ワンだふるでいず | ナノ



家(もちろんカカシ宅)に帰ると夕食の準備をしていたカカシが玄関で待ち構えていた。


「ちょっと朔!急にいなくなるからびっくりするでしょ」
「あ、うん、ごめん」
「……朔、」


すると、カカシが膝を折ってあたしの顔を覗き込んできた。突然のことに驚いたあたしは一歩下がる。


「な、なに?」
「なんかあった?」
「……何もないよ。なんで?」
「なんか元気ないから」


犬の表情がわかるの?
普段のあたしなら絶対にツッコンでいた。その気力さえもない今のあたしの頭の中には、綱手様の言葉が何度も反芻していた。


「歩き回って疲れたのかも。もう寝るね」


そう言ってベットに向かう。背中にはカカシの視線が突き刺さったままだった。

今はカカシと、誰かと話せるような気分じゃない。ひとりにして欲しい。ドアに背を向けるようにしてベッドに横になった。


「こちらでわかったことを話そう」


綱手様から聞いたことが頭から離れない。あたし、これからどうしたらいいんだろう。


「朔、起きてるんでしょ?」


カカシだった。寝たふりをしようかと思ったけど、カカシはあたし寝ていないことに気付いてる。


「ねぇ、オレと離れてる間何かあった?」


いきなり核心にふれられ、体が大きく跳ねた。頭の中を巡る綱手様の言葉。


「単刀直入に言う――」


「オレに言えないことなら言わなくてもいいから、火影様や紅……ゲンマでも誰でもいい。話せるやつがいるなら一人で溜め込まないでちゃんと話しなよ」


核心にふれながらも、カカシの口調は優しかった。心配してくれてるんだ。

カカシには言いたくない。カカシにだけは知られたくない。でも、カカシの声を聞く度に隠してることに罪悪感を感じて胸が痛くなる。ずっと支えてきてくれたのに、今更『カカシには関係ない』じゃ済まされない。ちゃんと言わなきゃ。話さなきゃ。


「……カカシ、」


ドアの近くまで行って声をかける。


「……全部話すよ」


このまま聞いて、と言うとカカシはわかったと言ってくれた。面と向かって話せる勇気、臆病なあたしにはないから。


「………あたしね、」
「うん」
「犬とか猫とか……動物の言葉がわかるようになってたの。それを綱手様に報告してたから遅くなっちゃった」


カカシは動物の言葉がわかるようになっていたことに驚いたのか、次の言葉出てくるまでに間があった。


「………お前が元気ない理由はそれだけじゃないでしょ?」
「――!」
「綱手様に何か言われたんじゃないの?」
「……っ」
「話してよ、朔」
「……綱手様が言うにはね、」


「単刀直入に言う――」


「ワンコ化が進行してるって、このままいけばいずれ……人語は喋れなくなるだろうって。そして最終的には――」




完全なる犬に成り果てる。




綱手様に言われた言葉を自らの口から発するのはとても辛かった。さっきまで心の奥底では「これは夢なんだ」「いつかは覚める」と考えてる自分がいたのに、今は一つ一つの単語を口にする度に、これが現実なんだと思い知らされる。
「笑っちゃうでしょ?人として生まれたのに犬として死んでいくの」
「何言ってんの。元に戻れるに決まってるでしょ」
「そんなのわからないじゃん!なんで変化が解けなくなったのか原因もわからないのに…元に戻れるだなんて簡単に言わないでよ!!」
「まだ戻れないと決まった訳じゃない」
「戻れないかもしれない……一生このままかもしれないっていう不安は拭えない!!」


突然ドアが開いた。真っ暗な部屋に射し込んだ光が眩しくて目を細める。一瞬何が起きたのかわからなかった。全身に感じる温もりでカカシの腕の中にいることを理解した。出ようともがいてみても、ワンコの力では何の抵抗にもならない。


「離して」
「離さない」
「離せ!」
「オレが戻れる方法を絶対に見つけてみせるから……戻れないなんて言わないでよ」
「かかし、」
「それでも万が一……もしもの時は、このまま此処にいればいい。オレが一生面倒みてやるからさ」


そう言ったカカシの声は、今まで聞いた中で一番優しかった。心の中の蟠りがスーと溶けていくのがわかる。

ぽろぽろと溢れてくる涙に「犬も涙出るんだね」って言ったら、カカシは「お前が人間だからだよ」と言ってくれた。こんなあたしでもまだ人間として見てくれてることが嬉しくて、泣きながら笑った。


「カカシ……ありがとう」




◆あたし、まだ人間です。




「――ったく朔の奴、話を最後まで聞かず出て行きやがって」
「仕方ないですよ。誰だって突然あんなこと言われたら動揺します」
「ブヒ」


綱手は一つ大きく息を吐き、厳しい表情で手元の資料に目を落とす。その資料は朔の任務記録とある任務の報告書であった。


「火影様、」


一人の暗部が現れ膝をついた。


「ご報告申し上げます。たった今、里の立ち入り禁止区域で天の国の忍を捕らえました」
「やはりな。直ちに尋問部隊に連絡しろ」
「は!」


洗いざらい吐かせてやる。朔の変化が解けなくなった原因も、その解き方も全てな。


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