ワンだふるでいず | ナノ



特に待機命令は出ていない日も行けば会えるような気がして、時間ができれば待機所へと向かうのが当たり前になっていた。

今日もまた、待機所を覗いてみるがそこに彼女の姿はない。まあ、待ち合わせしてるわけじゃないから居なくて当たり前なんだけど……。出入り口がよく見える位置に腰をかけイチャパラを取り出して時間を潰すことにした。
暫くして、バタバタと廊下を駆け抜ける足音が近づいてくるのが聞こえてくる。忍びのくせにこんな馬鹿でかい足音立てて来るヤツなんて一人しか思い当たらない。可笑しくて緩みそうになる顔を引き締め、視線を手元の本に戻すと勢いよく扉が開いた。

「あ!やっぱりここに居た!」

オレの姿を見るなり顔を輝かせた彼女は、入ってきた勢いのままオレの元までやって来て隣に座った。

「馬鹿でかい足音がするから誰かと思えば……」
「え、そんなにうるさかった?」
「凶暴なイノシシでも侵入したのかと思ったよ」
「つまりあたしがイノシシだって言いたいわけ?」
「誰もそこまで言ってないでしょーよ」

こうして他愛ない会話も朔とは一緒にいるだけで楽しい。これからも朔とはこうして、仲のいい同僚として憎まれ口を叩きながら隣で笑い合っていくものだと思っていた。そう、あの日までは。



朔が任務に行ったきり帰って来ていない。予定日より帰還が遅くなるのは珍しいことじゃないが、妙な胸騒ぎがする。朔にもしものことがあったらと思うと気が気じゃなかった。

そんな時、一匹の子犬を拾った。真っ白な毛並みが特徴的で、どこか朔に似ている。朔のことばかり考えすぎて犬が朔に見えてくるとかどうかしてると思ったが、オレはそいつを「サク」と名付けて家に置いた。朔が帰ってきたらオマエにそっくりな犬がいるんだって見せてやろう。そしたらアイツは、ワンコと一緒にしないでよ!って、またあの時みたいに怒るだろうか。

サクは朔に会えない日々の寂しさを埋めてくれた。こちらの気持ちに敏いコイツは朔のことを考えている時いつも傍に寄り添ってくれた。まあ、結果としてそいつは朔だった訳だけど、短い間だけど一緒にいたその小さな存在は、オレにとっては大きな存在だったのだと、いなくなった今になって思う。



任務を終えて家に向かう道すがら、ふと斜め下に視線を落とす。足元をちょこちょこ動く白い影はそこにはいない。
帰宅すると必ず明かりがついていた部屋は今は真っ暗だ。部屋に入ってただいまと声をかけても返ってくるのは沈黙だけ。部屋に入るなり飛びついてきて飯をせがまれた頃が懐かしく感じる。一人きりのこの部屋はこんなにも広くて静かだっただろうか。朔は戻って来たけれど、今までいたもう一匹の住人が居なくなったことにはまだ慣れそうにない。

急に一人でいることに寂しくなり、パックンでも呼び出そうかと考えていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。もう日も暮れている。こんな時間に誰だ?
扉に近づいてその向こうの気配がよく知ったものだと気づき、まさかと思い扉を開ける。

「こんばんは!」
「朔!」

ひょっこりと顔を出した朔がニコニコと笑みを浮かべている。かなりの上機嫌だ。

「カカシもうお夕飯食べた?」
「まだだけど」
「よかった!実はね、今日通りすがりのおじさんの荷物持ち手伝ったら気前のいい人で、お礼にってちょっといいお酒を頂いたんだけど、よかったら一緒に飲まない?おつまみもあるよ!」

朔が酒瓶とつまみの入った袋を顔の横に掲げる。

「へーなかなかいい銘柄じゃない」
「でしょー」
「丁度夕飯にしようと思ってたところ。どうぞ」

お邪魔しまーすとなんの警戒心もなく入ってくる朔に少々心配になる。いくら恋人の家とはいえこんな時間にひとりで来ることの意味をこいつはわかっているんだろうか。いや、絶対わかってない。だって朔だし。恋愛偏差値下忍レベル、いや、アカデミーレベルの朔だ。この先何が起こるかなんて考えてないだろう。この隙の多さ、オレじゃなかったら襲われても知らないよまったく…。心の中でごちってみてもやはり朔がこうして来てくれたことは素直に嬉しくて笑いが漏れる。

一人で辛気臭くなってたところに来るなんて、どこまでサクにそっくりなんだか。朔に言ったら「どっちもあたしでしょ?意味わかんない」って言われそうだけど、朔もサクもオレが寂しいと思った時に現れるなんて、姿かたちは違っても朔なんだなって嬉しくなった。



朔が持ってきてくれたつまみだけでは足りないとなり、冷蔵庫の余り物で適当に軽食を作ることになった。朔が勝手知ったる我が家のように冷蔵庫を漁る。

「もやしとニラと……あ、この厚揚げ使ってもいい?」
「どーぞ。あとこのこんにゃく使い切りたいんだよね」
「おっけー」

朔の頭の中には何を作るかだいたいのメニューが出来上がっているらしく、迷いなく必要な食材を取り出していく。

「厚揚げは角切りね。こんにゃくは味が染みわたりやすいように格子状に切り込みいれて一口大に切って」
「りょーかい」

朔がてきぱきと手を動かしながら指示を出す。こうして二人でキッチンに立つのも久しぶりだ。二人で家で飲むときはこうしてあり合わせの物でつまみを作るのが定番になっていた。朔は普段は大雑把な奴だけど、料理はできる。本人は在り合わせで作ってる簡単なもので申し訳ない、と言うけれどどれも美味しくてよくできていてオレは好きだ。
オレが切った食材を朔が焼いて味付けしてできあがり。あっという間にもやしのナムルと厚揚げの生姜焼き、こんにゃくのねぎ塩まみれが出来上がった。

乾杯とグラスを合わせて一気に煽る。朔が貰った酒はなかなかの上物のようだ。オレがどう使い切ろうか悩んでいたこんにゃくを使ったねぎ塩まみれを口に入れる。こんにゃくの柔らかさに対しねぎのしゃきしゃきした食感がいい感じで、ごま油がいいアクセントになっている。

「どう?」
「美味しいよ。クセになりそう」
「唐辛子入れてもおいしいよ」
「白いご飯欲しくなってきた」
「わかる。ごはんが進みそうだよね。これに鶏肉なんか入れると主食にもなるよ」
「なるほどねー」

ま、朔が作ってくれるから美味しいっていうのもあるんだけど……。

「っ!……ばか」

どうやらオレの独り言は声にでていたらしく、朔が恥ずかしそうに俯いた。

「……こんなものでよければ、また作るけど」

おずおずと、こちらを窺うように見上げる様子がかわいい。
「また頼むよ」と言うと、朔は頬を染めながら小さく頷いた。

それから酒を片手に他愛ない話をしながらつまみをつつき合った。サクとも一緒にご飯は食べていたけど、朔とこうして笑いながら過ごす時間は特別だ。思えばこうして二人でじっくり話をするのは久しぶりかもしれない。最近は任務で里の外に出ている方が多かったから。
そうこうしているうちに虚ろな目をした朔の頭が船を漕ぎ出す。気づけば随分時間が経っていた。

「朔、送るからそろそろ帰らないと」
「んー…」

気のない返事。これはだいぶ意識が遠退いている。片づけは後にして、先に朔を送ろう。自分が立ち上がるより先に朔がよたよたと立ち上がり、そばにあったベッドに寝転んだ。

「こら!今寝たら起きれなくなるでしょ、朔起きろ!」
「んー……」

……寝てる。こうなってしまえば、こいつはそう簡単には起きないから今晩はうちに泊めることになりそうだ。この後の自分の心労を想像してため息が漏れた。

朔に掛け布団をかけてから、洗い物と風呂を済ませた。
風呂から上がってベッドに近寄るが、朔が起きる気配は全くない。自分の部屋だからまだいいものの、恋人としてはもっと危機感をもって欲しいところだ。朔からしてみればサクの時からオレと寝てるから一緒に寝ることぐらいどうってことないのかもしれないが、オレにとってはワンコと生身の人間と寝るのとじゃだいぶ違う。好きな女が無防備で自分のベッドに寝ていて何もしないとは言い切れない。むしろ今まで仲のいい同僚という関係を崩さないよういろいろと我慢してきたが、その関係性が変わった今、手を出さない自信はない。本当は押し倒してめちゃくちゃにキスしてその体に顔を埋めたいなんて朔が知ったらどう思うだろう。大切にしたいと思う反面めちゃくちゃにしたいと思う自分がいる。

ベッドに体重がかかりスプリングが音を鳴らす。
いつもより幼く見える呑気な寝顔が今は恨めしい。

「……かかし」
「!」
「えへへ…もうたべられないよ…」
「一体なんの夢をみてるんだか…」

一瞬起きたのかと思ったが寝言だったらしい。こいつの事だからどうせ食べ物の夢でもみているんだろう。色気より食い気、朔はそういうヤツだ。……そう、長期戦になるのは初めからわかっていた事だ。何を今更焦る必要がある。朔の今日の笑った顔を思い出す。泣かせるようなことはしたくない。

すっかり毒気を抜かれ、自分も寝ようと掛け布団をめくってあることに気付く。朔が随分と片側に寄っている。まるでオレのスペースを空けて待っているような……。そういえば、サクもこんな寝方をしていた事を思い出す。後から入ってくるオレのスペースを半分空けて、オレが入ると擦り寄ってくるのだ。こういうところ変わってないんだな。オレがサクがいないことにまだ慣れないように、朔もここでの生活の癖が抜けていないんだろうか。

空いているスペースに潜り込むと朔が暖を求めて擦り寄ってくる。オレの胸にぴたりと顔をくっつけて気持ち良さそうに寝る様子がかわいい。以前アスマに「朔ってかわいいよね」と言ったら「珍獣の間違いだろ」と言われたことがある。あの時はアスマ見る目ないなと思ったけど、今はそのことにほっとしている。こんなかわいい朔の顔、他のヤツに見せてたまるか。

もうどうにでもなれと、オレは堪らず抱きしめた。



◆愛しさを抱きしめた


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