印を結んで床に書かれた術式に手をつく。途端に朔が苦しみ出した。失敗か!?駆け寄ろうとしたが、朔の身体から出てきた煙のせいで姿を失う。
「朔!!」
必死に呼びかけても聞こえてくるのは悲痛な喘ぎ声。きっとオレの声なんて届いていないだろう。
次の瞬間、ポンッ!と変化の解ける音がした。まさかと思うが朔の姿はまだ目視できない。徐々に辺りが晴れていく。薄くなった煙の中に人影が見えた――。
「朔……?」
◇徐々に晴れていく視界。あれ?なんかさっきと視界も違う。それに身体がおかしい。自分の手に視線を落としてみて、言葉を失った。
「嘘……でしょ……」
人間の手。それはちゃんとあたしから生えていて、確かめるように身体中を触ってみると背中に手も伸ばせるし、全身のごわごわ感もない。
「もどった……戻ったんだ!」
見てカカシ!そう口から出る前に抱き着いてきたカカシに驚いて言葉にはならなかった。
「朔、朔、朔…」
「カカシ、苦しいよ」
「よかった……本当に、よかった」
「カカシ、ありがとう」
ずっと、ずっと、こうしたかった。ワンコの姿としてではなく、人間の姿で抱きしめて貰いたかった。ぎゅーと押し付けられていた腕が緩んで顔を上げてみると、カカシのキスが額に、瞼に、頬に降ってきた。
「朔……すきだよ」
「あたしも、カカシがすき。だいすき」
カカシが照れたように笑った。近づいてくるカカシの顔。あれ、これ……キスされる?
「み、みんな見てるよ」
「いいよ別に」
「待って、」
「いいから黙って」
「待ってってば!」
カカシの頬に右ストレートをくらわしてやった。けど全然効いてないようで、カカシは笑ってる。
「何がおかしいの」
「やっぱ朔だなぁと思って」
「……」
「おかえり」
「……ただいま」
こうして、あたしの奇妙なワンコ生活は幕を閉じたのだった。
それから数日後。
「ちょっとおおおお!!あたしの大福食べたの誰!?」
身体に異常がないかの検査をする為、待機所をちょっと離れている間に楽しみにとっておいた大福がなくなっていた。この場に残っていたアスマと紅に訊いてみれば、互いに顔を見合わせもう一人の人物へと目をやる。
「カカシー!やっぱあんたなのね!」
「だから言ったでしょ。こんなとこに置いていく方が悪いって」
「黙れー!今すぐあたしの大福返せコラァァァアア!!」
また始まった。半ば呆れているアスマと紅を余所に朔とカカシは言い争いを始めた。けどその表情は二人ともどこか楽しそう。
「甘いもの苦手なくせにカカシもよくやるわね」
「愛だな」
「愛ね」
まぁ落ち着きなさいってカカシは宥めてくるけど、楽しみにしてた大福を無断で食べられて落ち着いていられる訳がない!
「ほら」
目の前に差し出されたのは食べられたはずの大福。え、何!?どうなってんの!?
「食べたんじゃなかったの?」
「食べたよ」
「じゃあこれは何?」
「買ってきたんだよ。お前がワンコになる前待機所に置いてあった大福食べたのオレだしね」
「やっぱりお前かああああ!!」
「だから悪いと思ってこうして買ってきたんじゃない」
「……ありがとう」
カカシから大福を受け取って一口食べる。あ、これあたしがいつも買ってるやつと同じだ。
「どこの店で買ってるか知ってたんだ」
「朔のことならなーんでも知ってるよ。家族構成、誕生日、身長、体重、それにスリーサイズも」
「ちょっと待って!後半おかしくない!?なんでそんなこと知ってるのよ!」
「今更恥ずかしがることもないでしょ。一緒にお風呂だって入ったんだし」
「ほー」
「やることしっかりやってんじゃない」
「二人とも何か誤解してない!?ワンコ時代の話だからね!戻ってからは一度もないからね!」
カカシはまた愛読書に視線を落とし、アスマと紅はふたりで談笑を始めた。耳には入ってるだろうけど誰一人としてあたしの話を聞いてくれない。無視か!シカトか!
「お前ら人の話きけぇぇぇええ!!」
◆日常がかえってきました
END