ドレスコード・キッチン・ダンス | ナノ

 緑間と高尾の家は、大学から徒歩10分の位置にある。
 ふたりが同じ大学に通うことが決まった日、まるで事前に決めていたかのようにふたりで新居を見に行った。キッチンは広いほうがいいだとか日当たりはどうだとかごちゃごちゃと言い合いながら、最終的には静かな住宅街にあるマンションの3階に決定した。違和感も疑問も感じなかった。きっと緑間風に言えば、運命だったのだろう。
 家事がさっぱりな緑間のために、高尾が家事全般をすることになった。緑間の分担は、風呂洗いと買い物だ。時々高尾の横で料理を手伝うこともあるが、ひとりのときは絶対にしない。というか、高尾がさせない。一度緑間の料理風景を見て青ざめた高尾にとっては、緑間が自分のために料理を作ってくれることよりも大人しく怪我をしないで居てくれることのほうが嬉しいようだ。
 今日も高尾より少し遅れて帰ってきた緑間が玄関のドアを開けると、高尾特製の煮物の匂いが鼻孔をくすぐった。手が離せないのか、キッチンのほうから「おかえりー」という声が聞こえる。ネクタイを緩めながらキッチンへと続くドアを開ければ、小皿を片手に煮物の味見をしている高尾が居た。

「おかえり、真ちゃん。ご飯、もうちょいでできっから」
「今日は煮物か?」
「うん。あと、サバが安かったから塩焼き」

 テーブルの上にはすでに、付け合わせのおひたしが用意されている。シンプルなランチョンマットの上にそれぞれの箸を置いたところで、ふと高尾の背中に視線が向いた。いつも通りの、緑間より一回り小さな背中だ。けれどなぜか、緑間の中に小さな違和感が芽生えた。なんだろうと疑問に思っても、具体的な答えなどすぐに出てくるはずもない。不思議に思いながらもとりあえずテレビのスイッチを入れると、有名な食器洗い洗剤のCMが流れた。その中の女優、泡立ったスポンジで食器を洗うその姿。
 ああそうか、と緑間は思った。テレビの中の女優と料理をしている高尾を見比べる。わかってしまえば、それは顕著だった。キッチンに立つ者に必要なものであるエプロンを、高尾がしていないのだ。今思えば、食器や食材のことはよく話しても、エプロンのことなど頭からすっ飛んでしまっていた。緑間が今まで気づかず、高尾自身も何も言わなかったため、今まで当たり前のように過ごしていた。
 高尾が料理をする姿はダンスに似ている、と緑間は思っている。ヒップホップやアクロバティックなダンスなど高尾が好みそうなダンスとは違って、どちらかと言えばワルツなどに近いイメージだ。キッチンを軽やかに移動し、リズムを刻んでいるかのように楽しそうに鍋を掻き回す。そんな高尾の姿は、美しい。美しくダンスを踊る高尾には、やはり美しくキッチンに立つためのドレスが必要だろう。

「どったの?真ちゃん」
「……いや、なんでもない」
「ご飯できたから食おーぜ」

 今日も美しくダンスを踊った高尾の手料理は、緑間の舌を満足させた。





「ただいま」
「あ、真ちゃんおっかえりー!」

 今日も今日とて、帰宅した緑間がキッチンへの扉を開くと高尾が忙しなく動き回っていた。匂いからして、今晩のメニューはカレーらしい。サラダも作っていたようで、高尾はレタスを千切っているところだった。
 ジャケットを脱ぎ鞄を置いた緑間は持っていた紙袋をガサガサとあさり、目当てのものを取り出すと高尾が動き回っているキッチンへと足を踏み入れた。

「高尾」
「ん?なあにー、真ちゃん」
「おまえに、プレゼントがあるのだよ」

 振り向いて驚いた顔をする高尾に緑間が差し出したのは、淡いオレンジ色をしたシンプルなエプロンだった。ツンデレだと散々からかわれてきた緑間がストレートにこういったことをするのは珍しい。目を白黒させている高尾に、緑間は照れ臭そうに笑いかけた。

「……着てみて、くれないか」

 緑間に言われるがまま、高尾がエプロンを身に着ける。腕を通し紐を結び、整えられたエプロンは高尾によく似合っていた。

「どう?」
「やはりおまえは、オレンジが似合うな」
「そーかな?」
「高校のときから思っていたのだよ」

 このエプロンのオレンジは、秀徳高校バスケットボール部のジャージによく似ていた。ふたりが出会い、共に青春を謳歌した場所だ。あの頃から高尾は緑間を「真ちゃん」と呼び、緑間の隣りで笑顔を振りまいてきた。鮮やかなオレンジは明るい高尾によく似合っていると、緑間は思っていたのだ。

「なんか今日の真ちゃん、デレすぎじゃね?」
「そんなことはない。本心を言っているだけだ」
「……やっぱ、デレすぎじゃん」

 ほんのりと頬を赤くした高尾を、緑間がそっと抱きしめる。
 キッチンはステージだ。高尾が自由に踊る舞台なのだ。高尾は、緑間のためだけに踊る。そのステップと優雅な指先で、緑間が喜ぶものを作り出す。そんな美しい高尾にはそれ相応のドレスを用意するべきだと、緑間は思ったのだ。
 滑らかな額にそっと唇を落とせば、緑間の腕の中で高尾は微笑んだ。
 今からふたりで手を合わせて、ふたりの芸術を頂こう。



END

企画「ロッドユールの四角い食卓」様へ提出

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