ぼんやりとした意識の中で、オレは夢をみてた。朔がどんどん遠ざかっていって、それを必死に追うオレ。
「朔、待ってちょーだい!朔!」
やっと捕まえたかと思えば、それは泡のように消え、次の瞬間背後に気配を感じて振り返ると
「サク……!?」
我が家で預かってるサクがいて、一瞬だけサクと朔の顔がダブって見えた。
「ごめんねカカシ、あたし――」
はっと目が覚めた。見慣れた自室の天井が広がっていて、さっきのは夢だったのだと自覚する。左腕が重たい気がして視線だけを動かして見ると、サクが腕の当たりに丸くなって寝ていた。何も掛けず寝たら今度はお前が風邪引くでしょうに。
だるい身体を起こすとタオルが落ちてきた。それはオレの熱ですっかり意味をなさなくなっている。サクに布団をかけてやるともぞもぞと動き出した。起きるかと思ったがどうやらまだ夢の中らしい。ぐっすり寝ちゃって……ずっとついててくれたの?
ふとベッドサイドに目がいった。
「おかゆ?」
一体誰が?サク?いやそんはずない。料理なんてパックンでもできないのに。それにあのタオルだっておかしい。タオルを用意するまでできても桶に水をはるなんて犬ができるばずない。れんげの先端に少しだけとって口に運ぶ。すっかり冷めてしまっていたけど、その味は以前オレが風邪をひいたた時に朔が作ってくれたおかゆの味とまったく同じだった。
「……どういうことだ?」
◇数日後。カカシに連れられ綱手様の元を訪れた。約束している定期検診の為だ。
「サクは半日預からせてもらうよ」
「わかりました。ナルト達との任務が終わったら迎えに来ます」
サク、いい子にしてるだーよ。と言うとカカシは姿を消した。
「はあー」
「カカシの熱は大丈夫なのか?」
「はい。もうすっかりよくなったみたいです」
「そうか。では木ノ葉病院に移動しよう」
「あの綱手様、移動する前に話しておきたいことが」
「何だ?」
「先日、元の姿に戻りました」
「何だと!?」
「少しの間だけですけど」
あたしは綱手様にこの間のことを全部話した。一時的に元に戻れたなんて夢みたいな話だなって思う。でも夢にしてははっきりと覚えすぎている。頬を抓っても覚めなかったし、あれは現実。
綱手様は何か考えているようだったが、しばらくして深い溜め息と共に顔を上げた。
「お前の身体の様子を見てから話をしよう」
席を立ち歩き始める綱手様。もしかして……何か掴んでる?
一通りの検査が終わった。結果が出るのは早くて2日後らしい。カカシが迎えに来てくれるまで、まだ時間がある。
「綱手様、外を散歩してきていいですか?」
「駄目だ」
「え"」
「お前を一人で歩かせて、またふらりとどこかへ行かれたら堪らん」
ああそっか。ワンコになりたての頃、ゲンマ宅にいるはずがカカシんち行っちゃったんだっけ。それで綱手様達にはご迷惑かけちゃったもんなぁ。
でもたまには一人で外歩きたい。
「あの頃はこの体になれてなかったから屋根から落ちるというベタな演出しちゃいましたけど、今はこの体にも慣れましたしチャクラ吸着もできるんですよ!」
「だからって認める訳には、」
「綱手様お願いします!絶対帰ってきますから!」
「……」
「ダメ、ですか?」
「……仕方ないねぇ」
「綱手様ああああ!」
流石火影様!心がお広い!
「1時間で帰ってきな。さもないと」
次の瞬間、壁がガラガラ崩れ落ちた。そこには綱手様の拳が突き出されていて
「どうなるかわかってるだろうね?」
「も、もちろんです!」
1時間以内で帰って来なかったからワタクシ、粉砕されるみたいです。
ワンコの姿になって一人で木ノ葉を歩くのは初めてかもしれない。あたしが外に出る時、隣りにはいつも誰かがいた。カカシがいてくれた。
人に踏まれないようなるべく通りの端っこを歩いていると、目の前に影が落ちた。何だろう、と思い顔をあげるとそこにいたのは小さな女の子だった。
「ワンちゃんだぁ」
その子は手を伸ばして頭を撫で始めた。いだだだ!この子力強いよ!首が…首がもげるっ!撫で終わったかと思った瞬間足が浮いた。
「ワンちゃんいっしょにかえろう。ママがごはんよういしてまってるよ」
え、帰っ…!?ちょっと待って!お嬢ちゃんには悪いけどあたし一緒に行けないよ。時間までに戻らなかったら綱手様に粉砕されちゃうからね。
はーなーせー!
いくらあがいても、お嬢ちゃんは「いいこにしなきゃだめだよココア」と放してくれそうになくて(なんか名前までついてるし、ココアってかわいいな)、ワンコ生活で何度目かわからない絶対絶命の危機を迎えていた。あたし死にたくないいいい!!誰か――
「嬢ちゃん。その子はダメだぞ」
お嬢ちゃんの前に現れたそいつは腰を曲げるとあたしを指さした。
「こいつには帰る場所があるんだ」
「ココアはあたしのだもん」
「こいつにも待ってる親がいる。ママが嬢ちゃんを待ってるようにな。嬢ちゃんが帰って来なかったらママが悲しむだろ」
「うん」
「こいつの親も悲しんじまう。だから帰してやってくれ」
「……わかった」
お嬢ちゃんはあたしをそいつに渡すと「おじちゃん、ココアをおかあさんのとこにかえしてあげてね。ばいばいココア」と頭をなでなでして、名残惜しそうに帰っていった。
「ぷっ……おじさんだって」
「うるせー」
「でも助かったよ。ありがとう、ゲンマ」
ナイスタイミングで現れたのはゲンマだった。ゲンマが来てくれなかったらあたしの死期は確定していたからホント助かった。おかげで寿命が延びました。ありがとうゲンマ。
ゲンマはあたしの首根っこを持って顔の高さに持ち上げた。足がぶらぶらするー!高い!怖っ!
「で、こんな所で何してんだ」
「綱手様のとこにいたんだけどちょっと散歩を……」
「お前自分が一人で歩いてどうなるか予想つくだろ」
「はぁ!?なにそれ。まるであたしがノーコンみたいじゃん!」
「そう言ってだ。お前との任務は毎回骨が折れる」
「何言ってんの、あたしとの任務で骨折したことないでしょ!」
「そういう意味じゃねぇよ。ばか朔」
「アホゲンマ!」
「そんなんだから変化が解けなくなるんだ」
「ワンコ化は今関係ないでしょ!あたしだって好きでこの姿でいる訳じゃないんだから!元の姿に戻れるなら一刻も早く」
「今の話、詳しく聞かせてくれる?」
「「――ッ!」」
背筋が凍りついた。それはゲンマも同じのようで、くわえていた千本が地面に落ちた。ゲンマと言い争ってて気付かなかったのだ。ゲンマの後ろにいつの間にかカカシがいたことに。
「変化が解けなくなった?ワンコ化?どういうことだゲンマ」
ゲンマは何も言わない。いや、背後に立つカカシが放つ気にあてられて答えられないんだ。カカシの視線がゆっくりあたしに向いた。
「説明してもらおうか、朔」
◆正体がバレました