「もう、春ですね」


屋上から見下ろす校内の景色は緑と大きな掛け声と下校する生徒の姿。それを見て私はポツリと呟きを落とす。


「そうですねィ」
「桜、咲きますね」
「まだ蕾でさァ」
「そうでしたっけ」
「…いい加減言ったらどうですかィ」


沖田先輩は私に言った。この先輩は何も考えていないように見えて、私のことはよくわかってくれる。でも、ダメなんだ。それを言ってしまえば私はただの弱虫で、そうなると先輩に嫌われてしまうから、ダメなんだ。


「……」


先輩が此方を睨むように見ていても断固として口を閉ざしたままだった。すると、諦めたのか先輩はため息をついた。


「別に言いたくないならいいですけど、今しかないですぜィ?」


先輩は意地悪だ。私が言いたいこと、何もかもわかっているくせに絶対に私の口から言わせるのだ。
桜も在校生も着々と準備を進めるなか、三年生は卒業の準備を進めていた。
彼は三年生。私は二年生。
彼は卒業生。私は在校生。
決して同じ行動をとることはない。そして私たちは着々とお別れの準備を進めていた。


「先輩」
「何ですかィ」
「土方さんが女の子と帰ってる」
「…彼女は大学組らしいでさァ。どうせ今しか一緒にいられないんですから二人にさせてやれィ」
「…そっか、離れるんだ」


私たちと、同じなんだ。


「先輩」
「何ですかィ」
「私、ちゃんと良い彼女でしたか」
「いいや、全然」
「…そう、ですか」


フェンス越しに景色を眺める私と、フェンスに寄りかかって座る先輩。こんなところでも二人は全く違うことをしていることが悲しかった。


「何で“でした”とか過去形にしてるんでィ」
「だって、離れるから」
「俺がいつ別れるなんて言ったんですかィ?」


別れないということは、離れないということ?ということは留年でもしたのだろうか。でも、出席日数もテストの点数も卒業出来るくらいはあったと思うけど。


名前、待っててやりまさァ」


いきなりそんなことを言われて頭にはてなを浮かべる。でも、待つということはとりあえず留年したわけではないようだ。


「一年くらいすぐに過ぎやす。それまでにがっぽり儲けて、一緒に家買って住みやしょう」


一年でそんなに貯まるかなあ。そんな軽口を叩いてみるけど、赤い頬は正直だ。これがプロポーズと言うものなのだろう。こんなに嬉しいものだとは思ってもいなかった。


「だから一年だけ待っててくだせェ」
「…はい」
「声が小さい」
「はいっ」


今度はデカ過ぎ。そんなことを言って笑う先輩と離れてしまうなんてまだ実感が湧かない。
ああ、一年はいったいどれくらいだろう。一年後が楽しみだ。


「浮気すんじゃねーよィ」
「しませんよ」
「俺はするけど」
「うわ」


もちろん冗談だと分かっている。だって実際、卒業シーズンで焦った女の子が先輩に告白しようとした時、「俺には名前が居ればいいんでィ」と言ったことを知っている。その後聞くだけでもと言った女の子の言葉に重ねて「迷惑でさァ」と言ったことも知っている。相手の女の子が可哀想だと思うけど、彼女としては嬉しい限りだった。


「じゃあ帰りますか」
「ですねィ。あ」


何かを思い出したように私を見る先輩。


「行かないでって泣きながら言わせるつもりだったのに忘れてらァ」
「忘れててよかった…」


先輩はドSだから、先輩の前で泣いたりしたら大変なことになりそうだ。


「ま、いいでさァ」


そんなことを言って立ち上がり、私の手をとる先輩。この手とももうお別れで、一年間も会えないと思うと辛いけど、その後には最高のご褒美が待っていると思うと、簡単に乗りきれそうだ。



行かないで。離れたくない
(そう言うつもりだったけど)
(言う必要が無くなった)







相互記念品



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