、いつもよりも熱い唇に、心も体も思考さえも溶かされてしまいそう。縋るようにイタチの背中に腕を回すと、体が揺れて背中に硬くて冷たいものが当たった。イタチの腕が庇ってくれたので床に頭をぶつけることはなかった。唇をぺろりと舐めて唇が離される。お互いの吐息が混ざりそうな距離で乱れた呼吸を整える。長いキスから解放されてどっと全身の力が抜けた。
重力に逆らってイタチの長い髪がはらりと肩から落ちて顔にかかる。長く伸びた前髪が顔を隠しているが、隙間から覗く瞳は熱を宿して煌々と光を帯びていた。

そんな瞳に見つめられてはもう限界だった。

「イタチ……私……」

恥ずかしくなって両手で顔を覆う。

「……腰が抜けて立てないみたい」
「え……?」
「だって今日のイタチ色気ありすぎるんだもん!いつもと雰囲気違くてただでさえドキドキしてるのに、あんなキスされたら……おかしくなっちゃう」

ムードぶち壊しにも関わらずイタチは優しく微笑んで、額にキスを落として抱き起こしてくれた。

「それは悪かった。髪を乾かし終えたらコーヒーを入れてやるから、治るまでゆっくりしているといい」
「コーヒーは私が入れる予定だったのに……」

これじゃあどっちが甘やかされているんだかわからない。イタチはむくれる私を抱えてベッドへ下ろすと、優しく頭を撫でてくれた。

「また後で甘やかしてもらうから、今度は腰を抜かすなよ?」
「え、ど、どういう意味?」
「さあな」

イタチはクスリと笑って唇に触れるだけのキスをした。

外の雨はすっかり止んでいるのに、キスの雨はもうしばらく止みそうにない。



止まない雨


2017.06.11

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